第31話 迷うことのない選択
紀和神社への参拝はまた一年ぶりだった。去年かけた絵馬は新年には下げられたから。今日は新しい絵馬を購入し、すでに願いごとをしたためて絵馬掛所にかけてきたところだ。
毎年、願いごとは同じことを書くことに決めた。それは隣を歩く彼も同じだ。なんとなく照れ臭く、でも嬉しいと思う。
でも願いごとを書いた時点で、いつも願いは叶ってしまっているんだよね。
「さぁて……あとは橘学園に行って卒業式を迎えるだけだなぁ、ふぁぁぁ……卒業まで長かったな、ヒカリ」
眠そうにあくびをしながら、ソウタが言う。
今の時刻は学園の登校前、まだ小鳥がさえずる寒い中の早朝だ、眠いのも仕方がない。
けれど卒業式の前に「神頼みに行っとこうよ」と前日に言い出したのはソウタだ。だから自分も頑張って早起きをしたのだ。
「やっと卒業だね。ソウタは四月からは大学に行くんだもんね」
「おかげさまでな、陸上の推薦で行けるとは思わなかったけど。頑張ったかいはあったな。あと、お前がくれた五円玉のおかげだな、さすがとっておきだ」
へへ、とソウタは嬉しそうに笑う。
あの事故が起きてから二年が経つ。今ではすっかり、懐かしいあの話扱いになっている。
ソウタの目が覚め、二人の関係が色々と変化を迎えたあと、ソウタはリハビリを懸命にやり抜き、復学した月にはすぐ陸上部の活動を再開したのだ。
そのおかげで三年生で部活参加できるのは短い期間であるというのに、全国大会にも出て成績を残し、この春からは陸上で有名な大学への進学が決まっている。
一方の自分は、ソウタとは別の大学への進学をすることになっている。そこは栄養士を養成する大学だ。以前、居酒屋でのバイト中に瀬戸川先輩にも宣言したが、自分はちゃんと大学に入り、管理栄養士を目指すことにしたのだ。
理由は料理が好きだから。それもあるがそれだけではない。管理栄養士になれば大好きな隣にいる人物を色々な面でサポートできるかも、そう思ったからだ。なんてったって肉ばかり食べる焼肉番長だし、野菜をあまり食べないし……栄養管理は必要だ。
「四月からは別々の学校生活かぁ、なんかヒカリがいないのなんて慣れそうにないなぁ」
「そんなこと言ったってすぐ慣れるんでしょ」
「そんなことねぇよー、信用ないな」
ソウタとそんな皮肉を言い合いながら、神社を出るため、鳥居まで二人で歩いてきた。
ひんやりした空気の中、まだ行き交う人の少ない時間帯。神社周辺は人もいなくて、とても静かだ。
だから隣でソウタが「はぁー」とため息をついたのがよく聞こえた。
「卒業、だなぁ」
もう今日しか着ない橘学園のジャケット――そのポケットに手を入れながらソウタがさびしそうにつぶやく。
「卒業、だねぇ」
鳥居を前に、ソウタの隣に立ってヒカリもつぶやく。二人分の影が白い敷石の上に並んでいる。
そう、やっと迎えた卒業式の日だ。
お互いにあることをすると決めた日。
ずっと待った一年後だ。ちゃんと決めたことをやり通すために、復学しても以前と変わらない学校生活を送って。お腹が空いたら焼肉食べ放題をして。サウナにも入ってサウナ対決して。
他愛ない会話をして、笑ってたまにケンカもして……夜とかは部屋でたまに、ちょっと怪しい雰囲気にもなって。
ソウタと一緒にいる時間がとても長いのに色々我慢しながら迎えた今日だ。
ヒカリは敷石に映るソウタの影を見ながら、長かったな、と息をつく。一年間、結構大変だった。それでも楽しかった。ソウタと過ごす日々。隣にいる笑顔がいつも愛おしくて。
「……ソウタ、ねぇ」
今、言ってしまおうか、と思った。胸に溜め込んだこの想いを、あなたを選ぶ選択を。あらためて宣言しようかと思ったが。
「あ、あのさ一個聞きたかったことがあるんだけど」
しかし緊張のせいで、言おうと思った言葉はすぐには出せず、別の言葉が口をついて出てしまった。我ながら情けないとは思う。これでは久代先輩と観覧車デートした時のグダグダと同じになってしまいそうだ。
