135 君を傷つけたお前らを、俺は絶対に許さない


「……冬君」


 小刻みに震える手、浅くなる呼吸。平然とした素振りを見せ、笑顔を浮かべるけれど。それが無理をしていることを俺は知っている。


雪姫ゆき――」


 だから、何度も君の名前を呼ぶ。


 ココに来ると決めたのは雪姫。だって、当事者が向き合わないと、ウソになる。っいぇ雪姫は言うから。

 こうなると、雪姫は本当に頑固だ。それに俺だって分かっている。雪姫を過保護に守っても、何の解決にもならないってことは。


 雪姫が決めたことだから、応援したい


 それが間違っている選択なら当然、反対する。でも無理があると感じるけれど、正しいと思うから傍で支えたい。正直、大人のメンツも雪姫を傷つけた奴らの弁解イイワケもどうでも良い。


 これ以上、雪姫を傷つけるというのなら接待に俺は許さない。シンプルにただ一言、今の俺にはそれしかない。


『それでは保護者説明会を開始しま――」


 教頭の声が響いたかと思えば、すぐに言葉をつまらせた。


『お、おい?! 明らかに。学生がいるじゃないか。早く、退場を――』

『教頭先生、マイクがONオンのまま喋るのはまずいです!』


 周りの先生の声まで、見事に拾う。今回の説明会のために、音響機材を最新のもの入れ替えるね?――そう言っていたのは、陽大さんだったが、こういうことだったのか。つい苦笑が漏れてしまう。


 そして音響操作は光の仕業なのは間違いない。


『定刻ですよね、始めましょう』


 凛として言ったのは、弥生先生。ぐぬぬ――そんな歯軋りの声すら拾うことに気付き、教頭は諦めて――気を取り直したようだった。


「それではこれより、説明会を開催します。まずは担任から、これまでの経過についてご報告をさせていただきます」


 教頭の声で、説明会の開会が宣言された。




■■■





『……確かに、プリントを持って行ってくれと言ったのは私でした。上川君なら、心を閉ざしてしまった下河さんに、寄り添ってくれるって思ったのです。上川君は、人の痛みが分かる子ですからね。個人情報があるので、それ以上のことは言えませんが、彼は元COLORSカラーズで――おっと、話が逸れましたね』


 言ってるじゃん! メチャクチャ言ってるよ! あの公開ラジオでCOLORSの連中とと一緒にトークした時点で、もうアウトなんだけどさ。


『彼の優しさは、個人授業の時間に垣間見られました』

「……個人授業?」


 雪姫さん、目が怖い。そんな授業された憶えないし。ギチギチと、手に力をこめないで。


『ま、個人授業はウソですけど。司書室でお話したのは、本当ですよ❤️』


「司書室で……二人きりで?」

「光や黄島さんが一緒だったからね!!」


 俺の一言に安堵したかのように力を緩めて、雪姫は自分の頬を俺の肩に寄せた。


 雪姫にとって、この場は清水の舞台から飛び降りることに等しい。弥生先生なりの、ユーモアだと理解するが、説明会ですることじゃ――。


 と、舞台上で泰然と微笑む弥生先生を見て、なんとなく察してしまう俺がいた。


(弥生先生……?)


 そういうこと――?

