明日ママに会えるかな

@aoi-mitsuki

明日ママに会えるかな

「あおちゃん、もうワガママ言いません。公園も遊園地にもどこにも行けなくてもいいです。おもちゃもお菓子もジュースもいりません。なんでもお手伝いします。ずっとずっとずーっといい子にするからどうか神様お願いします。もう一回ママと一緒にお話ししたり、絵本読んだり、手をつないでお散歩したり、ぎゅーってしたり、一緒にお昼寝したりしたいです。お願いします」


 まだ四歳のアオイは、毎日毎日必死で神様にお願いしていた。


 葵の母親のみゆきは葵を産んですぐ重い病気にかかり入退院を繰り返していたが、病状が悪化し今では意識も戻らず寝たきりの状態が続いていた。もうすぐ一年が経とうとしていた。


 ある日、父親の智広トモヒロは保育園に迎えに行き、みゆきのお見舞いに行った帰り道に歩きながら葵がつぶやいた。


「ママはなんで起きてくれないんだろうね。いっぱい眠たいのかな?せっかっくあおちゃんとパパがいつもお見舞いにいってるのにね」


「・・・・・・」


 なんの偽りもないそのまっすぐな子供の言葉に、智広は目頭が熱くなるのを感じたが、絶対に泣くまいとこらえるので精いっぱいで返す言葉がしばらく出てこなかった。


「ごめんな葵・・・ずっと寂しい思いさせてしまって。ママともっともっといっぱいお話したり一緒にいたいよな」


葵はにっこり笑みを浮かべた。


「内緒だけどパパに教えてあげるね。あおちゃんね、ねんねしたら夢の中でいつもママといろんなとこに遊びに行ったり絵本読んでもらったりしてるから全然寂しくないんだよ」


 智広は静かに葵の話を聞いた。


「神様にもママが早くよくなりますようにってお願いしてるし、パパも一緒にいてくれるし、それに毎日こうやってお見舞い行ってママに会えるから」


「そっか~・・・ありがとな。今度葵の夢の中にパパも行っちゃおうかな」


「だーめーっ」


「あはははははは」


 葵と智広はすごく幸せそうに大笑いした。その声は街中に響き渡り、すれ違う人たちが二人を見て微笑んでしまうほどだった。


 一年前・・・


「ねぇパパ、今日もママ出てきてくれるかな」


「うん、きっと出てきてくれるよ。昨日はママとどこ行ったんだっけ?」


「公園!!」


「そっかそっか。じゃ今日も早く寝てママに会いにいかないとな!明日またお話聞かせてな」


「うん。明日も保育園終わってからママの病院行こうね」


「わかったよ」


「おやすみパパ」


「おやすみ」


 とても広いとは言えないアパートの寝室で、父親の智広トモヒロと四歳の娘の葵はいつ帰ってくるかもわからない母親の帰りを待ち望みながらこの日も眠りに就こうとしていた。


 葵は毎日毎日、夢の中で母親に会えるので夜寝るのがすごく楽しみなようだ!


 ほぼ毎日のように父親と一緒にお見舞いに行っているが、一緒に過ごせるのはせいぜい一時間程度。

四歳の女の子が母親と過ごす時間が一時間なんかでは足りる筈がない。

しかし、葵は泣き言ひとつ言わない。

絶対寂しいだろうに、親に迷惑かけないようにと頑張って我慢しているのが伝わってくるだけに、智広はそんな葵のことを思うと胸が締め付けられるくらい苦しくなる。


 

 智広は葵が眠ったのを確認すると、明日の保育園やお見舞いに行く際の着替えなどの準備をしようとそっと起き上がった。

寝室の部屋の豆電球のスイッチを音を立てないようにそっとポチッと消して部屋を出た。


「パジャマと下着と、タオルと・・・あとなんだっけ」


 智広はみゆきに頼まれていたメモを見た。


「あっ、そうだった!画用紙と色鉛筆だ。どこだったかな〜」


 色々な場所を探してもなかなか見つからない。


 ふと押し入れの戸を開けてみると、今までの家族の思い出の写真がたくさん出てきた。

智広はその写真を一枚一枚その日のシーンを思い出しながら見た。


「どれも幸せそうだな。いつかまたこんな日が来るといいが・・・」


 アルバムの最後のページまで見終わった智広は、気が付くと前が見えないくらいの涙がこぼれ落ちていた。

 時計を見るともう夜中になっていた。


「もうこんな時間か。画用紙と色鉛筆は明日買っていくことにして今日はもう寝よう」


 智広は葵の寝ている部屋にまた足音を立てずにそっと行き、隣に横になり眠りについた。


ピピピピピピピピ。


 智広は寝ぼけながら目覚ましを消して、時計を見た。


「ぎ、ぎゃーーーーー!!あ、葵、起きろ」


 葵を起こそうと隣を見るが、姿がなく、リビングで一人でお絵描きをしていた。


「起きてたのか、ごめんパパ寝坊しちゃった。何してるんだ?」


「あのね、夢の中でママとねパパとママの絵を書いてあげるねって約束したの」


 葵は嬉しそうに昨日見た夢の話をした。


「上手に書けたな。じゃ今日それママのところへ持っていってあげよっか」


「うん」


「よし、じゃ保育園の準備しよ。朝ごはんはパンでいいな」


 二人は急いで準備をして、家を出た。


 ふと、智広は思い出して葵に質問した。


「画用紙と色鉛筆はどこにあったの?」


「あおちゃんのかばんの中。ママねあおちゃんの絵が好きなんだって。だからいつでも書けるようにかばんにいれてあるんだ」


「そうなんだ」


智広はどうりで探しても見つからない筈だという感じで苦笑いを浮かべた。


「パパ、あおちゃんのパパとママの絵は持った?」


「うん、ちゃんと持ったよ」



 智広の会社に突然病院から電話がかかってきた。


「もしもし川島です」


「桜井病院です。すみませんがすぐ来ていただけますか?みゆきさんの様態が急変しました」


「な、何があったんですか?」


「詳しいことはこちらに来ていただいたからお話します」


「わ、わかりました。すぐ行きます」


 智広は電話を切ると、急いで会社を出てタクシーを止めた。


「急いで桜井病院までお願いします」


 (頼むから無事でいてくれよ)


