第29話 あたたかい中で
「ヒカリ、これは――」
室内を見たソウタが唖然とする。視線をゆっくり室内にある物に巡らせて「なんで」と小さい声を出している。
ソウタも過去に何度か、この部屋に来たことがある。だから今と前の様変わりした感じがソウタにはわかるはずだ。いや、わからなきゃおかしいと思うぐらいに変わっている。
ごく普通のシングルベッドは横にハシゴがついた木製の二段ベッドになり。一人分の学校で使う教科書は三年生の分で二人分があり。文房具も荷物入れに使うカゴも、床にある新品のクッションも――いや木製のテーブルとかゴミ箱は一つだけど。全てが“二人分”あるのだから。
「そこのクローゼットには、衣装ケースがあるから。一応ソウタの着ていた服とか全部持ってきたつもりだけど。あとはスマホの充電器とかイヤホンとか」
「ちょ、ちょっと待って。これは、なんで」
慌てたソウタがキョロキョロと首を動かしている。
ヒカリはソウタを落ち着かせようと床にあるクッションに座らせ、自分も斜め前に座って「あのね」と口を開いた。
「ソウタをもう一人にしたくないんだ」
「えっ」
「俺の家はソウタの家みたいに広くはないし、リビングだってすぐそこだし、母さんもたまに小言言うし。この部屋だって二段ベッドはなんとかいれられたけど、机は二人分は置けないけど……でもあったかさはあるでしょ」
ソウタが驚いたように目を見開く。
「で、でもヒカリ。こんなのお前にとって迷惑じゃないのか。オレは一人でずっといたから一人には慣れてる。それに離れていても……今はヒカリがそばにいてくれるってわかったから」
「ううん、それだけじゃダメなんだよ」
ヒカリは首を横に振った。
「心のどこかでここにいたくないって思っているのに、それを我慢してるとまた気持ちが沈んじゃうよ。だったらそうなる前に俺はソウタのそばに……もっと近くにずっといたい。長い時間ずっといたいんだ」
ソウタが毎日喜んでくれるように。ソウタがうまいって言ってくれる料理も作ってあげたい。朝と昼と夜も、ソウタの笑顔が見ていたいんだ。
あとで気づいたことがある。学校で昼食として食べていたお弁当だけど、あれはソウタが自分で毎日準備をしていたらしい。周りに違和感を持たれると面倒だと思い、彼は簡単な物を詰め込むだけの弁当を毎日自分で作っていたのだ。
今思えば確かに色味のないお弁当だったと思う。もっと早く気づいてあげればよかった。復学したらお弁当も作ってやりたい。そうしたらソウタがもっと喜んでくれる気がするから。
ソウタを毎日あたたかい場所で過ごさせてあげたいんだ。
「そんなの……だって、そんなの……」
何を思ったのか、ソウタは両膝を抱えて座るとその上に頭を置いてうなだれてしまった。
そんな姿を見てヒカリは「ソウタ、イヤだった?」と慌てた気持ちで声をかける。
イヤだったかな。家族でも、ましてや恋人でもない。こんな自分と一緒に暮らすなんて。
自分の選択は間違っていたのかな。
ヒカリは胸が痛くなった、そしてふと考える。
そういえばここまで自分中心で考えてしまったけれど……ソウタの好きな人って、あの、誰で正解なんだろう?
「違う、違うんだ、ヒカリ」
ソウタは膝に頭をつけたまま、ふるふると首を振った。深く息を吸って吐いた肩が静かに上下すると、「いいのかなと思って」と小さくつぶやいた。
「オレ、お前の選択に甘えちゃいそうだよ……だからいいのかなって……」
ソウタの言葉に、ヒカリは胸の中がじわじわとあたたかくなった。自然と笑みが浮かんでしまう。そんなの当たり前だ、迷うことなんかない。
「大丈夫、俺が決めたことだから」
そう言うとソウタは顔を上げた。その表情は目が細められ、ちょっと申し訳なさそうで。
けれど、嬉しそうに口が弧を描いている。
「やっぱり、あの五円玉って良いことあるよな」
ヒカリは「えっ」と声を返す。
「だってすごく良いことがあったからさ」
そう言ってソウタは満面の笑顔を見せた。それを見たら自分の選択は間違っていなかったんだとホッとした。
「それにしてもお前って大胆なことするよな……あーそういえばいきなりとんでもないことを決めたりするもんな」
「……そういうこと、前からソウタに何度も言われてた気がする。だってソウタが迷うなって言ってるんじゃん」
「オレが? 確かにそう言ってるけど、結局何度も迷ってきたよな」
「だから、もう迷わないって決めたんだよ。そんなブツブツ言ってると――」
怒るよ、と言おうとした言葉は口から出ることなくどこかへと飛んでいってしまった。
なぜなら瞬発力のある人物が、膝を抱えて座っていたと思ったら、あっという間に自分の元に飛んできて――俺に抱きついていたから。
「ソウタ、どうしたの……」
まだ全回復してはいない身体。でも自分よりも元からの体格がいいから、自分は彼の肩と腕に簡単に包まれる。
「オレ、ずっとお前が幸せであればいいって思っていて、神社の願いごとだってヒカリが幸せになりますようにって書いたのに。それなのにオレがこんな幸せになっちゃって、本当にいいのかな……」
抱きついているから彼の顔は自分の横にあり、その表情は伺うことはできない。手と声は震えていて不安そうだ。
どうしよう、とつぶやかれる言葉を聞いて。これではちょっと前の自分と同じじゃないかと、ヒカリはソウタにわからないように苦笑いした。
今度は君が迷ってどうするんだよ。そう思いつつ、ソウタを安心させてあげたくて自分もソウタの背中に両手を伸ばす。
手の平の温度で安心させてあげようとソウタの背中に両方の手の平をギュッと押し当てる。
「言ったでしょ、ソウタ。これは俺の決断だよ。それに俺だって神社への願いごとにソウタが幸せになりますようにって書いたんだから。でも去年の話なんだけどね」
そういえば数日前に紀和神社に行き、願いごとを書こうと思って忘れていた。買った絵馬は自分のカバンにまだ入っているけれど今度はなんの願いごとを書いておこう。去年の願いごとは叶ったみたいだし。
でも今願いたいことは一つだけだ。ソウタと一緒にいたい、という。
「ヒカリ、ありがとう」
急にソウタは礼を述べる。そして次の言葉を口にしようと、自分を抱きしめる腕に力がこもる。
「あの、お前に言いたかったんだけどさ……オレさ、お前のこと――」
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