最終話 番犬就任式

 鳥獣戯画大戦の終戦から4か月近くが経った。桜の花が三途の川に咲き香る。4月1日は番犬就任式である。


 この頃になると、大戦で破壊された町も復興ができてきた。


 番犬就任式のパレードを行うポイズンシティでは、一目ニャン吉を見て鼻で笑おうと、地獄中の鬼たちが集まってきた。


 毒溜広場の高台で演説をすることが決まっていたニャン吉。鉄を組み立てた簡素な作りの高台へ、ヒョイヒョイと登っていく。

 高台の天辺まで登ったニャン吉は、ふと昔のことを思い出した。


 1年前、初めて毒地獄を訪れた時。悪党外道の四面楚歌作戦で奪った獄卒士の免許を見せたのもこの高台であった。目を閉じ感慨に浸るニャン吉。手に力が入り、スピーチ原稿がシワになる。


 目を開けて演説をしようと思ったら、集太郎とペラアホが演説台に登っており、ニャン吉の前ですでにマイクを占拠していた。

「はじめましゅて、花尾集太郎でしゅ。この度は勝手にお集まりしてご苦労じゃの。多分ニャ吉は『お集まりいただきありがとうございます』とか綺麗事言うと思いましゅ」

「はじめまーして、ペラペーラ・ア・ホーンだーよ。ニャッキーはきっと『この度の乱を平定できたのーは、みなさーんのおかげでーす』とか心にも思ってなーいこと言うと思ーうよ」

 聴衆の間で笑いの渦が巻き起こる。


 慌てて止めに入るニャン吉の仲間。しかし、その時の言葉は全てマイクで放送される。


 骨男が虫たちからマイクを取り上げ「おめえら、当たり前なこというなって。『私事ですが』とか申し訳程度のことを読むんだからよう」と大声で叱る。


 さらに、マイクの前でタレが「そうだクエッ、ニャン犬は『地獄に来た頃は右も左も分からず』とか最初の一歩を適当に感慨深くいうからクエッ」と付け加える。


 その横からクラブが「やめるんだ、相棒は『仲間の支えもあって番犬になることができました』と言うんだから」とハサミを振り回す。


 レモンが笑顔で出てくると「ニャン吉様は『数々の難と数々の強敵との戦いで強くなって今の自分があります』と言うんデスヨ」と無機質な声で言った。


「なんか『この戦いで失ったものも多く』とか言いそうだな」ともっさんはギャングがファミリー内でしか見せない柴スマイルを見せる。


「それに『皆でこの苦しみを乗り越えましょう』なんてね」とイーコが上目遣いで付け加えた。


「だけじゃない、『これからが新しい時代の幕開け』と言う!」と御亀がいつになく饒舌に語る。


「うふん、『皆で勝鬨を上げましょう』で締めるだろうな」とモラッシーが話を締めてしまった。


 全てニャン吉の書いた原稿通りの言葉。スピーチは全て仲間に言われてしまった。ニャン吉を残して皆は一段低い足場に戻ると、話すことがなくなって固まったニャン吉。


 もしやと思い、ホットがニャン吉の原稿を取り上げて「まさか」と確認しだした。そして、「ははは、全部言われてしまったな猫吉」と所構わず大声で暴露した。毒溜広場は笑いの渦が巻き起こる。

「やるじゃないか獅子王。お笑い芸人になれるぜ」と後方に待機していた鬼市が笑った。


 しかし、ニャン吉は最後に言うべき言葉を持っていた。彼は冷静になると、その言葉を捧げた。

「なによりも、俺に全てを教えてくれた御結武蔵師匠に、このスピーチを捧げます!」

 場は静まり返った。亡き師匠への追悼を捧げると、厳粛な空気が流れる。


 これで無事スピーチが終わったと油断したニャン吉は、高台から滑って聴衆が列をなす地上まで落下してしまった。再び、笑いが起こる。


 そんな中、天馬は一万年前の骨しゃぶ番犬就任式を思い出していた。それを察したホットは、天馬へ声をかける。

「今度こそ、太平の世が訪れるといいですな」

「ああ……そのためにも、まだまだ俺たちは生きなければならないな」


 聴衆の中もみくちゃにされるニャン吉。仲間たちもそこへ飛び込んでお祭り騒ぎ。その日はそのまま街で大宴会が始まった。


 ――夜の帳が下りると、幻想的な灯りが灯籠に灯された。灯籠はホタルの形を模して作られていたが……瞬かないとゴキブリに見えてくる。

 町に灯された灯籠の柔らかい灯りが極楽浄土の灯りを演出していた。


 賑わう人々の中に危険人物が紛れていた。ニャン吉が危険人物を追いかけていくのを、鬼市と天馬は見逃さずに後をつける。危険人物は町を一望できる小高い丘の上に立った。町を見下ろしているのは、悪道と無明の親子である。彼らは、この賑わいを不愉快そうに見下ろしていた。