 智広は祈ることしかできず、車内であたふたしていた。


「ありがとうございます」


 病院に到着すると、慌てて病室に向かおうとエレベーターのボタンを押した。


看護師

「川島さんですね?」


智広

「はい」


看護師

「こちらへ」


 看護師の方に呼び止められ、主治医のいる部屋へと案内された。


 ドアを開けると、難しそうな顔をした先生がモニターを見ていた。


看護師

「先生、川島さんが到着されました」


医者

「川島さん突然お呼びしてすみません。実は・・・」


主治医は淡々と説明を始めた。


医者

「今日のお昼ごろ、みゆきさんの様態が急変しまして、命は無事だったのですが・・・これから一週間ほどは様子を見ないとなんとも言えませんが、このまま意識が戻らないかもしれません。そうなるとこれからのことを色々相談していくことになります」


智広

「これからの事って?」


医者

「大変申し上げにくいのですが、この状態が続くということは、死を待つということとなります。このまま病院で延命治療をしていくか、自宅で治療をしていくか・・・もし自宅ということになれば、ご家族のどなたかが一緒に付き添って頂ける方が必要不可欠となります。色々な問題などがありますが、一つずつ一緒に相談していきましょ」


智広

「・・・・・・」


医者

「もちろん、意識が戻り回復に向かわれる可能性もゼロではありません。現に過去に同じ症状で意識が戻り、回復して退院された方もいます。だから希望は捨てずにいきましょう。急なことなので気が動転されるかと思いますので焦って考えて決めようとしなくて結構です。院としましてもこれからも全力を尽くします。どんなことでも相談してくださいね」


智広

「・・・はい」

 

 病院に着くまでの智広の中では、命の危機や余命判決などを考えていた為に、命の危機などではなかったという内心少し安心した気持ちと、これからどうしようという気持ち、子供の事など色々な事が頭の中で混在してパニックになりそうだった。


 主治医との話が終わり、みゆきの姿を見に集中治療室に向かった。

 色々な管を通されているみゆき。


 ガラス越しにその姿を目の当たりにすると智広は泣き崩れ、しばらくその場を離れられなかった。


 智広は保育園のお迎えを思い出すと、まだみゆきの近くにいたいという思いもあったが、看護師に葵の絵を預けて急いで病院を出た。


 もう外はすっかり暗くなっていた。


保育士

「パパ遅いね。電話したけど繋がらないの。いつも遅くなる時は連絡してくれるんだけどね。何かあったのかな~」


「お仕事忙しいんじゃない」


智広

「すみません。遅くなりました」


汗だくの智広が急いで走って葵の保育園のお迎えに来た。


「あ、パパだ」


 父親の迎えが遅いと内心とても不安でいたのだろうか、智広のところへ走り寄り抱き着いた瞬間、急に大泣きした。


「わ~ん。パパのバカ!遅いよ」


「ごめんな遅くなって。寂しかったな。パパが悪かったな」


 泣きじゃくる娘を抱きかかえると、智広も一緒に目から涙がこぼれた。


智広

「先生すみません。遅くまでありがとうございました」


保育士

「葵ちゃん泣かずにがんばって待ってましたよ。いっぱい褒めてあげてください。あおちゃんまたね」


 先生は笑顔で手を振ると、父親に泣きながら抱っこされている葵も先生にゆっくりと手を振り返した。


 保育園を出てふと空を見上げると満点の星空が広がっていた。


「今日何食べたい?」


「お寿司」


「よーし。じゃお寿司食べ行こう」


「やったー」


 それから一週間が過ぎた。


「ねぇパパ、ママのお見舞いに行きたいよ」


葵がそう言うのも無理もない。

智広はみゆきの様態が悪化した事を葵には伝えないまま、ママは特別なお部屋にいてしばらく会えないからという理由でお見舞いにも葵を連れて行っていない。


今日は一緒にお見舞いに行くと決心してゆっくりと葵に話をした。


「葵、実はね・・・ママの病気が悪くなっちゃったんだ。今はずっとねんねしてるの。パパが行っても、あおちゃんが行っても、誰が行ってもずっとねんねしてるの。あおちゃんがそんなママの姿を見るのは辛いだろうなと思って今まで言わなかったんだ。ごめんね」


「そうなの。でももう起きてるかもしれないね」


 智広は葵がどんな反応するのか恐れていたが、意外と普通でびっくりした。

管で繋がれている母親を娘に見せるのが辛いのではなく、そんな母親を見る娘を見るのが怖かったのかもしれない。


「よし、ママに会いに行こう」


「うん」


「あっ、あおちゃんがこの前書いた絵、持っていかなくちゃ」


「ちゃんと病室に飾ってあるよ」


 病院に着いた二人は、病室の前に行き表札を見る。

(川島みゆき)