「ソウタにさ、前に好きな人を聞いたら完璧なヤツって言ってたよね……それってさ、どういう意味なの?」
ソウタは「あー」と、そんなこともあったなぁという調子で声を発し、笑っている。
「それ、今聞くかぁ? ……うん、そうだな。オレの心を中学からわしづかみにした……文字通りの完璧なヤツ? オレの腐った性根をその純情さで叩き直してくれたんだ。そんな相手が完璧じゃなくてなんだよ、まさに完璧だろ?」
「えっ……はぁ、そうですか……」
予想以上にこっ恥ずかしい返答に、ヒカリは眉間にしわを寄せた。聞くんじゃなかった、と思ってしまった。今までそんな話にはならなかったから知らなかったけれど。
ソウタって実は結構ロマンチストなヤツ……なのかも。
そんなことを考え、油断をしていた時。突然、下ろしていた右手がグッと持ち上がって引かれ、自分の身体はソウタの方へと寄った、そして――。
それは本当に予想もしていないことで。ソウタはロマンチストに加え、実は積極的なヤツだった、と思わざるをえない。
右手をつかまれ、ソウタの方を見上げて顎を上げていた自分の唇に、ソウタの唇が重なる。目を閉じたソウタがすぐ目の前にいて、思わず息が止まる。感じるのは唇のあたたかさと、やわらかさだ。そして自分をつかまえる親友――いや、好きな人の力強さだ。
頭が真っ白になる。
え、えっと……どうしたらいいの、ソウタ。
それはほんの数秒のことだったのかもしれない。唇を離したソウタは「そろそろ行こう、卒業式、遅れちゃうから」と言って、再び自分の手をつかんで歩き出した。向かうは学校だ、けれど――。
自分の鼓動がものすごい速さになっていることに気づき、歩きながらヒカリは深呼吸をした。
いつもソウタには驚かされる。イヤではないんだけど、嬉しいんだけど、心臓に悪い。そう思っていると。
つながれた右手がまた優しい力で引っ張られ、今度はキスではなく……ソウタが間近で顔をのぞき込んできた。
「ヒカリ、卒業式が終わったら焼肉行こう」
それはいつもの誘いだった。でも慣れないこんな近距離にソウタの顔があるものだから動揺はしてしまった。
な、なんだいつものことか。そう安堵したのも束の間。ソウタがニッと企みのあるような笑いを浮かべたのを見て、一転してヒカリの胸はざわついた。
「ヒカリ、あのさ、あの約束のこと」
ヒカリは「な、なに?」と口ごもる。あの約束と言われて思い浮かぶのは、もちろんあの約束のことだ。
「今晩さ、焼肉食べ終わったら、あの公園にまた行こうぜ。あの芝生と桜の木が一本あるところ」
「あ、あぁ、あそこね」
それは前にも焼肉を食べたあとにソウタと訪れた場所……ソウタと、告白の練習をした場所。
「んで、もう一度、あの時の言葉……今度はオレに対して言ってくれたら嬉しいんだけど」
その言葉の意味はすぐにわかり、顔が熱くなる。なんてお願いをしてくるんだ、今言ってしまったら楽だったのに、もう……!
あの時の言葉は、ずっと好きだった、だ。
それをまた言うのか? 恥ずかしいな……あ、違う、それは別の人物に言おうとしていたものだから。
ソウタに対して言うなら。
初めてから、じゃないけど好きです……?
これだと『なんだよそれ〜』とソウタに怒られるかな。でも確かにそうなんだ。近くにいたけど気づかなかったから。
でも気持ちはずっと、君を選んでいた。
「オレも……告白するって決めてるからな」
「わ、わかってるよ」
「どっちが先に言う?」
「う……あっ、五円玉投げて決めようか」
えぇ? と君は動揺しているが。照れくさそうに笑っている。
そりゃそうだよね、君は練習してないからね、初告白だよね。
どっちでもいいよ。
だって俺は君がいいんだから。
それはもう迷うことのない選択だから。
なんでもない親友は一番なんでもなくなかった 神美 @move0622127
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