17分


 あとは数歩前に進むだけ。一歩ニ歩。


 すると彼女は英単語帳をゆっくりと閉じたて視線を移した。ピンク色のイヤホンを耳から外して。そして……


「おはよう」


 これは僕の言葉ではない。僕は口を開いた。しかし声はまだ出してはいなかった。僕よりも先に、誰かが彼女に向かって声をかけたのだ。


「おはよう」


 彼女は今しがた乗車してきた見知らぬ男子に返事を返す。


「今日は寒いね」


 僕は知った。彼女はこんな声を発するのだと。


「ああ、そうだな」


「ほら、どう?」


 彼女は男子の手に自分の手を重ねた。彼女の手には使い捨てのカイロが握られていた。


「あったかいな」


「でしょ?」


 僕は後退する。そして元に座っていた席に、再び腰を掛けた。電車から見える景気がビル群から枯れた木々へと変化していく。


 彼女は男の手の上に自分の手を置いたまま楽しそうに話題を変えて話し出す。


「今日はクリスマスイヴだよ」


「ああ、だな」


「帰りにケーキ買ってかない?」


「部活あるから遅くなるし、売切れるかも」


「えー、テニス部ってクリスマスイヴにも活動するの? 信じらんない」


「じゃお前作れないの?」


「私そういうの無理だよ。不器用だし。だったらめぐみくんの方がそういうの得意でしょ」


「俺が作るのって何かおかしくないか」


 二人の会話は途切れることを知らない。そしてまた、電車はゆっくりと停車する。


 二人は揃って電車から降りて行く。俺はその背後を見送った。最後に、彼が肩に背負っているスポーツバッグを一瞥したが、そこに刺繍された名前と部活名を確認することは叶わなかった。


 景色は変わる。大きく変わる。


 ……明日からは冬休みが始まる。


                              完

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17分 小さい頭巾 @smallhood

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