 中に入り、ベッド横に座る。


 管の本数は減ってはいるが、やはりまだ痛々しい。

それでも母親の姿を見ようと葵はじっとみゆきを見つめていた。

どれくらいの時間が経ったのか、そこから離れようとせず見ていた葵が口を開いた。


「ママまだ起きないんだね」


「そうだな。パパお医者さんとお話があるからちょっと待っててね」


 智広は主治医の話を聞きに別室に行った。葵は看護師の方とその後もずっと智広が終わるまで母親の横に座っていた。

 病状の話は、やはり意識はまだ戻っていないが、色々な数値が安定してきつつあるらしく、もう少し様子をみようという事になり、智広は少し安心していた。


「おまたせ」


 寝たきりだとはいえ、葵は久々の母親の姿を見て安心したのか手を握りながらスヤスヤと眠っている。

智広はそんな葵を見ると起こすのも可愛そうになり、しばらくそっとそのままにした。


 二時間後、葵はやっと目を覚ました。


「パパ、お腹すいた」


 智広は寝たきりの母親の横での葵の寝起きの第一声に思わず笑ってしまった。


「よし、じゃなんか食べに行こう。また明日来るから今日はママにバイバイしような」


「またねママ」


 二人はみゆきの顔を見ると少し笑っているように見えた。


一年後・・・(現在)


 みゆきはまだ意識が戻らず、寝たきりの状態が続いていた。


「ママはなんで起きてくれないんだろうね。そんなにいっぱい眠たいのかな?せっかっくあおちゃんとパパがいつもお見舞いにいってるのにね」


「・・・・・・」


「あおちゃんが悪いことしたら、ママのおめめ開けてくれるかな?だって悪いことした子には怒らないといけないもんね」


 なんの偽りもないそのまっすぐな子供の言葉に、智広は目頭が熱くなるのを感じたが、絶対に泣くまいとこらえるので精いっぱいで返す言葉がしばらく出てこなかった。


「ごめんな葵・・・ずっと寂しい思いさせてしまって。ママともっともっといっぱいお話したり一緒にいたいよな」


葵はにっこり笑みを浮かべた。


「内緒だけどパパに教えてあげるね。あおちゃんね、ねんねしたら夢の中でいつもママといろんなとこに遊びに行ったり絵本読んでもらったりしてるから全然寂しくないだよ」


 智広は静かにあいづちを入れながら葵の話を聞いた。


「神様にもママが早くよくなりますようにってお願いしてるし、パパも一緒にいてくれるし、それに毎日こうやってお見舞い行ってママに会えるから」


「そっか~・・・ありがとな。今度葵の夢の中にパパも行っちゃおうかな」


「だーめーっ」


「あはははははは」


 葵と智広はすごく幸せそうに大笑いした。その声は街中に響き渡り、すれ違う人たちが二人を見て微笑んでしまうほどだった。


 ある日いつものようにお見舞い行くと、葵と同じ年くらいの女の子がキッズスペースのような部屋で一人で遊んでいた。


「あの子も病気なのかな?」


 葵がその部屋の窓から女の子を見ながらつぶやいた。

女の子がそんな葵に気づき、こちらに歩いてきた。


「こんにちは」


 女の子は物怖じもせず、にっこりとした可愛らしい笑顔であいさつをした。

智広はすぐに答えた。

「こんにちは。一人で遊んでるの?」


「そうだよ。つきちゃん病気だから保育園にもいけないんだ。だからここでいつも遊んでるの」


「・・・・・」


 智広は返す言葉が見つからず、ただただ笑顔でうなずいていた。


「はい、これ貸してあげる。一緒に遊ぼう」


 つきは葵にメルちゃんの人形を手渡した。


「・・・・」


 葵も一緒に遊びたそうにしているが、少し人見知りをしていているのか、人形を受け取りもじもじしていて何も言わず、ただただはにかんでいた。


 つきは葵の袖をちょんちょんと引っ張った。


「ねぇねぇパパ、あおちゃんも一緒に遊んでもいい?」


「うん。いいよ」


 智広がそう言うと、二人はすぐに嬉しそうな顔で部屋の中に入って行った。

二人はすぐに仲良くなり、楽しそうに遊びだした。


 智広は子供同士というものはこうもすぐに仲良くなれるものなのかと関心しながら子供たちのことを眺めていた。


 しばらくすると、つきの母親がやってきた。


「つきちゃーん」


 母親は部屋の入口からつきの方を見ながら手を振った。


「あっママだー」


 つきは満面の笑みを浮かべながら母親の元へかけ寄り抱きついた。

智広はふと部屋の中の葵を見てみると、幸せそうに抱き合う二人を羨ましそうに見ていた。


「ママ、あのねつきにお友達ができたの。あおいちゃんだよ」


「あら〜よかったね〜。あおいちゃんこんにちは。つきと遊んでくれてありがとうね」


 母親はにっこり笑いながら葵に話しかけた。 


 葵は首を縦に振ると、部屋の入口の方へと歩いてきた。


 智広も母親のところへ近づき、声をかけた。


「あ、こんにちは。葵の父親の川島です。つきちゃんにさっきからずっと遊んでもらってまして・・・」


「こんにちは。つきの母親の西田と申します。こちらこそありがとうございました」


「あおいちゃん行こう」


 つきが葵を誘うと、二人はまた部屋の中に入り再び遊びだした。


 つきの母親は廊下のベンチに腰掛け、子供たちを眺めながら話を始めた。


「あの子、今五歳なんですけど産まれつき心臓の病気で、ずっと入退院を繰り返しているんです。親の私ももっと丈夫な体に産んであげればって何度も自分を責めて泣いちゃうんです」


 智広はうなずきながら母親の話を聞いた。


「あの子があんな風に笑ってるの久々だな〜ずっとお友達とも遊べなくて辛い治療もあったりで最近は笑うことも減っちゃって・・・私が変わってあげたい・・・あんなに頑張ってるのに私は何もしてあげられなくて」


