第30話 あと一年
ソウタがその先の言葉を言おうとした時、ヒカリは「あっ」と声を上げてから「ソウタ、ねっ、ちょっと待って」と言った。
抱きついた態勢のまま、疑問を抱いたソウタが「ん?」と声を上ずらせる。
「ごめんね、言葉の途中で。あのさ俺、まだもう一つ、ソウタに宣言したことをやってなかったよね」
自分の肩に顔を埋めたソウタが「えっ」と驚いたような返事をする。
それを言うのは、非常に性格が悪いかもしれない。だってソウタが今、何を言おうとしたかなんて、多分わかってしまっているのだから。
それをわかりつつ、こんなことを言うのは変かもしれない。でもソウタに決めたことはやり通せ、といつも言われているから。それもやらなければいけないような気がするのだ。
ヒカリはソウタを抱きしめ、耳元でその決意を口にした。
「俺、卒業式で告白しようと思うんだ」
それは自分が去年に宣言したこと。全く同じ言葉だ。その時は、それを言おうと思った相手は別だったけれど、結局言わずに終わってしまった。
でもこうも考えられる。自分は誰に告白するとはその時には言っていなかった。その時と今では告白しようと思う相手が違う、けれど。
「決めたことは……やり通さなきゃ、でしょ?」
それは、ソウタも言ったはずだ。焼肉を食べに行った時に。
「オレも……告白してみる、卒業式に……」
思い出すように言い、少し黙ったあとでソウタは「なるほどね」と、ちょっと残念そうにつぶやいた。
それはつまり、そういう意味だ。
卒業式に告白をする。
自分たちが卒業する、来年の卒業式に。
ヒカリが決意表明をすると、肩に顔を乗っけていたソウタが「それって、やんなきゃダメ?」と宿題を後回しにしたいような、おねだり口調で言ってきた。思わず笑ってしまう。
「だってそれはソウタが言ったんでしょ」
「……この状況でそれ言うか? 卒業まであと一年あるけど」
「決めたことはやるんでしょ」
「うう……」
すっかり立場が逆転した気がする。それが面白くてヒカリはソウタを抱きしめたまま、フフッと笑ってしまった。
あと一年、それは長いような短いような。あぁ、でも長いよね。なんだかんだ歯がゆいかもね。
でもその間、ソウタとは家でも学校でも、ずっと一緒にいられるのだ。お互いの想いを口にしなくても、お互いにあたたかい空間の中で過ごすことができるのだ。
けれどソウタは小さいため息をつきながら「我慢できるかなぁ……」と、消え入りそうにつぶやく。
「何、我慢って」
「色々だよ……色々、我慢」
自分を抱きしめるソウタの手に力がこもる。
色々我慢するのが大変かなぁ、かわいそうかなぁ……とも思うが。色々こちらにも事情があるのだ。
「あのね、ソウタ……この家、普段は母さんもいるんだ。だからおとなしくしてないとでしょ。ソウタが一緒に暮らすことはオッケーもらってるし、一応ソウタの父さんにも許可はもらってるけど……一応俺たち未成年だし? そんな状況で……その、色々なんてできないでしょ」
言ってるこちらが恥ずかしくなってしまった。自分だって本当ならソウタに言いたいことを言いたいし、そんな関係になったら……な、考えもあるのだ。
でも今すぐ、そうなるわけにはいかないのだ。これは線引だ。それでも自分とソウタの関係は、もう離れるものではないから。安心して線引ができるのだ。
自分にも言い聞かせるようにソウタにそれを伝えると「そうですねぇ」と、ソウタは力なくうなだれた。その様子が我慢を強いられた子供のようで愛しくてしょうがない。
これぐらいならいいと思い、ヒカリはソウタをギュッと抱きしめた。
決めたことをやり通さなきゃ。
大丈夫だよ、あと一年で俺たちは俺たちの好きなように生きることができるんだ。まだまだその先もずっと一緒にいるんだから、今から焦ってやる必要はないよ。
俺は君がいいんだ。君を選んだんだ。ソウタだって、俺を選んでくれるんでしょ?
みんな幸せになるために選択をして生きてるんだから。どんな結果になっても。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます