やった異世界転せ……え、は? 蚊ァ一匹潰したから地獄だぁ?

鬼夜宵

カンダタ



                ー1-




 地獄と言ってイメージされるものの一つ、剣山は非常に高い標高を持つ。


 その中でもここは最高峰。


 つまりはこの等活地獄の遥かまでを視認できる数少ない場所である。


 体中を貫かれ、しばしの間死の休息を得た亡者達の中、一つの動く影がある。


 十四歳位の少年だ。


 地獄に堕ちてからの時間を考えると、本当の年齢は知った物では無いが。


「ハン、あいも変わらねえ、気色悪りぃ場所だ。罪人共と言えば馬鹿見てえに殺し合ったり抵抗もせずに殺されたり。獄卒共も辛気臭ぇ顔で事務的に拷問する。獄卒なら楽しんで見せろよ」


 その山の頂上で少年は柄にもなく愚痴を漏らす。


 頂上、近くで見ると少し違う。


 浮いているのだ。


 何の事は無い、天空より垂れ下がる蜘蛛の糸に捕まっているだけだ。


「……その景色ももう見納めだ。いやぁ神様ってのも捨てたもんじゃあねえ。無神論者科学信仰の俺が初めて手ェ合わせたんだ。蜘蛛の一匹を助けてやったなんて事をご覧になったらしい」


 誰に言うでもなく、それとも己に聞かせるためか、喋りながらも糸を上る。


 手と一体化したような、手甲が非常に登りづらそうだ。


「自分の骨が変形した武器……。亡者同士で殺し合わせるための悪趣味な物だが、今この瞬間まで邪魔臭く感じるとはな」


 しばらく登り続け、あぁ? と声が漏れる。


 下から何やら聞こえてきたのだ。


 涼風が吹いている、がそれだけではない。


「活きよ、活きよ」


 獄卒の低く響く声だ。


 ち、もう時間か……。


 少年の登る速度が見るからに上がる。


 涼風と声の後、亡者達が蘇り始めた。


 いや、そもそもここが死者の国なのだから黄泉帰るってのはおかしいか。


 ん? だが黄泉の国は神道だから仏教の地獄なら良いのか。


 ……今考えるべきじゃねえな。


 亡者の一人が少年と糸に気付いた。


 それを始めに何百、何千の亡者と獄卒が続く。


 地獄から逃れようする者と、いち早く捕えようとする物、双方の怒号と怒声がこだまする。


 前の者は剣に貫かれ後ろの者のための足場となり、その景色は正に地獄絵図と呼ぶに相応ふさわしい光景だ。


 少年はここを出たら、まずこの光景を絵にしてやろうかなどと考えた。


「逃げるなァ!!!! 」


「降りてこいィ!!!! 」


 石や頭蓋骨が飛んでくる。


 足元には糸に群がる亡者達。


「ケケケ、当たらねえ! 」


 何とも華麗にかわしながらどんどん彼の影は縮んでゆく。


 糸に群がる亡者に獄卒も加わった。


 追いかけてくる気の様だ。


 少年の目には幻覚か、浄土が見えた。


 宝石の様な蓮の浮かぶ澄んだ水。


 糸を垂らす蜘蛛も見える。


「天国よこんにちは! 地獄よさよならシーユー、アリーデヴェルチ!! 」


 糸を垂らす蜘蛛、と言っても直径15cm程度の綿毛から蜘蛛の足が八本生えたような生物に手を伸ばす。




 それが、足を滑らせた。




 下界の存在よりは仏に近い神獣たるこの蜘蛛と言えど、何万もの亡者や獄卒の重みには耐えられない。


「まだぁあああ!! 」


 落ち行く中で少年は蜘蛛を受け止め、浄土の池に生える太い水草に巻き付ける様に投擲とうてきする。


 これ程に美しい景色を破壊すると言うのは地獄に堕ちる様な彼にとっても心が痛むが、自分の未来と、一応は下の亡者共の未来もある。


「行けぇえええ!! 」


 蜘蛛は少しもがき、水草に巻き付く事は無く、水を突き抜け落下した。


 美しい鳥のさえずりの聞こえる昼下がりの浄土から、金切り音の響く夜の地獄へ。




                 ー2-




 俺は死んだ。


 その記憶のみを彼は持っていた。


「さて、早速ですが、貴方には異世界に行って頂きます」


 そう言う女の顔をまじまじと見つめ、各神話宗教の知識から少年はギリシア神話の女神アテナの名を導き出した。


 兜をかぶっていて、テレビで見たことが無い程度には整った顔立ち、間違いは無いだろう。


 どうやら自分に関するもの以外の知識は残っているらしい、俺は生前中々の知識人だった様だと考える。


「異世界って言うと、ラノベチックなモンじゃあなく、死した戦士の行くっていうあー、アレだ。グラズヘイムにあるヴァルハラとかか? 神話は違うが」


「随分と地理に詳しい様ですね。ですが残念ながらと言うべきか、そのラノベチックな異世界です。ご安心を、神の加護を与えますので、まず老衰以外の死因はないでしょう」


「……いっつも思ってたんだが、なんの必要性があるんだ? 」


「……そうですね、貴方は特別な魂です。変に疑われてしまっても困りますので、ざっくりとですが全て話しましょう」


 少年はほう、と楽な姿勢で足を組む。


 宗教等に詳しくあれど、信仰心はこれっぽちも無いらしい。


「まず、科学の進歩もあり、貴方の元居た世界では我々、神の領域に土足で踏み入る物達が現れました。遺伝子操作やクローン等の技術、核融合技術や大量の二酸化炭素の排出……。生態系に影響を及ぼすのは本来神のみに許されたる行為です」