 俺から見れば、自然体。いつも通りの恋バナ大好きな弥生先生。でも、凛として軸はブレず、真っ直ぐな姿勢で、ただ前を見ていた。雪姫と同じ、戦う姿勢そのものだった。


「おいっ、何を勝手なことを! 事前の打ち合わせとまるで違うじゃないか――」


 教頭がマイクを持って喚くが、なぜか途中からマイクの電源がオフになる。突然の事態に何が起きたの理解できず、保護者達がガヤガヤ戸惑いの声を上げた。

 その最中、教頭を無理矢理誘導したのは、上杉先生、武田先生、毛利先生で。


「はいはい、教頭先生。今は夏目先生の番ですからね」

「ちょっと、教頭がお疲れのようだな、っと」

「はい、こちらです〜」

「おい、こら! 貴様ら、離せっ! 邪魔をするんじゃな――」


 教頭がマイクを持って喚こうとするが、一切、音声を拾ってくれない。マイクのおもちゃで遊ぶ幼児のようだった。


『では、お話を進めさせてもらいますね。下河さんが、外を出た瞬間は感動的でした。私も何回か見ていたのですが――』


「「見ていたの?」」


 思わず俺と雪姫の声が重なってしまう。


『リハビリと称して、二人で手を繋いで歩く。それで友達って言い合ってるんだもん。それ、絶対に無理がありますよね。THE両片想いをまさに見たって感じです!』


 弥生先生の掛け声に「本当だよ!」と賛同の声。黄島さんに瑛真先輩まで同意しないで。大國と朱音は舌打ちしないの。


『ま、そんな二人もなんやかんやで、すっかりお付き合いしているんですけどね』


 なんやかんやって……説明が雑すぎない?! 


『でも……路上でのキスは、ほどほどにした方が良いと思うのよね』


「「見てたの?!」」

「「「「「「「どうして見られていないと思った?」」」」」」


 周囲から集中砲火。思わず、2人で首をすくめた。


「……私、見られても関係ないもん」

「ゆっき、そこはもう少し意識しようね?」


 黄島さんが苦笑を浮かべる。


『今から流す映像の一部は、すでにネット上でも確認された方がいらっしゃるかと思います。包み隠さず申し上げれば、全て事実です。まずは保護者の皆様に全てを視聴いただいたうえ、ご意見を頂戴したいと存じます。また合わせて本校の方針をご説明させていただきます』


 そう弥生先生は言うと、ノートパソコンを操作する。


 ステージ上のスクリーンに映し出されたのは、司書室にいた雪姫。そして、教頭だった。


「んっ! んー! んー?!」


 教頭は藻掻き、うめき声を上げるが誰も気に留めていない。彼がガムテープで口を塞がれ、両手・ア両足は縛られた姿なんて、すでに些事。来場者は映像の方に釘付けだった。



『お前の態度次第じゃ、色々考えてやっても良いんだからな?』


 教頭は自分の唇を舐めながら、そう雪姫に囁く。その距離が、あまりに近い。


『挙動不審過ぎる。これは、上川からもらったシャープペンシルだったか? 織田先生がそんなことを言っていたな』


 教頭が雪姫からボールペンを取り上げる。この間、映像の雪姫がひゅーひゅーと呼吸を乱しているのが、耳につく。


 遅かった――。

 間に合った、なんてとんでもない。

 俺は、遅すぎて――。


『カンニングしようとしていたんじゃないのか?』


 映像の教頭がこれ以上ないくらい、雪姫に近づく。俺は頭が真っ白になる。ヤツが、雪姫の髪を撫でた。その映像が流れた時、俺の理性がプチンと切れそうになって――雪姫が俺の手を握る。


「冬君――」

「雪姫?」


「大丈夫、私は大丈夫だから。もうダメだって思った時、冬君が駆けつけてくれたから」

「でも……」

「だから、ね」


 雪姫が俺を見る。


「私の髪を撫でて」

「ゆ、き?」


「……やっぱり、誰かに触られるのイヤだった。あの時、吐きたいって思うくらいイヤだったの。触られるのなら、冬君が良い。たくさん上書きしてもらったけれど、ちゃんと乗り越えられるように。今すぐ上書きをして? そうしたら私、また頑張れるから」

「……」


 俺は躊躇なく、雪姫の髪を撫でた。雪姫の髪を指先で梳く。


『君はもっと賢い生き方をすべきだ。テストのように、形式的なもので評価されるほど、社会は甘くない。強い者に従うのは、生き物の摂理だ。処世術ってヤツだよ。私が口添えをしたら、君はもっと過ごしやすくなる』


 教頭がにたぁっと笑って、雪姫を制服の上から太腿を撫でる。


(雪姫? こんなことを君は我慢していたの――?)


 怒りで頭が沸騰しそうになる。



 ――下河さん。あなたが傷つくとは重々承知しているの。でも、図書室での一部始終を記録した映像がある。どうする?