 母親は涙をこぼし、ハンカチで頬の涙を拭った。


「あっ、ごめんなさい。急に見知らぬ人にこんな話をしてしまって」


「いえいえ、そんな風に思わないでください」


 智広は慰めるように答えた。


「僕のところは妻が葵を産んですぐに病気にかかってしまって・・・初めはすぐに治るだろうとたかをくくってたんですが、今では意識も戻らず寝たきりなんです。それからはこうやって一緒にお見舞いに来てるんです」


「葵もママといっぱい遊んだりしたいはずなのに、泣き言ひとつ言わず・・・僕も頑張って母親の代わりをしてるんですが、本物の母親にはかないませんね」


 智広も少し涙ぐみながら話した。


「なんだか親の僕が子供に助けられてるって感じで恥ずかしいですよ」


 二人は一緒に遊んでいる二人を見て微笑んだ。


 そんな二人のところへ微笑みながら看護師がやってきて、二人に話しかけた。


「こんにちは。珍しいですね。お知り合いだったんですか?」


 二人は顔を見合わせて少し照れくさそうに笑った。


「こんにちは。お世話になってます。違うんです。今日も葵と妻のお見舞いに来たんですけど、ちょうどつきちゃんがこの部屋で遊んでるところを見かけて葵も一緒に遊ばせてもらってたんです。そしたらお母さんが来られて少しお話してたんです」 


 看護師はにっこりと笑った。


「うふふふふ。そうだったんですかー仲よさそうに見えたからお知り合いなのかと思いました」


 二人はまた照れくさそうに笑った。


看護師は部屋の中で遊んでいる子供たちを見ながら悟るように言った。


「それにしても姉妹みたいに仲良く遊んでますね。初めて会った風には見えませんね。つきちゃんもいつもより顔色もいいし・・・・。子供同士って何か不思議な力があるのかもしれませんね」


「病院の治療より葵ちゃんの治療の方がよかったりして・・・・」


 つきの母親がそう言うと三人共声を上げて笑った。


 すると、看護師が少しあわてた表情をした。


「あっ、忘れてた。西田さん、つきちゃんお昼のお食事の時間なので、一旦お部屋に戻ってもらえますか?」


「あーもうそんな時間ですか。わかりました」


 母親はつきを呼んだ。


「つきちゃん、もうお昼ごはんだからお片付けしてお部屋に戻ろうね」


 智広も葵を呼んだ。


「葵もお片付けしてママのお部屋でお弁当食べよう」


「はーい」

「はーい」


 葵とつきはもっと遊びたかったのか、少しふてくされた表情で返事をして片付けを始め、子供たちだけのひそひそ話をした。

 

「ねぇねぇ、あおいちゃん」


「なぁにつきちゃん」


「また今度一緒に遊ぼうね」


「うん、いいよ」


 子供たち二人はとても嬉しそうな様子でにっこりと笑い、片付けを終えるとそれぞれの親のところへ歩いた。


「あおいちゃんまた遊ぼうね」


 つきは照れ臭そうに母の胸に自分の背中を付けて葵に言った。


 葵も同じく智広の胸に自分の背中をつけて、はにかみながらうなずいた。


 智広は葵の両手とつないだ。


「西田さんありがとうございました。葵もつきちゃんと楽しそうに遊べてよかったです。あと僕の話も聞いてもらっちゃって・・・」


「こちらこそありがとうございました。葵ちゃんのおかげでつきのこんなに楽しそうな姿見れて本当にうれしかったです。葵ちゃんありがとうね。またつきと遊んでね」


 そうして、つきは母親と一緒に自分の病室に帰っていった。


 二人を見送ると、その場に一緒にいた看護師が少し笑みを浮かべた様子で口を開いた。


「葵ちゃんとつきちゃん、すっかりお友達になりましたね」


 智広も葵の顔を見ながら微笑んだ。


「川島さん、さっきの西田さんとのお話すこしだけ聞こえちゃいました。自分は母親にはかなわないって言ってましたけど、そんなことないと思いますよ。葵ちゃんもパパがいるから泣かずに頑張れるんじゃないですか。それに葵ちゃん言ってましたよ。パパお料理とか下手くそだし、洗濯物畳むのも上手じゃないけど、あおちゃんパパだぁーいすきって・・・」


 それを聞いた智広は、少し弱気になっていた自分への攻め心と、恥じらい、そしてこれからも葵とみゆきを守っていくという強い決意が芽生えた。


「あっぅ、聞かれてましたか。ありがとうございます。なんだか恥ずかしいですね・・・でもなんか良くわかりませんが色んな勇気が湧いてきました」


「パパお腹すいたー。早くママのお部屋でお弁当食べよう」


「そうだな、じゃ行こうっか」


「では失礼します。葵ちゃんまたね」


 看護師は智広に一礼をして、葵に手を振るとナースセンターの方へと歩いていった」


 葵と智広は手をつないでみゆきの病室へと向かった。


 二人はしばらくそのまま抱き合ったまま、智広はずっと葵背中を軽くぽんぽんと叩いていた。

 葵が少し泣き止み、落ち着きを取り戻しつつあるのを見て、智広は葵の顔を見ながら口を開いた。


「あおい」


「なぁに」


「葵はなんでパパとママの子供に産まれてきたんだと思う?」


「・・・わかんない」


「パパとママが神様に葵という女の子が産まれてきてくれますようにってお願いしたんだよ」


「そうなの?」


「うん。だから葵はパパとママの大事な大事な宝物なんだ。ママは病気になっちゃったけど、葵のせいなんかじゃない。ママも早く元気になって葵と一緒に色んなことして遊びたいって頑張って病気と闘ってるんだ」