 成程、神の都合など知った事では無いが、確かに遺伝子操作技術や各国の核所持、地球温暖化は人類にとっても良い物ではないだろう。


「彼等のうち、我々の存在に気付いたものが、研究目的での我々の仲間の拉致、これ以上の悪い方向への化学進歩の抑制のために反応の抑制を行っていた者の殺害……」


「もう一方の世界でも神への冒涜者は存在します。『吸血貴族ヴァンパイア』。魔術、化学共に異常なまでに発達し、我々を脅かす存在です」


「そこで、貴方には我々の『使徒』として異世界へ赴き、自分の目をもってして異なる世界を見、我々と人類の橋渡しをして頂きたいのです。ですが『吸血貴族ヴァンパイア』だけにはお気をつけを」


(ハン、何が橋渡しだ。手前てめえがやってんのは自分が言ってた核持った国や拉致した人間を洗脳したりする国と同じじゃあねえかよ)


 表情には一切出さない。


 中々の役者だ。


「そやつ、前世で潰したじゃろ」


 地の底から響く様な声が響く。


わし帳簿ちょうぼに書いてあるぞ。その魂は地獄行きじゃ。被告人なぞおらずとも裁判は可能じゃからな。もう済ませておる」


 どうやら本当に地の底から響いているらしい。


 地が割れ、少年を飲み込む。


「そうはさせませんッ! 」


 アテナが羽を広げてそれを追うが、無明むみょうの闇よりでた大きな手にたやすく叩き落とされてしまう。


 いくら戦略の神と言えど地獄の大王には歯が立たないのだろう。


 ふむ、神々の中も一枚岩でもないらしいなどと他人事の様に感じながら少年は闇に消えた。




                 ー3-




「活きよ、活きよ」


 涼風が吹いた。


「さあ浄土だ! 美味い物食う……。ああ落ちたんだったな。……にしても嫌な事思い出しちまった」


 ほこりを払って立ち上がろうとして違和感を感じた。


 視点が低い。


 手足も体も全て違和感がある。


 嫌な夢の前まで記憶を辿たどる。


「……憑依か」


(あの蜘蛛か雲かわかんねえ変な奴に、ここから出たいって言う強い思いが……ってとこか。……抜けられるのかどうかは知らねえが、しばらくはこの体に慣れるとするか)


 むしの体なためか亡者も獄卒も彼には目もくれない。


 獄卒の一匹や二匹ならば返り討ちにしてやった事もある程度には腕の立つ彼だが、勿論囲まれれば勝てないし、獄卒に勝てたのだって運の要素も大きい。


 攻撃されないと言うのはなんとも快適だ。


 蜘蛛の体にもすぐに慣れ、器用な動きで糸を操り、足を動かし動くものの少ない方へと進んでゆく。


 この辺りは等活地獄の中では中々荒れた地域だ。


 そもそも広い場所や年々増加する亡者に対して獄卒の数が少ない。


 そのため、格別力の強い亡者や徒党を組んだ亡者のいる場所には獄卒すら寄り付かないのだ。


 この今は蜘蛛の少年が雲に至らんとした剣山も亡者の少ない場の一つ、地形と、痛みに強く腕もたつ彼が他の者を寄せ付けないでいたのだ。


 今彼が行く先もそのような場所の一つ、『孤独こどく蟲毒こどく』と呼ばれる亡者の住処すみかだ。


 荒れ果てた地面に百足むかでやゴキブリが増え始める。


「こんにちは。カンダタ君」


 腐りはてた亡者の山の上から幼い声が届く。


 白い亡者の服に百足むかでの様な帯を巻き、首は巨大な百足のあぎとに挟ませて首輪のようにし、その百足は服の下から尻尾の様に出ている。


 八歳程度の顔立ちで髪型はおかっぱ。


 現世の時間で百数年前なら一般的なわらべの見た目が、その百足むかでだらけの服装にミスマッチだ。


 ただしその目は狂気と狂喜に満ち、地獄に堕ちるにふさわしいと思わせる。


「へえ、見てたんだな。初めまして、嬢ちゃん。芥川龍之介の蜘蛛の糸から取った感じか。俺も自分の名前は知らねえからそれが俺の名前って事にしよう」


 少年、カンダタはそう返す。


「嬢ちゃん違う。私は九四八くしや 蟲黑むくろ。元怨霊の亡者だよ。カンダタ君って中々強い人でしょう、要件はなあに? 勢力拡大? それとも別の何か」


 次の瞬間にはカンダタの目の前に立っていて、しゃがんで握手を求める。


 ゴキブリが袖から出てきて、それを手を振って払う。


(握手の文化が日本に伝来したのは幕末から明治にかけてだ。1900年代初期に発表された蜘蛛の糸を知っている辺りそこまで昔の人間でも無えだろうな)


「この地獄をぶち壊そうぜ。糸を上っている時に思ったよ。虫一匹潰して地獄なんざふざけてやがる。こんなトコさっさと出ちまいたいってな。力ある亡者を集めりゃあ閻魔様も怖くねえ。どうだ? 」




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ーあとがきー


どうも、こんにちは。

鬼夜宵きさらぎ やよいです!

そろそろ今書いている作品も良い所まで来ましたので、そろそろ次回作を書いていこうと考えました。

転生せずに地獄行きって私は見たことありませんってのと、地獄に堕ちる条件って緩すぎないですか? って言う二つの合成にございます。

それでこんなふざけたシステムぶち壊しちまおうぜって言う感じです。

と言う事で読み切りの様な形でこれは行かせてもらいます。

場合によっては何か他の奴が次回作になるかもしれませんが、多分これが次回作になります。


それでは!

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やった異世界転せ……え、は? 蚊ァ一匹潰したから地獄だぁ? 鬼夜宵 @yayoi88

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