第2話【回答】エレベーター

「笹部さん、どうしてあの人が犯人なんですか?」

 鑑識が車で動かさない様に暴れる赤坂を制服警官たちが抑える中、刑事2人がこっそり笹部に尋ねた。

「矛盾だらけだよ」

 笹部は相変わらず表情を替えずに、首を傾げた。

「まず、被害者は後頭部に裂傷を受けてる。これは、背後から衝撃を受けた証拠だね。正面にいて、なおかつ首を絞められていると主張する赤坂には殴る事が出来ない」

 その言葉に、刑事たちはハッとした。

「エレベーターの中は、アルコールの香りが充満してる。赤坂が持っていたのは、一升瓶の残り半分。まだ若いんだし、最初の1杯から日本酒だったとは思えない。まずは、ビールだったんじゃないかな?部屋を見なければ分からないけど、酒を一緒に飲んだ赤坂ははっきり受け答えをしていた。自分はあまり日本酒を飲まずビールを飲み、大半を被害者に飲ませて泥酔させて、油断させたんだろうね。赤坂の言うように、恨みを持っている相手に背中を見せるとは考えられない。殺意を持っていたのは、赤坂。だから、エレベーターの扉側にいたのは被害者で、赤坂は奥に居たはずだよ」

「しかし、赤坂の首には赤い痣がありますが?」

「あれは、被害者を殴ってから自分のネクタイを使って自分で首を絞めたんだよ。赤い痣は、帯状の痣だった。これは、扼殺やくさつ(手や腕を使って首を絞める事)の痣とは一致しない。力の入り具合が違うから帯状にはならないんだよ。自分で自分の首を絞めるのは難しいから、ネクタイを使ったんだと思うよ?だから、無理やりネクタイは解かれた跡がなく、彼の首の下にある」

 刑事2人は顔を見合わせた。笹部の言葉が確かだと頷いた。

「それに、床に落ちた血痕。大きいのと小さいのがあったよね?小さいのは、立っている被害者を殴った時に落ちた血。高い所から落ちると、小さな跡になるんだ。被害者は体格がいいから、殴られた時の血だと分かる。大きな血の跡は、多分倒れた被害者の体を傾けて、自分が彼の下になるように遺体を動かして、潜り込んだ時に血が流れて落ちたんじゃないかな?床からそう離れていないから、この時落ちた血は大きな跡になった。血が固まる前に死体をわざわざ動かした――それは、遺体の下に潜り込もうとした為、という事が分かるよね」

 笹部は、鑑識か検死の経験がある様に詳しく刑事たちに説明した。刑事たちは、笹部の言葉をメモ帳に慌てて書く。


「多分こうじゃないかな――赤坂は被害者を自分の部屋に招き、酒盛りをした。そこで、良い日本酒を出す。当然2人では飲みきれないから、「高い酒だからあげるよ」と、彼に持って帰るように提案する。そして、エレベーターに乗る。先にエレベーターの乗った赤坂は、乗り込んだ被害者に「自分は瓶を持ってるから」と、ボタンを押すように指示する。言われるままボタンを押した被害者の後頭部めがけて、空ではなく半分の量の酒に遠心力で負荷を付けて殴りつけた。これなら、普通に殴るより威力が上がる。そうしてネクタイを解くと倒れた被害者の下にもぐりこんで、自分で死なない程度に首を絞めてうっ血痕を付ける。そうして疑われない様に、首に巻き付けたネクタイを取った。その後は、誰かがエレベーターに来るまでじっと待っていたんだよ」

「まるで見ていたようですね!あ、エレベーターの監視カメラがあるか!」

 自分で言った言葉につられる様に、刑事の1人が慌ててエレベーター内の監視カメラを見に行った。

「ここの住人ですし、多分事前に壊しているか見えないように角度替えていません?」

 後ろからかけられた笹部の声に、刑事は項垂れた。確かに、監視カメラは角度が替えられていた。




 それから、ようやく来た鑑識が現場を記録して、赤坂は豊中警察署に連れていかれた。取調室で簡単に自供した彼の計画は、笹部が推測した通りだった。

「元カノを奪って、結婚するのがどうしても許せなかったんです…」

 赤坂は、全てを自供してから涙ながらにそう呟いたそうだ。




「こんな矛盾だらけの犯行で、捕まらない自信あったのかな?」

 ようやく自宅に帰ってきてシャワーを浴びた笹部は、ベッドに寝転がる。その笹部のスマホが通知で光っているのに気が付くと、寝転がったまま画面を開いた。

『笹部さん、お陰で解決しました!今度飯奢らせてください!』

 画面に表示されているのは、あの時の刑事――「タカ」と「ユージ」だった。あだ名のインパクトが大きくて、笹部はそれで覚えている。



 笹部が大阪に来て、初めて出会った事件はこうして終わった。




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