第3話 不思議な少女の正体
「ウチは、春休みが終わるとまた平凡な日々が始まるなぁ」
優希は憂鬱な気分でつぶやいた。優希の通う学校は中高一貫校なので、クラスのメンバーもずっと顔なじみだった。
「平凡な毎日にも終わりは突然くるよ。だから一日一日大切にしなきゃね」
「ミホ、急に大人みたいだね」
「だって大人にならなきゃ……」
周りがほんのり山吹色に染まり、風がヒンヤリしてきた。
「そろそろ帰ろうか?」
優希が言った。
「そうだね」
そう言った時のちょっと哀しそうなミホの顔はその日初めて見る表情だった。帰り道は行きと同じルートなのに、なぜか早く感じられる。どこかへ旅する時のあるあるだ。二人は駐輪場に着くと、明日また学校で会うみたいに軽く、「ばいばい」と挨拶した。ミホの「ばいばい」という声が聞こえたかと思うと、もう姿はない。逃げ足の速い子だと優希は吹き出した。
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翌朝、優希は少し寝坊して、慌ててママと廃品回収の置き場に捨てる物を運んで行った。
「もう!今日は早起きして手伝ってって言ってたのに。昨日、出歩いたりするからよ」
「でも間に合ったんだから、いいじゃん。ほら来たよ、廃品回収の車が」
車から出てきた作業員は手際よくゴミを集めて車の中に運んだ。
最後に捨てる物の山の中に優希が一瞬見たのは、ビデオの束の上の「海を見たことのない少女」というビデオのパッケージだ。そこにある写真は紛れもなくミホ。
父親が安価で大量買いしたものの一つ。優希は結局、一度も見ないままだった。確か解説には「田舎町に住む女子高生の日常と、ラストでの決意」とあった。海を見に行くという内容らしく、それに惹かれてビデオを手に取り、表紙を見つめた記憶がある。その表紙を見た時、「ああ、そう言えば最近海、見ていないな、映画の中で一緒に見るのもいいな」といつかこの映画を見る気でいた。
実話を基にした、と書いてあったような。主演はその後すぐに引退した無名の女優。
表紙は
「待って!」と優希はその廃品回収の車に向かって叫ぶも、廃品回収の車はスピードをあげて、次の廃品置き場へと立ち去った。
部屋に戻った優希は今ではガランとしている本棚を見た。
あのビデオがあったのは本棚の向かって右端。優希が学習机に向かった時、ほんのすぐ側にあったのに一度も見ないままだった。いつか深夜に見ようとしたけど、冒頭で寝てしまって起きたら終わってたし。
――もしかして……。そんな事は……。でもやっぱり……「はじめまして」だったんだね、ミホ――
ミホの決意って何だったんだろうと優希は考えた。それはあのビデオの中とは違うのかもしれない。今なら分かるような気がする。ミホの昨日の言葉が次から次に蘇る。
――お手本通りに出来ないんだ。あたしみたいだね――
――最後にここの海を見ておきたかった。うちらの世界ではそういう時海見る事になってんの――
――結局……どうなるか分からないままエンドロール――
――それはあくまで敷かれたレールの話なんだよ。あたしが興味あるのは……――
――平凡な毎日にも終わりは突然くるよ。だから一日一日大切にしなきゃね――
びわきもの新曲、久しぶりに本気で書いてみようと優希は思った。びわきもで繋がっているファンの子に、そう、あの少年にも聴かせたいから。
春休みもあと一日で終わる、と優希がカレンダーを見た時、どこからか流れてきた潮風が少しだけ頬をかすめた気がした。
(終)
はじめましての距離/海に行きたかった少女 秋色 @autumn-hue
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