「・・・・・」


 葵は静かに智広の話を聞いた。


「もし葵が病気になったり、いなくなったりしたらママすっごい悲しいと思うよ。葵はママが病気で悲しいよね?」


「うん」


「でもママは葵が病気になったら、葵が悲しいって思う気持ちよりももっともっともぉーっと悲しいんだ」


「・・・・・」


「ママにそんな悲しい気持ちになってほしい?」


「なってほしくない」


「そうだな。だから葵が病気になればいいとか、いなくなればいいとかもう絶対言っちゃ駄目だぞ。わかったか?」


「・・・はい。ごめんなさい」


「うん。それにパパと葵がこうやってお見舞いに来たり神様にお願いしたりしてるの、ママに全部伝わってると思う。だからもう少しパパと一緒に頑張ろう。そうしたらきっとママ元気になる」


「ほんとー!?やったー!あおちゃんもパパと頑張る」


 葵は嬉しそうに智広に抱き着いた。


「葵、一つだけ約束して」


「なぁに?」


「我慢はするな。辛くなったり、悲しくなったら我慢しないでパパにお話して、泣きたくなったら泣いたっていいんだぞ。パパとママは自分が辛い事よりも葵が辛い思いしてる方がいっぱい辛いんだよ」


「・・・・・」


「・・・・ってそんなこと言っても分からないか」


「わかったよ」


「ほんとかーーー」


 智広は笑いながら葵の脇をくすぐった。


「きゃははははははははは」


「よし、じゃお話はおしまい。お腹すいたな。お弁当たべようっか」


「うん」


 智広は袋の中から買ってきた弁当を取り出そうとした。


「あっ、ちょっと冷めてるな~。パパお弁当温めてくるから待っててね」


「はーい」


 そう言うと智広は弁当を持って病室を出て、給湯室へ向かった。


 葵はベッド横の椅子に座り、みゆきの左手を握りながら母親の手の温もりを感じていた。


「おまたせー」


 智広が再び病室に戻ると、みゆきの手を握ったまますやすやと眠っていた。


「ママおいしい?」


 葵が寝言を言っている。


(夢の中でみゆきと弁当食べてるのかな)


 智広はそんな葵を見て微笑み、ベッドの右横の椅子に座りみゆきの右手を握りながら二人のことをずっと眺めていた。

 それはこの家族にとって、とても幸せな時間だった。


 その日からも智広と葵は何度もみゆきのお見舞いに足を運び、みゆきの回復を祈り続けた。

 

