第91話 後日談
鳥獣戯画大戦は終わり、番犬軍は意気揚々と凱旋した。
番犬軍がなんと言っても驚いたのは、霊界の登竜門へ戻った時に、門の前にドア弁慶が立っていたことである。
「どうもご迷惑おかけしました。1週間の長きに渡り眠っていたことをお詫びに舞います。あ、ちょっと
ドア弁慶は死んでも天日干ししていれば生き返るらしい。それも、何度でも。
薮医者パラダイスで治療を受けた番犬軍。皆、ある程度元気になると、好き勝手動き出した。そこへ、棘野郎からゴキブリ君のだきまくらを大量に布団へ潜ませていたことに対する苦情が届いた。
薮医者パラダイスで閻魔たちも一命をとりとめた。さらに、タレの父・
「クエッ! 2人とも死んだんじゃ……」
「クエッ! 谷底に落ちていたんだよ。タレ、迷惑かけたなクエクエ」と父は頭を翼でポリポリとかいた。
「クエッ! 俺は勇敢に戦って名誉の負傷を負って」などとうそぶいていたが盛塩は剥製のフリをしてやり過ごしたらしい。この時できた言葉は『父は勇敢、息子はアカン』である。
――それぞれの後日談を述べよう。
大函谷関を死守したオカマキョンシーの連中は、昼間も『プリティ・サバトカフェ』を出そうと張り切っていた。
大地地獄の三途家の面々は、家長の拷問が鬼反の転生した姿であったことをなんとか受け入れていた。一族に暗い影を落とす今回の乱。しかし、長男・秦一郎と婦人が不在の中、次男の楚次郎が前を向いて復興の指揮を執っていた。
「父は確かに鬼反だったかもしれません……。しかし、それでも父は父、拷問なのですから……」と楚次郎はわらび餅を食べながら寂しく笑った。
水地獄は、性悪女の乙姫とその冷酷非情な夫の魚右衛門が勝鬨を上げていた。タコ入道イカがコサックダンスを踊ろうとして炭をぶちまけた。ここで、乙姫が可児鍋クラブを当代の英雄と表彰する。
風地獄では、英雄となった焼鳥一家と、白い目で見られる
敵将討伐の大功を上げたタレはいうまでもなく英雄である。家長の
風地獄の復興の速さは異常であり、三大研究所の壊滅から僅か数日で苦歩歩の研究所くらいの小屋を完成させているのだから。
大寒地獄では、元気になったカッパ丸とオロチの空龍が
火炎地獄では、おたふくボーズとオロチの天龍、酒呑童子の親子がいた。有頂天になった3人は、ニャベア祭りを開催する。
魔界では、伏魔殿城主の天子魔悪道の元へ届いた3つの悪い報告。
『鬼反軍の壊滅』
『伏魔殿の全焼』
『脱法犬・隊長の鬼怒川にゃんごろうの脱走』
「おのれ……獅子王め」
万里の魔城で苦虫を噛み潰したような顔をする悪道。吊り目がさらに吊り上がり、口元を歪める。
「早目に始末すべきであったな」
「いい顔してるわー」
悪道が声のする方を見ると、天殺星婦人がそこに佇んでいた。微笑む彼女は、傍らに掃除大臣を従え、3人の息子を連れて主人を見詰めていた。
「帰っていたのか天殺星」
「ホホホ、面白い玩具も見付かりましたしね」
天殺星は息子たちの方へ振り返り「
悪の源である魔の一族が勢揃いする。魔は、水面下で動き始める。
堕天使の森で待機していた脱法犬隊長の猫と隊員の白兎。彼らはあの日、堕天使の森で消えた……。
その直前の彼らの会話を載せておこう。
「ピョン太、鬼反は負けたな」
「にゃんごろうさん、牢を出ることができてよかったですね」
「さて、天国へ密入国だ」
「……例の入れ歯はやはり天国から流れている模様です」
ピョン太は、妖しく黒く輝く入れ歯を風呂敷から取り出しにゃんごろうへ手渡した。
「これが、遥かな昔。破壊の神が作り給うた三種の神器の1つ『
「にゃんごろうさん、手遅れになる前に」
「ああ、行くか」
2人は堕天使の森へ入った。そして、そこから天国へ密入国するらしい……。
