136 決戦のアップダウンサポーターズ!!



 それはまるで、一条の光。

 反対側の校舎から、遠当てで窓硝子を突き破るのだから、音無先輩には恐れ入る。


 ――だって、可愛い妹が泣いていたらね。瑛真ちゃんのお願いなら、なおさら。それに、可愛い弟君もいますから。放っておけないでしょう?


 そう片目をつむって、ウインクをして見せる。まるでアイドル時代の母さ――いや、今はそんなことはどうでも良い。


 追従するように、キラキラと光の粒子が舞うのが映像で見る。あの時は必死で、回りの状況を見る余裕なんかなかった。改めて、カメラが捉えた雪姫の表情を食い入るように見る。

 沸々と怒りがわいてくる。


 ――どうして?

 ――なぜ?


 ――雪姫が、こんな目にあわないといけないのか?

 

 ――許さない。

 ――絶対に許せない。

 ――俺は、お前達を絶対に緩さ、さ……。


 あの時の俺は、雪姫の髪をその手で梳きながら、言葉を紡ぐ。


「雪姫が見ようとしている綺麗な世界を泥で塗ろうっていうのなら、誰だって絶対に許さない」


 ぶんっ。

 スクリーンに投影された、あの時の俺が、護身用のスティックを振る。

 スピーカーが音割れするくらいに、震動が鼓膜を突き刺した。





■■■





「ちょっと、これはどういうことなの?!」


「あの動画、フィクションじゃなくて本物マジ?」

「ネットにアップされていたのと、ちょっとカットが違う気が――」


「顔がよく見えた。もしかして、と思っていたけれど。あれ、下河さんトコの雪姫ちゃん?」

「可愛くなっていて、分からなかった!」


「あのハゲは教頭だろ?」

「雪姫ちゃんを追い詰めていた子達、生徒会長達よね?」

「げっ? マジかよ?」


 会場内は一気に、騒然カオスとなる。


「あのセリフ、ちょっとクサくないか?」


 ボソッと呟く大國の言葉が、胸を抉る。あの時は心の底からそう思っていたけれど。今になって冷静に考えると――。


「私は嬉しかったんだからね、冬君」


 にっこり笑って。それから、やっぱり俺の左腕に抱きついて――頬ずりをする。まるで甘える仔猫のようだった。


「絶対、後で黒歴史になる案件――い、いえ……なんでもないです」


 俺からはよく見えないけれど、雪姫と大國の視線が混じりあう。一瞬、ひんやりとした空気感。雪姫がどんな眼差しを大國に向けているのか、なんとなく想像ができてしまった。


 雪姫にはできるだけ笑っていて欲しいと思ってしまうから、俺は指で雪姫の髪を梳く。


「えへへ、冬君ー♪」

「……助かったけれど、助かったけれど。釈然としねぇっ!」


 腕に頬ずりする雪姫と、なぜか歯軋りをする大國。そんな二人を見比べながら、脱力する。俺はどうしたら良いのだろう? 


「さて、ここまではすでに、オンライン配信されていた動画をご確認されていた方もいらっしゃると思います。ただ、明確に配信版と比べて、大きな違いがあります。お気づきですか?」


 弥生先生がおもむろに口を開いたかと思えば、そんなことを言い出す。


(……あの公開ラジオの時のあれってこと?!)


 あの時は保健室で音声を聞くのみだった。まさかオンライン配信をされていたなんて、誰が思うだろうか。正直――めっちゃくちゃ恥ずかしい!!


「そうじゃの。配信で見た時に比べて、映像も音声も綺麗になっている気がしますな」

「解説の校長先生! お目が高い!」


 解説?