 つきと葵は病院で会うといつも仲良く遊ぶのが当たり前になっていた。


 それから月日が経ち、葵は五歳の誕生日を翌日に控えていた。


 智広は保育園に葵を迎えに行き、手を繋いで帰宅途中に葵に話しかけた。


「葵、明日は誕生日だね」


「そうだよー」


「明日が来たら何歳になるんだっけ?」


「五歳だよ」


 智広は明日の誕生日で五歳になる娘の成長を喜ぶのと同時に、これからも毎年大きくなっていくことへの寂しさもあった。


「そっか〜五歳か〜。大きくなったな」


「あおちゃんもうお姉ちゃんだけど、もっともっとお姉ちゃんになったらパパとママのお弁当作ってあげるね」


 娘の言葉に智広はすごく嬉しくなり、満面の笑みを浮かべ葵を抱きかかえた。


「ははははは〜楽しみだな〜。葵重くなったな」


「パパいつもありがとう。早くお姉ちゃんになるから待っててね」


 智広に抱きかかえられている葵は、にっこり笑いながらさらに智広に抱きついた。


「葵、誕生日プレゼントは何がほしい?」


「・・・・・ん〜・・・・ママの作ったごはんが食べたいな」


 智広ははにかみながらも、少し困った表情になった。


 葵はすぐにそんな智広の様子を察した。


「ウソだよー。えへへへへ。そう言ったらパパがどんなお顔するか見たかっただけだよ」


 智広は母親の手料理を食べたい葵の気持ちが嘘なんかではないことは分かっていた。


「嘘じゃないだろ。ママが元気になったらいっぱい作ってもらおうな」


「うん!たぁのしみだな〜ママのごはん」


「あっ、パパも食べたいからパパも食べさせてな」


「だーめー。あおちゃんが全部食べるんだもーん」


「あははははは」


 そうして二人は自宅へ帰った。


 数時間が経過し、夕食や入浴などを済ませた二人は寝室の布団に入り、眠りにつこうとしていた。


「ねぇパパ。あおちゃんねんねしたら今日はママ出てきてくれるかな?」


「大丈夫。葵いい子にしてるからきっと来てくれるよ。楽しんでおいで。おやすみ」


「おやすみパパ」


 いつからかここ最近、葵の夢の中にみゆきが出てくることはなく、葵は毎日毎日自分の夢の中でみゆきと一緒に過ごすことを願いながら眠っていた。


 葵はすやすやと深い眠りにつき、夢を見た。


 それは何気ないごく普通の日常で、自宅での光景だったがひとつだけいつもと違うことはそこには葵と、智広ではなくみゆきがいることだった。

葵は夢の中で、そこにみゆきが当たり前のようにいることに驚いていた。


「・・・・あっ・・・・・ママー」


 葵はとっさに最近ずっと出てこなかったみゆきの姿を見ると何の迷いもなくみゆきに駆け寄り抱き着いた。


「痛いよ~あおちゃん」


 そう言いながらもみゆきも葵を抱きしめた。


「あおちゃん、お誕生日おめでとう。もう五歳になったんだね〜いつもパパと二人でいい子にしてるのママちゃんと知ってるよ。ごめんね~ありがと」


 とても優しく、すごく愛のあるみゆきの顔を見た葵は今までの寂しさや悲しみなど忘れて、純粋にとても幸せな気持ちになっていた。


「ねぇママ、いつになったらお家に帰って来られるの?」


「・・・・まだ分からないんだ・・・ママも早くお家に帰りたいな・・・・・」


「ママいつも病気でかわいそうだからあおちゃんが

代わってあげるね」


「ダメだよ〜それじゃあおちゃんがかわいそうだもん・・・・・ママそっちのほうが辛いよ」


「だって・・・」


 みゆきはさらに強く葵を抱きしめた。


「ありがとうあおちゃん。今日はあおちゃん誕生日だからい〜ぱいあおちゃんの好きなごはん作ってあげるね」


「やったー」


 葵は一番望んでいた母親の手料理をたくさん食べ、二人は久々に幸せなひとときを過ごした。


 そこで葵は目を覚ました。


 目を覚ました葵は、まだ少し寝足りなさを感じつつも眠たい目をこすりながらリビングに行くと、智広が朝食を作っていた。


「葵、おはよう。誕生日おめでとう」


 葵は不思議そうに辺りを見渡し、はっと何かを思い出したかのように家中を歩き回った。そしてまたリビングに戻った。


「ねぇパパ〜ママは?」


「ママ?病院だよ。どうした?」


 智広は急におかしなことを言う葵のことを、まだ寝ぼけてるのかと笑いながら答えた。


「そっか〜」


 葵は、夢の中の出来事が夢だったと分かってはいたがもしかすると母親が戻ってきてきているのではないかという期待をしたが、やはりいないことが分かると、何とも言えないくらい切なく、寂しい気持ちになり、それ以上何も言わず寝室の布団にもぐった。


 智広は心配になり、寝室に行き葵に優しく声をかけた。


「どうした葵、何かあったか?」


「・・・・・」


 葵は布団の中で智広に心配をかけまいと声を殺して泣いていた。


 智広も葵の泣いている様子が伝わり、何も言わずただ横に付き添い、布団越しに葵の背中を擦った。


 しばらくすると、葵はもぐっていた布団から顔を出し、智広に夢の中の出来事を話した。


「あのね、ママがあおちゃんの夢の中に出てきてくれたの。それでね、いっぱいぎゅーってしていっぱい遊んで、ママのごはんい~っぱい食べたんだよ」


 葵は涙目ながらも、すごく嬉しそうに話した。


「もっと一緒にいたかったのに夢が終わっちゃって・・・もしかしたらお家にママいるかなと思って探したけどいなかったから、すっごく寂しい気持ちになっちゃったんだ。ごめんねパパ」


「そっか〜ママ出てきてくれたんだね。謝らなくてもいいよ。パパだってそんなママの夢見たら寂しくなって泣いちゃうもんきっと」


「えーパパも泣いちゃうの?パパは大人だから泣いちゃだめなんだよ〜」


 二人はお互いの顔を近づけると、顔を見合わせて

笑った。


「よしっ、今日もママに会いに行ってみんなで誕生日会しよ」


「うん」


 二人は病院へ向かった。


 葵と智広は病院に到着して、エレベーターに乗りみゆきの病棟の階で下りた。


 みゆきの病室に歩いている途中、いつもの遊戯室の前を通った。部屋の中には、どこか悲しそうな顔をしたつきの姿があった。


「つきちゃ〜ん」


 葵がとっさにつきに向かって声をかけた。


「・・・・・・」


 つきはこちらを振り向くも、何も言わず下を向いた。葵はそんなつきの様子を見ると部屋の中へ入って行き、つきの隣に座った。


 すると急につきがしくしくと泣き出した。


「あおいちゃん・・・」


 智広はつきが泣いているのに気付き、心配になり部屋の中へ入り、声をかけた。


「つきちゃんどうしたの?どこか痛いの?」


「・・・・・」


 つきは横に首を振り、さらに泣きながら口を開いた。


「つきちゃんもうすぐ死んじゃうんだって・・・だからもう保育園にも行けないし、ママとも会えないし、それに・・・・・あおいちゃんとももう遊べないの」


「・・・・・・」


 智広は返す言葉もなく、つきの頭を撫でた。


 つきの話を聞いて、葵も一緒に泣き出した。


 智広は助けてあげたいのは山々だが、自分にはどうすることもできないと困った顔をした。


「あおいちゃん、今までありがとね。あおいちゃんとお友達になれて嬉しかったよ」


 つきはそう言うと、葵に抱きついた。


 そしてそのまましばらくして、つきは自分の病室へと帰って行った。


 「パパ、あおちゃんつきちゃんのお部屋に行ってくるからパパはママのお部屋に行ってて」


 「じゃ一階の売店でジュースでも買ってくるね」


 そうして葵はつきの病室に向かい、智広はつきの病室はナース室とそれほど離れていない為、一緒にいなくても大丈夫だと判断し、一階の売店へと向かった。


 葵はつきの病室に着いた。


「つきちゃん」


 葵がそっと声をかけると、つきはその声のする方へ振り向いた。


「あおいちゃん」


 つきは少しだけ笑顔になった。


「あおいちゃんママのお部屋に行かなくていいの?」


「うん。後で行くから大丈夫だよ。あおちゃん、つきちゃんとお話したかったから」


 葵も笑顔になった。


「そっか〜嬉しいよ。あおいちゃんありがとう。これ食べる?一緒に食べよう」


 つきはベッドの横のテーブルの上からクッキー缶を取ると、二人で仲良く食べながら、つきの病気の話ではなく、何気ない会話を楽しんでいた。


 すると突然つきの表情が固くなった。


「こうやってあおいちゃんと楽しくお話したりするのあと何回できるかな」


 つきのそんな言葉に、葵はすぐに優しく答えた。


「大丈夫だよつきちゃん。つきちゃんはいなくなったりしないよ。これからも保育園にも行けるし、ママともずっと遊んだりできるよ」


「・・・・・・」


 話が止まり、少しだけ沈黙の時間が流れた。

 

