17分

小さい頭巾

13分

 いつもと何も変わらない。


 乗る電車も、その時刻も。何もかも変わらない。違いが一つあるとするならば明日から冬休みであるということだけだ。


 今日は終業式であり、学校で授業が行われることはない。大掃除と、いつもより少し長い担任のお説教があるくらいだろう。それ以外は何も変わらない。だから次の駅で彼女がこの電車に乗り、僕の目の前の席に座ることも、きっといつもと変わらないのだ。


 電車のドアが開くと、いつものように彼女は右足から電車に乗った。俺の向かいの席に座り、そして肩に背負ったスポーツバッグを膝の上へと降ろした。耳へと伸びたピンク色のイヤホンも、校則ギリギリの短くしたスカートも、バッグに刺繍された『N.MEGUMI』の文字も、全てがいつもと同じだ。


 めぐみさんは僕よりも後に電車に乗る。しかし降りるのは僕の方が先だった。彼女は僕より何駅か先の駅で降りるのだろうが、その駅がどの駅なのかは僕が知る由もない。


 僕が都内にある私立中学に通うことが決まってから三年の間、めぐみさんと僕は毎日同じ電車に乗り続けた。つまりは彼女もまた今年どこかの中学を卒業するであろうことが予想できた。残り三ヶ月。登校する日だけで考えるともっと少ない。来年の四月には僕がめぐみさんに出会うことはきっとなくなる。当たり前のことなのに、そう思うと胸の辺りがむずがゆくなった。


 三年間で、彼女に話しかけようとしたことが何回あっただろうか。電車に乗る前に話題の切り口を何度も頭の中で反復させた。しかしいざ彼女を目の前にすると何もできないのだ。口を開くことは疎か、目の前に立つことすらできない。ただただいつものように、彼女と向かいの席で、彼女を見ていることしかできなかった。そしておよそ十三分彼女と同乗した電車から降りる時、僕は自分の度胸の無さに心底がっかりするのだ。


 それもいつもと同じ。何も変わらない。


 ふとめぐみさんの方を見やる。付箋の沢山付いた単語帳に赤シートをかざしながら、彼女は受験勉強に勤しんでいた。どの高校を目指しているのだろうか。それも僕が彼女に話しかけられさえすれば知ることができるはずなのに。僕が知っているのは彼女の容姿と、名前、そして彼女の部活くらいだった。名前と部活を知ったのは一年の十二月頃、めぐみさんの学生鞄が突然スポーツバッグへと変わったことがきっかけだった。その時から現在にかけて彼女はスポーツバッグで登校しているのだが、そのバッグには名前と一緒に小さく庭球部と刺繍がされていたのだ。そこで僕は彼女の名前がめぐみであること、そしてテニス部に所属していることを知った。


 電車から見える景色が、ビル群へと変化し色濃くなって行く。


 もうすぐ自分が降りるべき駅に到着する。そして僕はまた自分にがっかりするのだろう。今日もまた話しかけることができなかった、と。ネガティブな気分で学校に行って、終業式で校歌でも歌った後、一年間お世話になった教室に感謝して……とかいう理由で普段なら業者が掃除するところを生徒である僕たちがするのだ。そして長く話した割に中身のない説教を聞いて一日が終わる。きっとそうなのだ。


 僕は思った。


 今日学校に行ったところで、一体何の意味があるのだろう。それならいっそ……。


 気づくと、僕は降りるべき駅を見送っていた。


 いつもとは違う景色。そしてその景色を背景に僕の前にはめぐみさんがいる。いつもとは違う。ならば僕自身も、いつもと同じことをしてはいられない。


 話すことを決めている時間はない。僕は彼女がどこで降りるのかを知らないのだ。次の駅で降りられてしまう可能性だってある。だったらぶっつけ本番しかない。


 わかっている。わかっているんだ。頭ではわかっているのに足が上手く動いてくれない。喉に何かが詰まっているかのように、声を出せる気もしない。そうこうしている内に次の駅は迫っているというのに。 電車のスピードが徐々に落ちていく。慣性に従って、自分の身体が傾く。身体の中にあるネガティブな何かが全て転がって体外へと排出されたような気がした。足に力を入れて立ち上がる。電車が完全に停車して、駅のホームにいる数人の乗客たちと、外の冷気を向かい入れた。

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