 弥生先生の言葉に、あの時、雪姫は小さく頷いた。

 お願いします、そう雪姫は小声で呟いた。


 ――PTSDピーティーエスディーが私は心配だよ。


 志乃さん――だけじゃない。黄島さんや、瑛真先輩、音無先輩が心配そうに見ていたのは、こういうことだったんだ。


 ――大丈夫です。冬君がいてくれたら……全部乗り越えられる気がしますから。


 終始、心配そうに見る女性陣の視線の意味を、ようやく理解することができた。


 ぎりっ。

 思わず、自分の唇を噛みそうになって――体を引き寄せられた。


 目をパチクリさせる。

 唇が、あ――暖かい?


「んっ、んっん?(ゆき?)」


 保護者説明会の会場だというのに、雪姫が俺の唇に自分の唇を重ねて。


「雪姫?」

「ゆき?」


「下河さん?」

「ゆーちゃん?」


「ふゆ、大胆ー」

「大地さんは見ちゃダメ」

「なんで?!」


「お姉さん?」

「雪姫ねぇ?」


 みんなの声が重なるけれど、それもどうでも良いと思ってしまう。

 雪姫の痛みが、少しでも誤魔化せるのなら、どんなことだってしてあげたいっと心底思う。だから、むしろ俺が雪姫を引き寄せた。


「……こんなの、最低です!」


 そう声を上げたのは、天音さんだった。


「……本当だよっ」


 苦々し気に吐き捨てるのは空君。

 その言葉を引き金に、女性陣が「最低コール」を上げ始めた。


「最低!」

「本当に最低っ!」


「最悪!」

「女の敵!」


「男から見ても最悪だって! 人類の敵だよ!」


「ちょっとうらやま――」

「「「「「「「タコ?!」」」」」」」


 そんな声に青ざめるのは、学校側だった。明らかに狼狽して、囁きあっている。ガムテープで縛られた教頭は、打ち上げられた魚のように藻掻くが、手を差し伸べる人は誰一人いない。


 関係者席に座っている教育委員会の委員長、そして参考人の芦原夫妻が唖然とした表情で、この顛末に視線を向けていた。

 映像は容赦なく続く。





『どおおぉぉっぉぉぉぉぉぉぉぉーんんんんっっ!!』





 スピーカーに割れんばかりの音が響いた。

 スクリーンには、図書室の本棚が倒され、入り口を塞ぐ光景が映し出される。



ぎゅっと雪姫が俺にしがみつくのを感じて我に返る。

 俺の顔を見て、その両目に涙をにじませながら――でも、雪姫は微笑む。


「雪姫?」

「……もう大丈夫だよ。だって、この物語の結末、私は知ってるもん」

「へ?」


 俺は目をパチクリさせる。


「私のヒーローが、もう少しで来てくれるから」


 さらに強く、雪姫は俺を抱きしめる。思わずパイプ椅子がバランスを崩しそうになるのを、なんとか踏みとどまった。


「……うん」


 雪姫の目尻に唇を添えながら。

 映像に目を向ける。


 雪姫を傷つけた奴らがいた。


 不甲斐ないって思う。俺はこの【事実】を知らなかった。雪姫が言えるワケがない。だって、一番傷ついたのは雪姫だから。


 だから――絶対に目を逸らさない。そして、どんな言い訳も許さない。











 雪姫をこの左手でしっかり抱きしめながら。

















 誓う。

 俺は絶対に、お前を許さない。





________________


※作者注

PTSD…PTSD(Post Traumatic Stress Disorder :心的外傷後ストレス障害)は、死の危険に直面した後、その体験の記憶が自分の意志とは関係なくフラッシュバックのように思い出されたり、悪夢に見たりすることが続き、不安や緊張が高まったり、辛さのあまり現実感がなくなったりする状態です。


▧ ▦ ▤ ▥こころの情報サイトより引用▧ ▦ ▤ ▥

https://kokoro.ncnp.go.jp/disease.php?@uid=iGkwv4PNzgWhQ9xI

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