 そして、葵が意を決した表情で口を開いた。


「ねぇねぇつきちゃん、」


「なぁに?」


「つきちゃんにお願いがあるんだけど、聞いてくれる?」


「なぁに?」


「もし・・・・もしもだよ・・・・つきちゃんが、あおちゃんのママに会えたらママにお話してほしい事があるんだけど・・・・いいかな?」


「いいよ」


 葵はつきにみゆきへの伝言を伝えると、どこかすごくすっきりとした表情になり、幸せそうな顔をした。


「あおいちゃん、そんなの自分で言えばいいでしょ・・・つきちゃんあおいちゃんのママに会ってもお話しないからね」


 つきは少し涙ぐみながら、怒り口調だった。


「あおちゃんだってそうしたいよ。でも・・・あおちゃんはもう・・・・・ママに会えないかもしれないから・・・」


 葵も涙ぐんだ。


 そして涙を手で拭うと、無理矢理笑顔を作った。


「ごめんねつきちゃん、もしあおちゃんのママに会って覚えてたらでいいから・・・お願い」


 葵はそう言うと、さっとつきに抱きついた。


「つきちゃんありがとう。つきちゃんとお友達になれて楽しかったよ。元気でね」


 そうして葵はつきの病室をあとにした。


 智広は一階の売店で買物を済ませると、いつものようにエレベーターのボタンを押した。


「あっ、忘れ物です」


 売店の店員が急いで智広を追いかけ、エレベーターのところまで忘れた荷物を届けた。


「あ〜すみません。ありがとうございます」


 智広は、着替やタオルなどがたくさん入った荷物を受け取った。


「いえいえ〜気をつけてくださいね。今日はお一人なんですか?」


 顔見知りの店員は少し笑いながら話をした。


「あっ、今日はもう上にいるんです。なんだか荷物が多くて・・・えへへへへ」


 智広は少し照れ笑いをしながら、ドアが開いたエレベーターに乗り込んだ。


「では失礼します」


 エレベーターを下りると、重い荷物をかかえながら廊下を歩き病室の前に着き、何気なく表札を確認した。


(川島 葵ちゃん)


 智広はそっとドアを開け、病室の中へと入った。


「ありがとう。重かったでしょ」


 ベッドの横に座るみゆきは、智広の方を振り向いた。


 智広は笑みを浮かべ得意げに答えた。


「重かったけど今日は葵の誕生日だから頼まれてたのと・・・・」


 智広は荷物の中からプレゼントのぬいぐるみを出すと、ベッドの上で寝ている葵の枕元に置いた。


 そして、みゆきと智広は手足に色々な管が刺さっている葵の姿をじっと見つめた。


「誕生日なのにこれくらいしかしてあげられないなんて情けないよな」


「私が代わってあげることができたらな・・・・ごめんねあおちゃん・・・」


 智広とみゆきがそうつぶやくと、二人の目から涙がこぼれ落ち、しばらくそのまま葵の寝顔を見つめていた。


 すると、病室のドアをノックする音がした。


「はい」


 智広がドアの方へと駆け寄り、ドアを開けるとつきとつきの母親の姿があった。


「突然すみません。はじめまして、私西田と申します。あおいちゃんのお部屋ですか?」


「そうですけど・・・ど、どうされました?」


 智広はいきなり見知らぬ親子の訪問に困惑していた。


「実は、私の娘もこの病院に入院してるんです」


 その様子を見ていたみゆきも入口の方へと歩いてきた。


「ここで立ち話も何ですから中へどうぞ」


 みゆきがそう言うと、四人は葵の病室のなかに入り、それぞれ椅子に座った。


「あっ、あおいちゃんだ」


 つきは会ったこともない葵の姿を見てそれが葵だとわかった瞬間、急に泣き出した。


「すみません。急に来て、急にこんな風になってしまって・・・・どうしてもお話したいことがあるので、また落ち着いた頃に出直します」 


 つきの母親は申し訳なさそうにそう言ったが、みゆきがそんな二人を笑顔で引き止めた。


「大丈夫ですよ。気になさらないで下さい」


 しばらくすると、つきは落ち着きを取り戻した。


「信じて頂けるか分かりませんが、娘があおいちゃんとの夢を何度も見たって言うんです。いつもいつもその夢の話をしてくるのですが、私も始めは夢の話だと思ってあまり気に留めてなかったのです。でもある日、私がたまたまこの病室の前を通りかかった時、表札のあおいちゃんの名前を見て驚きました。偶然だとは思いましたが、娘がどうしてもあおいちゃんのママに伝えたいことがあるって聞かないものでして・・・・ご迷惑なことは承知で訪ねさせて頂きました」


 つきの母親は娘から聞いた智広とみゆきが信じてくれるか分からない夢の話を最初から細かく説明した。


 智広とみゆきはその話を不思議そうに聞いていたが、だんだんと本当の話ではないかと信じつつあった。


「そうなんですか。で、つきちゃんの夢の中のあおいちゃんはここにいる葵?」


 智広はつきに質問すると、つきは静かに首を縦に振った。


 智広とみゆきは何がなんだかよく分からなくなっていたが、冷静さを保っていた。


 そしてつきが口を開いた。


「あおいちゃんが、もしつきちゃんがあおいちゃんのママに会えたらお話してほしいってお願いされたの」


 つきは目に涙を浮かべているが、それでも葵からの伝言を伝えようと必死に涙をこらえながら話をした。


「ママ、あおちゃん病気になっちゃっていつも寂しい気持ちにさせてごめんね。あおちゃんはいつもねんねしてるとき、夢の中でママやパパと会えるから寂しくないから心配しなくていいからね」


