第25話 輪廻〈結〉
「もう一度、言ってくれる?」
加賀さんが、言った。
私は、恭ちゃんから話を聞いたと、加賀さんに伝えた。
そして、恭ちゃんの事を愛してると。
気持ちは変わらないと。
「僕との、夫婦のことは、、思い出せてないんだよね?」
加賀さんは、少し目を伏せて言った。
「そうです。でも」
私はそんな加賀さんを見て言った。
「きっと、加賀さんは、、あの時代のあなたは、全てを分かった上で、私を幸せにしてくれたのだと、そうじゃないかと思います。」
ひと呼吸置き、私は、はっきりと言った。
「だけど、、私は、、今の私が想っているのは、彼なんです。それは変わらない。彼と、人生を歩んでいくと、決めています。だから、、加賀さんの気持ちには、応えられません。」
ぺこり、とお辞儀をして、私はその場から去っていった。
(恭一郎は、自分が死ぬまでの記憶しか無いはずだ。)
加賀は、思った。
(彼女が、思い出さないのなら、、と思って、かまをかけたのにな。)
そう思うと、ふっと笑い、どっちが卑怯者だか、と加賀はぼそっと呟いた。
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「うーーーん、分からないなー」
「えっと、ここはね」
恭ちゃんが、私の部屋で問題集を解いていて、時々私がヒントを出す。
最近は、こういった光景が多くなっていた。
なぜなら、恭ちゃんは中学三年生となり、受験生となっていたからだ。
「うわぁぁ、休憩だ!」
「だめ!ここまで解いたら」
「くぅ、先生、腹減ったよぅ」
ぐーーと、ほれみろと言わんばかりに、恭ちゃんのお腹がなった。
「もー、そしたら、何か探してくるから」
わーい!と、恭ちゃんがそこに大の字になる。以前にも、よく見た光景に、思わず笑みがこぼれる。
一階で、お菓子をお皿に乗せて、部屋に戻った。
剣道の練習後に頭を使い、さすがに疲れたのか、恭ちゃんが大の字のまま、うとうとと眠りに落ちていた。
「もう、風邪ひくから」
私は、小声で言うと、タオルケットを恭ちゃんに掛けた。と、恭ちゃんの胸ポケットに、受験のために私がプレゼントした、あの神社の御守りが入ってることに気づいた。
寝ている、恭ちゃん。
茶色がかった、その髪。
御守り。
その時。
私は、全てを思い出した。
それは、インクを水に落とすように、一瞬で私の脳裏に広がった一ーー。
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「?」
木々の間から、視線を感じた。
木の葉が揺れたような気がしたが、日の光が眩しくて、よく見えなかった。
(鳥でも、いたのかしら?)
「莉央菜殿?」
加賀様が、そこにいた。
恭一郎様が死んだと聞いてから、一年が経とうとしていたあの日、父上が決めた縁談の結納が行われた。
私は、恭一郎様をまだ愛しているから、他の方との結婚は出来ないと、父上に常々伝えていたが、恭一郎がそうしてくれと言い残したのだと言い、加賀家からの結婚の申し出を半ば強引に、父上が了承したのだ。
加賀様は穏やかで、優しかった。
自分が、一番でなくとも良いからと。死んだ人間にはきっと、敵わないからと。
私は、恭一郎様を失った喪失感から、どうしたらいいか、もう分からなくなっていた。
愛しいあの人に、会いたいーーー。
胸が張り裂けそうな思いに、涙する日も多かった。
結納の次の日からは、何日も雨が続いた。
かなりの豪雨となった。
私の心をそのまま、表しているようだった。
その雨で、上流から、土壌や様々なものが流れ、私達の住む下流域まで、『それ』は流れ着いた。
その日は、今までの豪雨が嘘のように、雲一つない晴天だった。
そしてその日は、結婚の日だった。
私は、白無垢に身を包んでいた。
加賀様は私を見て、綺麗だ、と微笑んで言った。
先に屋敷で待っているからと、加賀様が城に戻った後しばらくして、私は駕籠に乗り込み、加賀家へと向かった。
その途中には、愛しいあの人の邸宅があった。
あの庭で、恭一郎様と兄弟のように遊んだ。
異形の生き物から、何度も助けてもらった。
綺麗な花を取ってきてくれたこともある。
いつか、贈ってくれた簪を、いつも私が付けていたことを、あの方は気づいていただろうか。
涙が止まらない。
会いたい。どうしてあなたは逝ってしまったの。
そこへ、、、蓑を被せられた、小さな『なにか』が、大切そうに高峯の家へ運び込まれようとしているのを、見た。
刹那、背筋が凍った。
恐ろしい予感に、震えが止まらなかった。
蓑から少し見えた、あの髪。
茶色がかった、あの髪は、愛しいあの人のものではないのか、、、!
