第3話【問題】2件の事件
3月30日、月曜日。昨夜遅くまでネットレンタルの映画を見ていた笹部は、昼前に起きて目を
昼よりの朝ご飯をどうしようかと思った時、スマホのメールが鳴った。画面を見れば――あの、「タカ」と「ユージ」だ。
『もしお時間があるなら、少し事件の捜査を手伝って貰えないでしょうか?』
添付画像には、手を合わせる2人の姿が映っていた。誰が撮ったんだろうかと思いながら、特別用事のない笹部は『迎えに来てください』と返信して、ゆったりとした黒い長袖のシャツにジーパン姿に着替えると、紅茶を淹れた。
猫舌の笹部が紅茶を飲み終える頃に、『マンションの前に着きました』と連絡が入った。財布とスマホだけを手に、笹部は部屋を出ると鍵を掛けてマンション玄関まで向かった。白い国産車に乗った2人と、見慣れない若い男が運転席にいた。笹部とそう変わらなさそうな年齢だろう。
「どうも、後輩のトオルです」
若い男がそう言うと、ユージが笹部を自分たちが座っている後部座席に乗せて、車を発進させた。助手席が空いているのに、笹部を真ん中に男3人で窮屈な後部座席に並ぶのが、とても滑稽だ。
「有難うございます、いやぁ、あの事件の次の日に連続して殺人事件が起こったんですよ。笹部さんが曽根崎警察に着任する前で、本当に助かりました!」
「人に頼ってばかりじゃなくて、自分たちで考えて下さいよ」
タカの言葉にトオルがそうボヤくと、後ろからユージがトオルの頭を殴った。
「バカ!俺達は、走って犯人追いかける方が得意なんだよ!」
「いたっ!ってか、運転中!!」
タカとユージだけでも賑やかなのに、トオルも入るとコントを見ているようだ。
「どんな事件ですか?」
一通り3人を好きにさせてから、笹部がそう尋ねた。
タカとユージがその現場に着いたのは、「マンション内エレベーター事件」の翌日の日曜である、29日夕方。つまり、昨日の事だ。報告書や取り調べは他の刑事に押し付けて、
現場は、またもやエレベーターだった。しかし今度はマンションではなく、6階建ての雑居ビルだった。6階には会員制のジムがあり、5階は女性専用の岩盤浴。4、3階はチェーン店の食事処。2階はドラックストアがあり、1回はコンビニ。地下1階は駐車場になっている。
6階のジムに来ていた男性と、岩盤浴に来店しようとした女性2人が発見者だという。名前は、提示してくれた運転免許証で男が「
エレベーターには、黒髪の綺麗にメイクをして鮮やかなピンクの口紅の彼女が自身のものであるだろうスカーフで首を絞められて、床に横たわっていた。鑑識が調べた結果、間違いなく
監視カメラは、残念ながらダミーだったらしい。
【持田の証言】
「僕は、6階のジムに来ていたんです。帰る為エレベーターに乗り、駐車場に向かおうとしました。そうしたら、5階で亡くなった彼女が入ってきました。何事もなく地下1階の駐車場に着き、僕が先に出て彼女が後ろでした。けど自分の車の所まで来て、ジムに忘れものをしたことに気が付いたんです。それでもう一度エレベーターに向かう途中、女性の悲鳴が聞こえました。慌てて向かったら女性2人が驚いていて、エレベーターの中にはさっきまで一緒だった彼女が倒れていたんです――え?僕は何もしていませんよ。地下駐車場に着いた時には、彼女は絶対に生きていましたよ。そういえば僕が下りる時、B1で乗り込もうとした紺色のパーカー姿の男がいたような気がします。その人、よくこのビルの辺りをうろうろしてたような気がしますね」
【三野の証言】
「私たち、毎週日曜に岩盤浴に通ってるんです。亡くなった女性は、中で少し話す機会があって、「前野」さんだと聞きました。6月に結婚を控えているらしくて、その為に通いだしたそうです。でも、最近男に付きまとわれていて怖いと言っていたわ。何かするでもなく、じっと後を付けて来るんですって――それは誰か、ですか?すみませんが、そこまで知りません。最近変わった事は、私達が利用する土日にジョギングしている人を見かけるようになったことくらいでしょうか。今日は見ていませんね。え?紺色のパーカー姿の男?いいえ、知りません。その人が、前野さんのストーカーなのかしら?はい、発見してすぐに私が警察に通報しました」
【猿渡の証言】