 それを聞いたみゆきはその言葉が葵のものだと確信すると、葵の手を握りながら泣き崩れた。智広も大粒の涙をこぼしながらみゆきの背中を擦った。


「あ、あおちゃ〜ん、元気な子に産んであげれなくてごめんね」


 それからしばらくこの部屋にいる葵以外の全員が泣き続け、色々な話をした。


 そして気がつくともう夕方になっていた。


「つきちゃんわざわざありがとうね。お母さんもありがとうごさいました」


 智広が二人に礼を言い、つきと母親は病室を後にした。


「俺も帰ってまた明日来るわ。みゆきはどうする?あんまり無理すると体に悪いぞ」


「私今日も泊まっていく」


「そっか、じゃ何かあったら連絡してな」


「うん。ありがとう。おやすみ」


「おやすみ」


 そうして智広は自宅へ帰った。


 智広が帰ってからも、みゆきは葵の側を離れず、葵の手を握りながら歌を歌ったり、絵本を読んだりしていた。


 そしていつの間にかみゆきな眠りにつき、夢を見ていた。


 それは、自宅で朝目覚めるところから始まった。

みゆきの横にはすやすやと気持ちよさそうに眠る葵の姿があった。


「あおちゃんおはよう。朝だよ〜」


 幸せそうなみゆきの声。


「んん〜」


 まだ眠そうな葵。


「あおちゃん、今日はママとおっきい公園行こうっか」


「うん」


 眠たかったのが吹き飛んだのか、葵はすぐに飛び起きると、嬉しそうにみゆきに抱きついた。


「もうあおちゃん痛いよ〜」


 そう言いながらみゆきも葵を抱きしめた。


「よし、じゃ顔洗って朝ごはん食べるぞー」


「おおぅー」


「あはははは」


 それは何気ない日常の朝だったが、二人にとっては一秒一秒がもったいないと思う程幸せな時間に感じていた。


 朝食をたべ終わると、二人は早速公園へ向かった。手をつないでしりとりしながら歩いている二人の姿は、幸せそのものだった。


 公園に着くと二人はブランコ、すべり台、ジャングルジム、ボール遊び、おにごっこなど色々な事を夢中になって遊んだ。


 葵もみゆきも疲れ果て、木陰の下で寝転んで休憩した。


「あー疲れたね〜あおちゃん」


「あー疲れたね〜ママ」


「あはははは」


 しばらくして葵が起き上がると、嬉しそうにみゆきに抱きついた。


「あおちゃんママだぁいすき。ねぇねぇママ」


「なぁに?」


「ママ、今までほんとうにほんとうにありがとう。ママがあおちゃんのママでほんとうによかったよ。ありがとう。ママはあおちゃんがママの子供で良かったかな?ずっとずっと毎日毎日あおちゃんと一緒にいてくれてありがとう。

つきちゃんて知ってる?そのお友達にママに会ったらお話してって頼んだんだけど聞いてくれた?」


 みゆきは夢の中で忘れていたが、葵のその言葉ではっと全ての事を思い出し、これが夢の中だということを悟った。


 と、同時にみゆきの目から大量の涙が溢れ出てきた。


「ちゃんと聞いたよ。ありがとう」


「よかった。もっともっともーっとママとパパといーっぱい色んなことして遊びたかったな。

でももう十分だよ。ママも寂しいばっかりじゃかわいそうだもん。ほんっとにありがとねママ。あおちゃんはずーっと幸せだったよ。

ねえママ、最後にもう一回ぎゅーってして・・・」


 みゆきは今までにないくらい強く強く抱きしめた。


 そしてみゆきは急にハッと目が覚めた。


 かすかだが葵の方から声がしたような気がした。気のせいかとも思ったが、みゆきは葵の顔を見て名前を呼んだ。


「あおちゃん、あおちゃん」


 みゆきは泣きながら葵の肩をたたいて名前を呼び続けた。

「あおちゃん、あおちゃん」


「・・・っんん、んん」


 再び、かすかだが声聞こえた。今度は気のせいではなく、確かに葵の声だと確信した。


 みゆきは思わず声を高ぶらせた。


「あおちゃん、あおちゃん、わかる?ママだよ」


「・・・っ・・ま・・・ま」


「うん、そうだよママだよ」 


 母の涙が葵の頬に零れ落ちた。


 葵はずっと握ってくれていたみゆきの手を微弱な力だったが、それが力いっぱいだとわかるくらいに、強く強く握り返した。


「あーーおちゃーん」


 久々の我が子の生声を聞いて母は言葉にならないくらい喜び、叫んだ。


 みゆきは動揺して震える手を必死に抑えながら急いでナースコールを押した。


「すみませーん、すみませーん」


 震える声で夜中だが大声で叫んだ。


「川島さんどうしました?」


「あ、葵が、葵が・・・とにかくすぐ来てください」 


 みゆきの震える声の様子に驚いた看護師はすぐに葵の病室に駆けつけた。


「どうしました?」


 看護師が葵の様子を見ると、かすかに聞こえる葵の声を確認すると驚いた様子で、声を荒げた。


「すぐ先生に連絡して。葵ちゃんの意識が戻ったわ。大至急よ」


「葵ちゃーん、わかるかな?」


 葵はかすかに目を開け、不思議そうに周りを見渡し、まだ状況がつかめない様子だ。


「あおちゃん」


 みゆきが声をかけると、母の声がする方に目線を向け、葵の目と母の目が合った。


「マ、ママ・・・・」


 二人にはもう交わす言葉などいらないくらいお互いの気持ちがわかっているように泣きながら抱き合った。


「ありがとうあおちゃん」


「ありがとうママ」





 


 

 



 




 

 











 


 

 














 








 












 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

明日ママに会えるかな @aoi-mitsuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る