私は、駕籠から転げ落ちるように飛び出し、まだ雨に濡れている地面を白無垢が汚れるのもお構いなしに、その『なにか』へ向かって走った。
後ろから、父上の叫び声が聞こえる。
止めようとする者の腕を払い、走って、走って、ちょうど高峯家の門まで運ばれた『なにか』に追いついた。
私は、、、
震える手で蓑をめくった。
そこには
上半身だけになった、恭一郎様がいた。
世界の全てが、真っ暗になったように感じた。悲しい、なんてものじゃない、絶望に包まれた。
私は慟哭し、叫んでいた。
息ができない。
半狂乱だったと思う。
私に追いついた父上が、どうすることもできず、ただそこに佇んでいた。
恭一郎様の身体は、異形と化した為か、変形し、多くの傷や怪我の跡があった。どれだけの死闘をくぐり抜けてきたのだろう、私達はこの人に、この世界を助けられたのだ。
そっと、彼の冷たくなった頬に触れた。
その愛しい人の髪を、震える手で撫でた。
ふと、何かが当たった。
見ると、
恭一郎様は、自分の髪を結うそこへ、私が贈った御守りをきつく、絡みつけていたのだ。
私は白無垢を着たまま、そのまま、恭一郎様の初七日が終わるまで、高峯の屋敷にいた。動けなかった。少しでも、側にいたかった。
『莉央菜様、、、』
恭一郎様の母上が、そこにいた。
『私は、、何も出来ませんでした。愛する人に、、何もっ、、、』
私の嗚咽がもれる。
『莉央菜様、恭一郎の顔を、よく見ましたか?』
たずねられ、私は、
『、、穏やかな、顔をしています、これほどの怪我を負いながら、、なぜ、恭一郎様は、このように、、、微笑んでいられたのでしょうか。』
最後の方は、泣きじゃくりながら、私は言った。
『きっと、守るべきものを守ったのだと、わたくしはそう思います。』
恭一郎様の母上の頬を、一筋の涙が伝った。
『それはきっと、莉央菜様。あなたとこの世界だと、わたくしはそう思います。』
『、、、っ、、恭一郎様、、、!』
私はその後、神崎家の敷居をまたぐ事は許されなかった。藩主との婚姻の日に、城に現れなかったのだ、加賀家に申し訳がたたない。
そして、私も、家に戻るつもりはなかった。
木々が新しい芽を吹き、春の匂いがそこには満ち溢れていた。
私は、黒い衣装を身につけ、あるお墓の前で祈っていた。
『その髪に、よく似合うと思って』
いつしか、簪を贈ってくれた恭一郎様が、誉めてくれたその髪は、今は無い。
『今日は、よいお天気でございますよ』
私は、微笑んで言った。
そこには、恭一郎様と、その父上の名が記されていた。
莉央菜様、時間になりまするーーー
離れた所から、自分を呼ぶ声がする。
そう、私はあの後、恭一郎様の眠るこの寺へ、尼として出家したのだ。
そして、毎日、こうしてずっと、彼の側にいた。
その寿命を、終えるまで。
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ああ、思い出した。
5年もかかってしまったけど、大切なことを、思い出した。
恭ちゃん。
ありがとう。
大好きだよ。
そっと、恭ちゃんの髪に触れる。
「うーーーん、、、莉央、?」
恭ちゃんが、まだ眠たそうに言った。
「起きないとっ、、おやつ無くなるよ」
私は、ちょっと意地悪に言った。
「えっ!ちょっと待ってっ」
ガバッと恭ちゃんが起き、私の顔を見て驚いて言った。
「莉央?泣いてた?」
ふふっ、と私は微笑み、
「あくびしただけ!恭ちゃんが起きないから、私も・・・ちょっと夢見てた。」
なんだ、莉央もお昼寝かーと言う恭ちゃんに、そっと私はキスをした。
恭ちゃんは、優しく私を抱きしめ、
「これじゃ、勉強にならないな」
と、笑い、涙の跡の残る、私の頬を手で包み、長いキスで返してくれた。
(もうすぐ、春が来る。新緑の、あの季節)
恭ちゃんに抱きしめられた窓越しに、暖かな日を浴びて、木々が美しくその枝を空に伸ばしている。
何度、新緑の季節を迎えても、きっと恭ちゃんの隣には私がいる。私は目を閉じ、そう思った。
めぐりあえたとき reincarnation ぺんぺん @mixedup3_ma_coba
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