「三野さんと毎週岩盤浴に通っていて、5階に行くために私が開閉ボタンを押したんです。そうしたら開いたエレベーターの中で倒れている彼女が見えて、とっても怖かったわ。彼女、殺されたんですか?――私たちは、三野さんの車で来ました。一緒に発見した男性とは、駐車場ですれ違いましたよ。確か車の方に行かれたと思ったのに、またエレベーターに来られてたから不思議だったわね。え?なんで覚えてるかって?それは、私たちがここに来る土日に、よく外で真っ白なジャージで走っている姿を見ていたからよ――あら、6階のジムにも?そう言われると、体を鍛えてるって体形でしたね。イケメンですしね、覚えちゃいます。紺色のパーカーの男?そうねぇ…確か、1度紺色のパーカーを着た男性と前野さんが、一緒にいるのを見たわ。このビルまで、付き添ってあげたように見えたけど」
「そして、彼女の身元が分かり婚約者と彼女の弟が来たんですよ。そうしたら、驚きです。亡くなった前野さんの婚約者は持田さんの友人で、「
タカの説明を聞いて、笹部はぼんやりと首を傾げた。
「それなら、持田って人怪しいね。一緒のエレベーターに乗っているのに、片方だけ殺されるなんて――パーカー姿の男がストーカーなら、そいつが犯人って可能性もあるけど。それにしても、持田は友人や後輩の婚約者の顔くらい、知っているんじゃないの?」
「我々もそう思って、持田に聞きました。そうしたら、「1度しか会った事が無いし、写真も数回しか見ていない。それに、エレベーターでは、スカーフが首に巻かれていて顔全体が見えなかったから、全く分からなかった」と、述べています」
笹部は、首を傾げたまま瞳を伏せた。
「それで、次は誰が死んだの?」
「これを見て下さい。今日の朝、将人から連絡がありました」
瞳を開けた笹部は、ユージが差し出した写真を手にした。そこには、白いシャツの男があおむけになって倒れていた。胸には、文化包丁が深々と刺さっている。立っている時に正面から刺されたのか、向かいのアイボリーの壁紙には刺された時に飛び散っただろう流血が、壁一面に広がっている。
「持田が、将人の部屋で死んでいたんです」
「…へぇ。それと、これは?」
笹部が指差した箇所には、右手の下の床に血文字らしきものと、赤く染まったタオルが見える。
「これなんですけどね、血文字で『マサ』と書かれていて「ト」らしきものは途中で失血のせいで意識を失ったのか亡くなったのか、「サ」が伸びたものになっていました。ダイイングメッセージ?って、漫画の世界じゃないんですか?」
「タオルはよく分かりませんが、指紋を残さないために使ったんでしょうか?刺された包丁の傍、胸の上に無造作に置かれていました。胸から溢れた血で、ひどく汚れていました。持田のタオルらしいです」
ユージの説明の後、タカもそう口を挟んだ。
「持田の?将人のじゃないんだね。真正面から刺されるなんて、余程気を許した相手しか考えられないけど…他に外傷は?」
「将人は、黒や青などの色が好きで白っぽい服は着ないようです。タオルやハンカチ、靴などもそれらの色に揃えているみたいです。遺体ですが、綺麗に胸を垂直に刺しているんですが、抵抗したような刃物の傷が左手に数か所ありました。それ以外は目立った傷跡もなく、失血性ショック死のようです」
「そもそもなんで、将人の部屋に持田が?」
「それがですね…どうやら持田は株投資にハマって、素人なのに大買いをして大きな損失を出しているそうなんです。墨田や将人にまで借金していたようで、結婚を控えている墨田には、金を返して欲しいと度々催促されています。それに、将人も懲りずにまだ株をやろうとする持田に愛想をつかして、縁を切る為に会社を辞める気みたいでした。昨日の事件の後、将人の部屋に3人が集まって、お金の事で喧嘩になったそうです。将人は「今は顔を見たくない」と部屋を出て、同期の同僚の家に行き昨日は泊まったらしいです。その後残された墨田は、「どうして彼女を守ってくれなかったんだ」と借金以上に持田を責めて、怒って自宅に帰ったそうです」
「そうなると、「マサト」と書き残そうとしたのがおかしくなる。将人が先に出て墨田と最後に会った…将人を犯人にしようとした墨田が犯人ですか?」
トオルが、話題に入って来た。
「車は、将人の部屋に向かっているのかな?行かなくていいよ、犯人が分かったから。豊中警察署に向かって」
「え!?」
笹部の言葉に、3人が驚いた声を上げた。
さて、笹部は「誰」が犯人だと言うでしょう。
【エレベーターの殺人】で、「明らかにおかしい所」はどこでしょうか?
【将人の部屋の殺人】でも、「不自然すぎる所」はどこでしょう?
大きな「ミス」以外でも、小さな「ミス」がその他にもあります。全部分かりますか?
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