「そうなんです! まずは今回、放映したのはリマスター版です! 画質は8K、音響も映画館さながらのクオリティーを家庭で実現する、夏目のVRシネマダイブキット! いよいよ今夏、一般発売です――やっぱり良いよねは、な・つ・め!」


 最後はジングルまで流して、ちゃっかり自分の会社――夏目コンピューターのCMまでしてきやがった。一方、壇上の下、ココからでも感じるほどの怒気を放つのは、葦原議員センセと教育長だった。


「こんなの説明会でもなんでもない! 無効だっ! 無効っ!!」

「すぐに、こんな茶番を終わらせなさい!」


 議員先生と教育長が吠えるが、安定のマイクオフ。場内の騒然とした雑音ノイズと相まって、耳を澄ませてやっと聞こえるかどうか。縛られた教頭が必死にもがくが、それ以外の教員は微動だにしない。


 と――。


 PIRIRIRIRIピリリリリ

 芦原議員から、スマートフォンが鳴る。


 俺はつい眉を顰める。この大事な場で、マナーモードにすらできない。どれだけ、彼がこの場所を軽視しているのか、よく分かった。


「ちょっと、失礼」


 会場内が騒然としていることを良いことに、芦原は電話に出る。俺は自分の感情が――温度が下がるのを感じた。


 ぎゅっ。

 雪姫が、手を握る。


「そろそろ、良いタイミングですね」


 音無先輩がつぶやく。


「だね。もうハッキング済みだから、いつでも大丈夫だよ」


 瑛真先輩も、コクリと頷いた。は、ハッキングって?


「ひかちゃん、やっちゃって! 私たちアップダウンサポーターズを敵に回したことを後悔させてやろうよ!」


 黄島さんの声に、舞台袖から拳が突き出された。


(光……?)


 同時に、観客席からも。壇上の弥生先生も校長先生も拳を空に突き上げる。

 ――ザザザ。

 スピーカーから、ノイズが発された。


『私だ。な……ん、だ?』


 マイクはオフのはずなのに。芦原議員の声がスピーカーを通して、体育館中に響い

た。ハッキングって、そういうこと?


先生せんせ、あっしです。下河雪姫ですが、家には誰もいませんでした!』

『そ、そうか……。しっかり、謝罪したいと思ったのに、それは残念、だ……』


 苦虫を潰したような、|表情かお。本心から、その言葉を紡いでいないことを物語る。


『先生、どうしたんすか? 謝罪って? ぶちウケるんですけど?』


 手下さんが、電話の向こう側でバカ受けしていた。


『安心してくだせぇ。ちゃんと、自殺に見せかけておきますから! その前に、少しぐらい味見させてもらって良いですよね?』


 その言葉に、怒り一色、溢れ出す。なんとか、この感情を抑えようと、唇を噛んだ。


 そんなこと、させるものか。思わず、拳を固めようとすると、やっぱり雪姫にその手を包みこまれた。


「私、ココにいるから。そもそも、そんなコト無理だと思わない?」

「それは、そうだけれど……」


 でも、そういう問題じゃ――。

 そう反論しようとして、さらに暖かい温度が触れる。雪姫が、俺の手の甲に、口付けたんだ。


「……ゆ、雪姫?」

「お話をしに来たんだもん。冬君が怒ってくれるのは、嬉しいけれどね? お話の時は冷静にでしょ?」


 にっこり笑いながら、そう言って。もう一回、さらに手の甲にキスを落とす。


「「「ココでいちゃつくな」」」


 瑛真先輩、朱音、大國が厳しい眼差しを送るけれど、俺は悪くないよね?


 一方の雪姫はまったく悪びれていない。むしろ、満面の笑顔を浮かべるから、そんなのズルいって思ってしまう。

 そんな風に微笑まれたら、また雪姫から目を反らせなくなって――。


「「「だから、そういうトコだって!」」」


 代表して、なぜか朱音に頭を叩かれた。この幕間の間も、芦原達の茶番は続く。


『お、お前は……冗談が……本当に上手いなぁ……』


 芦原議員は取り繕うのに必死だ。立て直そうすればするほど、反比例して、会場は静まりかえり、空気は凍りついた。


『そうすか? 俺、よくスナックのママにも「面白い人」って言ってもらえるんすよ! やっぱり持っているヤツは違うってヤツっすね! へっへっ!」


『分かった! 分かったから、お前はもう喋るな!』


『仕事に戻れってことっすね! 間違いなく、仕留めます! 会場に、髪の毛と指を送りつけたら、バカ親も理解するっすよね。自殺に見せかけて、遺書で「悪いのは私でした」って書いておくなんて。先生、本当に真性のワルっす――」


 ぷつん。

 つーつー。


 そんな音がスピーカーから流れる。

 芦原議員が、通話を一方的に切ったのだ。


「……これ、どういうことだよ?」


 真っ先に口火を切ったのは、大地さんだった。俺と同じレベルで怒りを抑えている。当たり前だ。雪姫を殺す? 犯す? 自殺に見せかける? それで、この物語に幕を下ろそうって?