「まったく、番犬就任式だから来てやったが……」

「父上、早く帰りましょう。生きている連中を見ると虫酸が走ります」

 2人の後からニャン吉が咳払いをすると、魔族の親子は振り向いた。

「……魔族の連中じゃの」

「おやおや、これはこれは獅子王とやら。私、悪道の顔をお忘れですか?」

 彼の態度は慇懃無礼の見本と呼べる。


 静かに深く怒るニャン吉は「魔族のせいでどれだけの者が苦しみ、傷ついたと思っとる」と一言一言に力を込めて咎める。

 さすがにまずいと判断した悪道は、強がって鼻で笑うのみ。しかし、無明は違った。彼は、一欠片の情も持たずにこう言い放った。

「それって、あなたの感想ですよね」

 後ろで聞き耳立てていた鬼市と天馬が熱り立つ。


 戦争で苦しみ、飢餓に苦しみ、疫病に苦しみ、分断に苦しみ、人種間や民族間の争いで苦しみ、独裁者に苦しみ、そして、原子爆弾で苦しむ。この世の全ての苦しみを、『あなたの感想に過ぎない』と否定し、あらゆる汚いものを踏んで汚れた靴で、心の傷を踏みにじるような言葉で返す。


「ははは、これが本当の論破ってことかな」

「机上の空論破ご苦労じゃの」

 ニャン吉は言い返した。お前の破ったものは机上の空論に過ぎないと。現実を知らざる愚か者へ贈る言葉。


 ニャン吉の返答に、なにやら悟った無明。

「お前は、従わないのだな?」

「口先だけの餓鬼に教えちゃる。この現実、最後まで立っとった方が勝ちなんじゃ」

 冷酷非情で生命を憎む無明の冷たい目。

 対して、生命を軽んずる魔族へ向けられたニャン吉の怒りに燃える目。

 ニャン吉の宣戦布告により今、獅子王と無明の因縁の戦いは静かに始まったのである。


 ニャン吉に背を向けどこかへ立ち去ろうとする魔の親子。

「獅子王ね……、さて、父上。帰ったら鍋でも作りますか。馬肉、鶏肉、カニを具材にレモンを絞ってからいただきましょう」

 無明は意味深な言葉を残して夜の闇へ消えて行った。


 小高い丘の上に1人残されたニャン吉。彼は、ポイズンシティの町並みを見下ろした。鬼市と天馬がニャン吉の隣に来た。それに気付いたニャン吉、彼は町を眺めながら2人に語る。

「師匠の遺言は、梁山泊に遺体を埋めてくれ言うとったが……ありゃあ魔族を見張るだけじゃないってことじゃの」

「どういう意味だ獅子王」と鬼市が尋ねる。

「師匠は予感したんじゃ。俺と、いや、俺らと魔族のどっちかが壊滅するまで争う日がいずれ来ると……。師匠を思い出す度に、梁山泊のある魔界を思い出せ言う意味なんじゃろう」

「なるほどな」と天馬が答える。


 町の灯籠は明々と灯され、浄土の日が町に満ちる。ニャン吉の戦いはここからが本番なのだ。


 その時、後から大勢の人が押しかけてきた。ニャン吉がここにいると知った仲間やポイズンシティの人が押し寄せてくる。鬼市と天馬はそれを予期して颯爽と立ち去った。

「お前らどしたんや……ちょっと、こっち来んな」

 小高い丘へおしくらまんじゅう。ニャン吉の足場は徐々に狭まり、やがて崖から転落した。

「にゃー」と言う声が夜の闇に響いて、ニャン吉の初陣は幕を閉じる。


『鳥獣戯画大戦完』

『天国潜入捜査編へ続く』

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地獄は嫌だにゃん 化け猫ニャン吉 @18315

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