危ない人

 陰謀論者は減っている。

 日本のワクチン接種者の割合は8割に上り、三回目の接種も始まった。だが、ワクチンを打った人が街路でバタバタ倒れることも、謎電波に繋がることもなかった。元大統領による電波ジャック&世界同時緊急放送はいつまで待っても行われない。

 万単位のフォロワーを持つ陰謀論者のアカウントが発信するデマも、数ヶ月前に否定されたネタをこね回すようなものが増えてきた。最近発信された目新しいものは「ワクチンを打つと頭が爆発する」だ。


 ところで残された陰謀論者がどうなっているのかというと、さらに思想を煮詰め、先鋭化しつつある。

 第二章で紹介したQアノンは現在、神真都Qヤマトキューを名乗り、全国各地でデモを計画し、実行している。共通テスト二日目の一月十六日には、ノーマスク派団体による山手線一周イベントが行われた。

 陰謀論者は減ったが、その勢いは増している。


 一方で、陰謀論者と一般人による対話がSNS上で試みられたことがある。

 Twitterのスペース機能(Clubhouseとほぼ同じもので、発言者とリスナーに分かれてグループ通話ができる)を用いて、反ワクチン派の代表メンバーとアンチ陰謀論界隈の代表との公開討論が数回に渡って行われた。

 かなり長時間に渡るスペースだったのですべて聴くことはできなかったが、そこで感じ取った陰謀論者のある共通点について書き出してみる。


 公開討論と銘打ったスペースだったが、まともな議論が展開されることは少なかった。というのも反ワクチン派側の複数のスピーカーに、


・討論相手の発言を遮って発言する

・すぐ感情的になって怒鳴ったり、人格否定を始めたりする

・はいorいいえで回答できる質問で意見陳述を始める

・デマに対し反証を出されると話題をすり替えて議論をなかったことにする


という態度が顕著だったからだ。対戦ゲームで、敗北しそうになったプレイヤーが盤をひっくり返すところを繰り返し見せられているような印象を受けた。

 中には相槌を打ちながら話を静かに聞いて、質問に適切な答えを返せる反ワクチン派もいた。しかし、それは人と会話をする上で最低限守るべきマナーに過ぎない。


 ただ、彼らのことを「性格が悪い」と切って捨てるのはちょっと短絡的すぎる。


「Qアノン」の項で、「米議会襲撃事件によって逮捕されたQアノンメンバーの68%はPTSD、双極性障害、妄想型統合失調症などの精神疾患を抱えていたとする調査結果がある」と書いた。日本人の陰謀論者について同様の調査が行われた話を耳にしたことはないが、おそらくアメリカほど衝撃的な結果が出ることはないと考えられる。しかし、同じ傾向が無いとは言い切れない。彼らは生きづらさを抱えた人々かもしれないのだ。


 これまで紹介してきたように、陰謀論にハマる原因は多種多様だ。知識不足に不幸な偶然が重なったケース、新型コロナ禍等の社会不安に陰謀論が合わさったケース、劣等感を解消する手段に陰謀論を選んでしまったケースなど。中には「親がもともと陰謀論者だった」というケースもある。


 最悪なのは、何らかの疾患や社会的な要因のせいで不安定になった精神に陰謀論が入り込んだケースだ。このケースだと、自力で陰謀論から抜け出すことはほぼ不可能になる。

 最悪の場合、他人の手を借りて医療機関や専門家に相談することでしか陰謀論から脱出する手立てがなくなってしまう。しかし、「あなたは頭がおかしくなってるから一緒に病院に行きましょう」と言われて、はいわかりましたとついて行く人はそういないだろう。

「危ない人」の陰謀論からの脱出が困難となる理由はもう一つある。このタイプの陰謀論者は、手を差し伸べてくれるはずの他者との関係を自分で切ってしまうことが多いのだ。リアルの人間関係で孤立を深めれば、陰謀論仲間との絆はより一層強固になる。同じ思想を持つ数少ない仲間のコミュニティはとても居心地のいい空間だろう。

 

 新興陰謀論者コミュニティ「神真都Q」は、国民主権党やJアノンをはるかに上回る規模を持ち、SNS・リアルの区別なく活発に活動している。思想も反ワクチン・過激トランプ支持・スピリチュアルにネット右翼に反標準医療と何でもありだ。今後の動向に注目したい。

 

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陰謀論者レポート 〜陰謀論にハマるのはどんな人?〜 青澄 @shibainuhitoshi

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