(ふざけるな――!)


 会場内が騒然とするなか、冷静な声を発していたのは、女性陣だった。


「瑛真ちゃん、逆探知は?」

「位置は概ね、特定しているけれど。もちろん、オッケーだよ」


「了解。指示は出しておきます。黄島さん、準備は良いですか?」

「音無先輩、もちろんです! アップダウンサポーターズ、全員待機してますからね」

「ねぇ、冬?」


 突然、母さんに声をかけられて、俺は目を丸くする。


「絶対に、雪姫ちゃんを守りなさいよ」

「そんな当たり前――」

「私も冬君のことを守るから、大丈夫です」


 にっこり笑って、そう言う。雪姫はもう片方の手で、拳を固めてみせた。


「冬君、一緒にお願いね?」


 そう言われたら、俺が雪姫の手を離すという選択肢はない。


 返答代わりに雪姫の手をきゅっと、握り返しt。雪姫がそうしたように、手の甲に口付ける。歓声、呆れ越え、ため息。それをかき消すくらいに、雪姫が満面の笑顔で微笑んで。


 それから、彼女はまっすぐ手を上げて――挙手をした。






■■■





『な、なんで……どうして、お前が?』


 今度は、マイクの近くでもないのに、芦原議員の声を拾う。スピーカーから、音割れするほど狼狽しながら。


 雪姫が一歩、前に出る。

 遅れないように、俺も前へ。


 エスコートするって決めたから。俺が出遅れたら、それこそ格好がつかない。

 俺は、雪姫の手を引く。


『こ、こんなの、説明会じゃない! 中止だ、中止っ!!』


 教育長が喚くが、もう遅い。

 遅いんだ。

 俺は――俺たちは、絶対にお前達を許さないから。





 ――アップできるようにサポート! 

 ――ダウンしてもフォロー! 



(くっそ、恥ずかしいよ! 黄島さん!)


 光から、拳を天に突き上げるポーズの意味を教えてもらった時には。本当に悶絶したんだからな?



 ――上にゃんとゆっきをハイテンションで応援します! 

 ――それが私たち……。


 会場、所狭しと拳を突き上げる人がいる。

 こんなに応援されていたんだって知る。


 雪姫も、俺も全然、〝ぼっち〟じゃなかったんて、改め知った。こんなにたくさん、味方がいた。おまけに猫の鳴き声まで体育館に反響する。


相棒ルル、お前まで悪乗りしすぎだって……)


 つい苦笑が漏れたけれど、首を軽く振って集中する。

 意識を雪姫に向けた。


 彼女の呼吸は若干、浅い。

 そりゃ、そうだ。

 これだけの人の視線を受けながら、前に出るのだから。


(だから、なおさら――)


 雪姫、一人では行かせない。

 俺が、傍にいる。そう、改めて気持ちを込めた。


「止めろ! ガキどもを閉め出せ! 説明会は中止だ!」


 芦原が吠える。

 その掛け声に合わせて、黒いスーツを身に纏った男達が、体育館内から。舞台袖から、まるで虫のように押し寄せてきた。


(ムダだって)


 俺は、足を止めない。

 雪姫が歩きやすいに、心を砕きながら。


 雪姫が呼吸をしやすいように。

 時に、目配せして。


 ちゃんと傍にいるって、伝えながら。

 背中に、暖かい視線を受け止めて。





「「「「「「「「「アップダウンサポーターズ!!」」」」」」」





 そんな声が。

 猫達の鳴き声と共に。

 体育館内にこだまする。

 耳が痛くなるくらい、反響して――。















 俺は雪姫の手を握ったまま。

 指と指を絡めたまま。

 その手を――天にかざしたんだ。

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君がいるから呼吸ができる 尾岡れき@猫部 @okazakireo

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