脱法犬の追いかける総入歯の御業をめぐり、さらなる騒動が天国で起きるのは、これから1年後の春のことになる……。
そして……、鬼反の魂は……。
三途の川は、彼岸と此岸を左右に隔てて悠久の流れはとどまることを知らない。その下流は、やがて生死の大海へと注がれていく。
冥界の魂は、上流から流れて生死の大海に流れ着く。閻魔の裁判をするまでもなく、生まれ変われる者と罰を受けるものは自然に判別される。
生まれ変われる者は、罪業が軽いため魂も軽く、大海でも沈むことはない。そのため、すぐに気化して冥界へ溶け込むのである。
反対に大海で沈む者は、罪業が重いため魂も重く、大海の底へと沈んであらゆる苦しみを受ける。長い年月をかけて徐々に浄化され、やがて浮いてくるのだ。
大海へ注ぐまでの三途の川では沈むことがないため、最後の別れに訪れる人もいる。
鬼反の魂が川を流れていく。穏やかな澄んだ空を見上げる。この大空を見ていると、なんと浅はかな野心だったかと次第に後悔が募ってくる。諸行無常の理と青い空から降り注ぐ光の平等さに心は空虚になっていく。死は、真実と向き合わせてくれる。戦争と平和のワンシーンのように……。
三途の川の方から「父さん」という声がした。その後から、「あんた」という声もした。
彼岸の方へ視線をやると、三途拷問時代の妻と息子が川の流れを追うように走りながらこちらをさかんに大声で呼んでいる。
「ふっ、どうせ偽りの家族なんだ。何を今さら」と突き放すように鬼反は言い捨てるが……。
「父さん! 俺は、前世から父さんの息子だよ!
「あんた!
川からガバっと起き上がると、鬼反は驚いたような目で2人を見た。
「な……なにを……」
「閻魔大王に調べてもらったんだ! 閻魔帳の化身が全てを教えてくれて、その時俺たちの記憶もよみがえったんだ」
「あんたの転生魔法、うちらにも効いたみたいやな」
鬼反は千里眼で2人を視る。生命の奥深くまで見通した時、2人は本当の家族であったことに気が付いた。鬼反の目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「ああ……お前たち……すまなかった!」
「父さん! 父さん!」
「あんた、ホンマに馬鹿やな……ホンマに」
花山も鬼伝も嗚咽を堪えられず、流されていく鬼反を追いかけていく。
「鬼伝、花山、もし俺が生死の大海から再び浮き上がる日が……来た……ら……、もう1度家族になって……くれる……か」
「なにいうてんねん、うちらはとっくに家族やろ」
「父さんはいつでも……俺の父さんだ!」
川の切れ目が縁の切れ目。生死の大海が再び家族を引き裂く。しかし、3人には希望があった。また会う日まで待たずとも、家族には変わりないのだから……。
『全ての現象は、死が明らかにしてくれた。死から目を背けると、目に映るのは偽りの日々。人は必ず死を迎える。ならば、やがて来るその日のために、今生きる日々と未来を究極の宝と観るべし。死からの逆算で1日1日を価値的に生きるべし。死を嫌わず、死を恐れず、そして、生命を大切にしぬいた果ての最後の宝として死を迎える人生。命を捨てるな。命を軽く見るな。命を浪費するな。そして、野心ではなく命を使い切る人生、使命感に生きろ』と大海の底にて底無しの苦しみを受けながら、鬼反は後の人に手記を残した。
――鳥獣戯画大戦……一万年の因縁に幕を下ろした。彼らの払った犠牲は大きかった。しかし、この物語は後の人を導く歴史となるだろう。
『次回最終話、今回は土曜日、11月11日午後6時頃に「番犬就任式」更新』
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