二十九、旅は道連れ世は情け、しかし刀は忘れずに
さらに
そしてもうひとり。王室から中年過ぎの男が来ていた。急報にあった非公式の御見とどけ役で、昨夜たった一人で到着したのだった。地味な色と模様の着物だったが、この座敷のだれよりもぜいたくで高価なのはあきらかだった。
「
一同は深く礼をした。氏、呼び名、
「
つぎに
「それでは
「はい。それと、いまのうちに挨拶申し上げますが、本日は丁重なるご歓迎感謝いたします」
「準備は整っております。父として、
「ありがとうございます。書状でいくどかお話しておりますので
長兄と次兄が頭を下げ、名乗って挨拶をした。
「
「なにを笑っておいでですか」
「ええ、いま
「なに、わたしがわがまま者? それは慧眼」また皆が笑う。
「それにしても肩をどうされました? さきほどからかばっておいでのようですね」
「いや、なんでもない。ちょっと試合をいたした」
「お気をつけください。だいじな体ですよ」
「本日より
この座敷のものは皆、とくに
「もちろんです。友好はわれらの望むところでもあります。息子がそのきっかけとなれますよう願います。あ、いや、今日から息子ではなくなりますが」
「いいえ。親と子の間柄が切れることはございません。
「幼子のころ、こやつは拝礼を抜け出して遊んでおった。すぐ捕まって折檻されていたな」
「幼子はいともかんたんに儀式や伝統を無視しますね。愚かだか賢いのだか」
「そうだ、
「それはこちらで調べました。やはり
「では、
「まだ行ってもいないのに帰る話ですか」
外から
ざわめきがやみ、儀式にふさわしい静寂が訪れた。一同座りなおす。今日、上座には
その短刀を
着替えてもどってきた
「これにて婚姻と養子縁組に関する
緊張が解け、座敷は外のやわらかい日差しを受け入れられる雰囲気となった。軽食が供される。
「なんと呼べばよいのか。いや、わかっているが照れがあるな。もう
「あまりかたくるしくお考えのなきよう願います。さきほどのはあくまで儀式。紋を切っても血のつながりは切れませぬ。どうか兄上に父上でいてくださいませ」と
「あたたかきお言葉、ありがとうございます。では、われらはこれからも兄弟ですな」
「だが、非公式には、だぞ。おまえたちは調子に乗る悪癖がある。そこはわきまえよ」と上座から注意が降ってきた。
「ひとこと、よろしいですか」
「どうぞ、御遠慮なく」
「儀式が滞りなく完了し、養子縁組と婚姻が行われましたこと、このわたしに与えられた御役目をもってたしかに見とどけました。これを遅滞なく王室に御伝えいたします」間をおき、また続ける。
「また、国を超えた貴族間の養子と婚姻、いずれもまれなできごとであり、両国にとって瑞兆であることを願います」一同を見回した。
「
「なるほどさすがは
「
「はい。隣国の神話は習います。たしか、
まわりの三人は口をはさめなかった。なにが起こるのかさえわからなかった。いや、わかりたくなかった。
「その通りです。結果、大陸の周囲に豊かな諸島ができたのです。また、それらが極端な気象から本土を守っております。ちょうど貴族が王を御守りするようにです」
「なんの証拠もない、ただのお話ですね。異国にもそれぞれ建国の神話があります。すべて同工異曲です」
「つまり、国王の権威もただのお話と、そうおっしゃりたいのですかな。変わっているのは衣服だけと思っておりましたが。まあ、ここだけのざれ言といたしましょう。
「もちろんでございます」
「しかし、王者は神話によってではなく、国家を運営する力によって貴族たちから信頼と支持を集めねばなりません。いや、力と、愛情です」
「それは最近学僧がいう御説に近い。なるほどそういう面もあるでしょう。そして、現国王はもちろん力も愛情も備えておられます。それは認められますね。
なるほど、そう呼ぶのか、と
「そうおっしゃるわりには、さきほど
「お答えする前にですが、そのようにわたしを呼ぶのですか」
「これはどうも。もう
厳密には謝っていないのだが、
「さて、お答えですが、王の支配はさまざまな根拠によります。偉大な祖神に連なる血統もそうですし、国家運営の力や、無限に注がれる愛情もそうです。学僧によって考え方はちがうでしょう。そのそれぞれをいちいち挙げはしませんが、いずれの御説でも現国王が王たるにふさわしいことはあきらかとされています。それに疑いをさしはさもうというのですか」
「いいえ。御説そのものには疑いはありません。けれど、その御説をとなえた学僧の寺はどこから寄進をうけているのでしょう」
一同はたまらずふきだしてしまった。
そよ風が座敷に入ってきた。
「はは、なるほどそのような見方もありますね。今日はめでたい席ですし、わたしの立場は非公式です。このような話をつづけるのはふさわしくないでしょう。どうです。ちょうど風が出てきました。吹き流してしまいませんか」
それがきっかけになったかどうか、全員立ち上がった。
ふたりは微笑みながらそれぞれの駕籠に乗ったが、戸はあけたままだった。あとには荷物を積んだ車の列がついている。
「
「もちろん。与えられた場所で最善を尽くします。わたしは父上と母上の息子です」
「よくいった。では、体に気をつけてな」
「それでは、さらば」
「出発」
ふたりを運ぶ駕籠と車は
了
縁の下の刀持ち、ぽんこつ娘をひそかに支援する任務を仰せつかる。そして、それを発端とする椿事について。なお、波乱、危険、恋慕を包含す。 @ns_ky_20151225 @ns_ky_20151225
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