二十八、骨肉の試合
兄たちはそれぞれに祝いの言葉と品を携えて帰省し、
さらに急報が届き、非公式ながら、王室から式次第の御見とどけ役が来ることとなった。そのせいもあって家中落ち着かないが、悪い雰囲気ではない。使用人たちはひさしぶりに家族が集まったとよろこんでいた。
皆の滞在中、夕食はそろってとることになった。母の離れを開放して使っている。
「このたびはまことにめでたいが、おどろきでもあるな。
「兄上はそればかり。うらやましいのですか」次兄
「ああ、うらやましい。
「『玉の輿』は男子にはあまり使いませんよ」
「ならなんというのだ?」
「さあ。わたしは学者ではありません」どこかしらけたような
長兄、次兄の順に酒を注ぎながら、
「父上、
「たしかにそうだが、おまえのいう通りまったく前例がないわけではない。問題はあるまい」
「その少数の例はすべて
「なにがいいたい?」箸を止めて長兄を見た。
「いまさらかもしれませぬが、この話、やはり考え直していただくわけにはいきませぬか」
「ほんとうにいまさらだな。これについてはすでに王室への届けも済み、御許しも出た。むしろひっくり返したほうが家の恥になる」さとすような口調の
「しかし、わたしは長兄、つまりいずれ
「敵ではないぞ。いまの
「王室ではそうは見ておりません。さまざまなうわさを耳にしますが、今回の件、良い方向にはとらえられておりません」そういって
「聞いてはいますが、兄上、父上のいうとおり、いまさらです。
「いいや。動かせるさ。流行り病にでもなればいい」
「兄上、本気ですか」たまらず口を開いた
「おうよ。やはり末子は甘やかされすぎだな。武人にもならず諜報の道を選び、結婚もしないでいたかと思えば敵国の貴族の婿養子とは、父上が良いといってもこちらは承服いたしかねる」
「そのようなことは申されませぬように。どうかこの婿の件、笑ってお許しくださいませぬか。また、ここは母の間です。悲しませるようなことはおっしゃらないでください」
「その手には乗らぬよ。おまえは頭を下げることなどなんとも思っちゃいない。自分のわがままを通すためならなんだってできるやつさ」
「では……、では、兄上がどう思われようともかまいません。ただし、国と国、家と家との関係がかかっております。芝居でもけっこうですのですべてが順調に進みますよう慎み深く、重々しくかまえてはくださりませぬか」
長兄は目を細め、大きな音を立てて盃を置いた。
「
「は、人として尊び、敬っております。また、お慕い申しあげ、愛しく思うております」
その瞬間、はじけるような笑い声がかぶさった。
しかし、兄弟そろった笑いは長くは続かなかった。上座からにらみつける
「
「兄弟そろって愚かなり。愛しいという心、つまり愛情は国や家、領民、知識や仕事に対して抱くものだ。それを一個人を愛するなどなにごとか。浮かされたか
「父上、それはちがいますぞ。人ひとりを愛するのはまちがってはおりません」
「おまえたちこそなんだ。ふたりそろって歌詠みにでもなったか。ならばおまえたちの婚姻に愛情はあったのか。すべてわたしが家と家との関係を考慮して世話をしたのであろうが。それが不満か」
ふたりとも首をふった。口を開いたのは
「企みのあった婚姻であったのは事実です。けれども、いっしょに暮らすうちに情が芽生えてまいります。それも愛です」
「それはおまえが自分をだましているだけだ。よいか。われらは自らを殺さねばならん。すべてを国のため、家のため、民のために捧げなければならん。それができるからこそ貴族であり、特権をもって人の上に立っても許され、税と称して金品を集め、田で泥だらけにもならずに米の飯を食えるのだ」にらみつける目が開く。「わかるか、
「父上、母上に情はなかったのですか」
「あった。わしとて完全ではない。いま自らを捨てよ、といったが自分自身ができているとは言いきれぬ。だが、そういう心がけでなくてはならんのだ。わしを含め、おまえたちも愛をかんちがいするな」
「つまり、母上にその情をお告げになったことはないのですか」
「それは答えぬ。必要もない」
「いえ、ございます。母上が父上の情を知って亡くなったのか、ぜひともうかがいたい」
兄たちは話の行方がわからなくなっていた。膳のものはすべて冷め、魚の煮汁は凝りはじめていた。
「父上、ひとつお手合わせ願えませんか」
「なんだ、急に」
「いえ、いまの父上であれば勝てる気がいたしますので」
父と末子の会話は、兄ふたりをおいたまま進んでいる。
「忍びは忍びにすぎん、武の術の前ではただの手妻だ」
「では、受けてくださるのですね」
使用人たちは長兄と次兄から突然灯りを用意するように命じられてとまどっていた。この時間に訓練場を試合に差し支えないほどに明るくせよとのことだった。皆なにが起きているのかわからなかったが、御館様と
「準備整いました」
「灯りは十分だな」
「灯り代はわれらが持ちます。そのかわり立ち合いますよ」
木刀をとる
素足の二人は訓練場の中央に進み、礼をした。
まっすぐ刀をかまえ、正面を向いて堂々と立つ
兄ふたりは忍びのやり方を通そうとする
一瞬、
短刀が突きだされたが、遠すぎる。二、三合わせるが必殺とはならない。
一瞬もとどまることのない
それをきっかけに、
そして、よけようとした上半身が傾いた瞬間、光球とともに
さらに
そして、短刀がまっすぐ
しかし、ふたりは自分の目が信じられなかった。父上が間合いを誤った。早すぎる。なんとか
「参った」
「おまえの生まれたころだ。妻にいった。政略結婚だったが、いまは愛している、と、それは念のようなものだから信じてほしい、とな」
「母上はどのようなご様子でした?」
「そこまでいわせるのか。笑っていたよ。あのようなかわいらしい笑顔はほかにはない」
「それをうかがえれば十分です。お手合わせありがとうございました」
「待て」短刀を片付け、訓練場を出ようとする
「いいえ、わたしに使えるのは光球と気を消す術だけです」消えつつある光球を指さす。「光りあるところに影あり、です。適切な位置に光球を配置し、遠近の間隔を狂わせるように影を作り、あるいは消しました。さすがに昼日中や屋外では困難です。夜の屋内だからこそできました」
「卑怯な。父上を愚弄するか」
「いや、ちがう。おまえたちも見ていただろう。わしは完全に術中に陥った。
自嘲するようにつぶやく
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