二十七、子の知らぬは親心だけか

 翌月の吉日、事前に予告されていたとおりに使者がやってきた。最近はあまり見なくなった、伝統にしたがった正統の装束をしていた。

 御木本みきもと家は同様に、家格にみあった正式の歓迎をし、厳重に封をほどこされた書状をうけとった。

 使者は饗応され、いくどもの儀礼的な遠慮を経た土産をたずさえてしずしずと帰っていった。その日は家中のすべてが始祖のむかしからつたわる式にのっとって動いた。歯車仕掛けの機械のように。


 翌朝はやく、戸善とぜんは父上に呼びだされた。すでに予想はしていたので正装で座敷に行った。父小郷里介おごうりのすけも身を整え、封を切った大牧おおまき家からの書状をひざにのせていた。


兼光かねみつ、わかるな。これはおまえを婿として迎えたいといっておる。挨拶は立派なもので、書式には微塵のあやまちもない。手も見事なものだ。さすがは大家といえよう」


 戸善とぜんはただ頭を下げている。


「さてさて、どうしたものか。婿養子とはいえ、末子を大家に出せるのであればよろこんでお受けすべきだが、相手は大牧おおまき家。ついこのあいだまで雨宮あまみや家と争っておった家だ」

 小郷里介おごうりのすけは淡々と、どこかとぼけたような口調でわかりきったことをならべる。

「当家は雨宮あまみや家とはそれなりのつきあいをさせていただいている。なのに大牧おおまき家と接近する。問題ではないかな?」

「父上、失礼ながらお言葉申しあげます。愚考ながらご懸念の対立、現在は憂慮におよばずとお考えください」

 小郷里介おごうりのすけはうなずいた。

「たしかに最近のできごとを思えばその心配はないのかもしれんな。そうすると問題は家格のちがいか。残念ながらこの御木本みきもと大牧おおまき家と親しいつきあいをできるほどの家ではない。うちわったところを申せばあの使者への対応関連で年間予算の六分の一は飛んだのだぞ」

「そちらにつきましてはまことに申しわけありません。今後につきましては儀式の簡略化などを進めてまいります」

「『申しわけありません』、『進めてまいります』か。おまえはもう大牧おおまき家の人間のつもりか」

「お許しを。軽率でした」

「そうだ。軽率だ。おまえはなぜかこれに関しては愚物になる。なにがおまえをなまくら刀にしておるのだ?」

 答えられない戸善とぜんにさらに小郷里介おごうりのすけの言葉がつづく。

「答えよ。おまえがたどり着く先はどこだ? 大牧おおまき家でなにをする?」

「平和です。平穏に、あらゆる国や家が和する世の中の実現に向かいます」

「いまはちがうのか」

「はい。一部の強大な力を持った国がわれらのような小国を手駒にいたさんとしのぎを削っております。このままではいずれわれらは飲みこまれ、いいようにふりまわされます」

「それと、おまえの婿養子の話がどうむすびつく?」

「わたしが目指しますのは……」ためらった。

「いいよどむな。はっきり申せ」

「両国の融合です。起源や文化をおなじくするわれらなら単一の国家となれます。その力はをつかう国にも匹敵します」

「寝言か?」

「いいえ、真剣です。わたしは諜報活動で異国を見てまわりました。最初のうちはあまりの力の差に絶望し、争いになって国中を踏み荒らされるまえに吸収されたほうがいいとさえ考えました。しかし、冷静さをとりもどして大国周辺の状況を観察すると、われらにも勝ち目があると悟りました。ただし、小競り合いや無用のもめごとをしていなければ、です」

「勝ち目、とは?」

「かれらをあやつる国々はその運用に多額の経費を要します。どの国も生産と消費の微妙な均衡の上に成り立っておりました。ゆえに、かれらは周囲の小国は小国のままにしておくか、機会あらば併呑しようとします」

「ならばおまえのしようとしていることは争いの種をまくことではないか。月城つきしろ穂高ほだかがひとつになり、無視できない力を持とうとすればそのまえにつぶそうとするは必定。また、うまくいけばいったで力の均衡がくずれるのだから戦は必至。どう転んでも平穏に和する未来など来ないだろう」

 いらだたしげにひざをたたく父上を見る。戸善とぜんは、本気でいっているのか試されているのかわからなくなった。どちらにせよ答えは変わらない。

「外交はそのためにございます」

「卑怯な。大国の間をあちらにつき、こちらにつき、と渡りあるくつもりか」

「そうです。しかし、いまと異なりある程度の力を背景とする以上、外交使節を無視できなくなります。ふたつがひとつになればちらつかせる刀が手にはいります」

「それでは無法の輩と変わらぬな。言葉はおだやかだが、ふところから刃がのぞくのか」軽蔑した調子だった。

「わたしがしているのは芝居の英雄譚ではありません。生き残るのにきれいも汚いもございません」

御木本みきもと家の者はそのような生き方はせぬ。武人は誉れ高きを愛するのだ」

「わたしは武人ではありません。それに御木本みきもと家の人間でもなくなります」

「いいや、そうではない。武人ではないかもしれぬが、おまえはわたしの息子だ。御木本戸善兼光みきもととぜんかねみつだ。生き方は星の数ほどあれど、名とほまれとを見失うな」


 戸善とぜんは自分のひざに目を落とし、また父上を見る。


御木本みきもと家の者だと、息子だと、情けのこもったお言葉、ありがとうございます。胸に刻み、大牧おおまき家に参ります」


 父と息子の視線がからみ合った。


「準備は抜かりなくしておけ。兄たちには連絡した。どんなに忙しくとも見送らせる」

「よろしくお願いいたします」

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