第4話 ペットショップ

ランヘルの町


それが、俺たちがついた町の名前らしい。


なかなかに人がいて、エンゼは始まりの町とか呼んでるがその割には活気がある。


「まずは冒険者組合に行くわ」

「へぇ?何する場所なんだ?」

「情報を聞くために行くけど、基本的にはモンスターを売買する場所ね」

「情報ってなんだよ」

「強そうなモンスターの情報よ。それを殺すためにこの世界に来たんだから」

「おまえ詳しく知らねーのかよ。それでも天使か?」

「うるさいわね。悪態つかなきゃ喋れないの?だから友達いなかったんじゃない」

「あぁ!?てめぇはーーー」

と、こいつに身の程を思い知らせてやろうとすると、道の反対で純朴そうな少年がよぼよぼのじいさんにしがみつき、引きずられながら喚きあっているのが見えた。


「・・・なんだあれ?」

「さぁ?足腰の筋トレでもしてんじゃない」

「そんな訳ねーだろ」

どんな爺さんだよ。いくら古くさい異世界とはいえ前時代的すぎる

よく見ると爺さんは腰に剣を携えている。

すごく笑える光景だが、さっぱり意味がわからない。


「おい、話しかけてみようぜ」

興味がある。もし本当にこんな町中で筋トレしてるなら相当面白い

しかし、じいさんの方に足を向けた俺の手をエンゼが引き止める


「変な事に首突っ込むのやめてくれる?」

「あぁ?お前はあれを見てなんも思わねーのかよ」

嘘だろ?

エンゼはじいさんをちらっと見る

「なんとも」

「なんでだよ!ここで無視したら、寝る前とかになにがあったんだって気になるだろうが」

少なくとも俺は気になる。

そして、大体朝には忘れてるもんだがそれは諦める理由にならない。


エンゼは少し間を置いてから口を開いた

「ハァ。じゃあ、別行動しましょう」 

「・・・大丈夫かよ。お前弱いんだろ?」

しかも帯刀してる爺さんがいる世界だぞ。


するとエンゼは眉を顰めた

「弱い弱いって言われるの心外なんだけど。元の世界に居た時と比較したらって意味だから」

なるほど。さすがに俺に全てを頼るつもりはなかったらしい。

「よし、じゃあ分かれよう」

それがベストだろう。




+++




「うるさい!離せぃ!」

「離しませんっ!老い先短い命を大切にしてください!」

じいさん達はそんな言い合いをしていた。

さすがに筋トレではないらしい。


「どうしたんだよ。死んだ婆さんにでも会いたくなったのか?」

俺は明るく話しかけた。人と話す時は第一印象が最も大事だ。

最初、ヘボい奴が徐々に成長していったってへぼかった時の扱いを引きずるし。そこから抜け出すことは難しい。

詐欺師が、初めに悩みを相談させたりするのもそういうわけだろう。


「なんじゃ小僧!わしは結婚するほど軟弱じゃないわ!」

じいさんはキッとこちらを向くと吠えた。

「その歳で拗らせてたら、もう治らねぇな」

「えーっと何の用ですか?お兄さん」

「いや、あんたらが面白そうなことしてたから」

こいつらの気を引くように話すと、少年は予想通りの言葉を元気に言った。

「僕は必死なんですけど!」

「何があったんだよ?話してみろ。協力できるかもしれねぇ」

「いや、無理ですよ。お兄さん冒険者じゃないですよね?」

冒険者。ってことはモンスターの話か。

仕方ない。ここは、エンゼのために人肌脱いでやるとしよう


嘘をつくコツは自分は嘘をついてないと本気で信じることだ。

まぁ、大体のやつはそんなことができないからバレるんだろうが。

「いや?俺はかなり凄腕の冒険者だぜ?」

「だから話してみろーー」と続ける前にじいさんが声を出す。

「ほぉ?」


俺は、なぜかその声につられてじいさんのほうを向く。

と同時にじいさんは鞘にしまってあった剣を俺めがけて振り抜いてくる。

あまりに自然で綺麗な動作に一瞬呆けてしまった。

その時点で体感1秒は経っていたが、どういうわけか、その剣は未だに俺の体に到達していなかった。

ハッとして体を傾けて右に避けようとするが、それを予測しているかのようにじいさんの剣は俺の体めがけて迫ってきた。ので足にかなりの力をこめて大きく体を後退させる。

気づくと5mくらい後ろに着地していた。

俺が無意識に息を吐くと同時に、時間が今まで通りに流れ始め、あたりの喧騒が再び聞こえてくる。


「何やってるんですか!!」

少年が大きな声を出しながらじいさんの頭を思いっきり叩いた。

「いい加減!!冒険者に突っかかるのはやめてくださいよ!!」

「うるさいわい!あのモンスターはワシのもんじゃ!」

「だから!剣じゃあれは倒せないですって!」


「おい!待てよじいさん。俺に斬りかかっといて謝罪もなしか!?」

俺は出来るだけ、怒ってることが伝わるような言い方でじいさんに言った。

正直、怒りを感じる間もなくまたワイワイ言い争い始めた2人に気を削がれてしまったが。


俺の声に、じいさんはゆっくりと振り向くが全く悪びれた様子がない。

一体どんな教育を受けたら、こんなじいさんになるんだろうか。

この世界の教育には相当問題があるらしい。


ニヤッとした口を開く

「ふん。ま、今ので身の程を弁えたらーー」

しかし、それを言い終える前にじいさんは突然倒れた。すると、少年が慣れた様子で嘆く

「あぁ!だからやめてって言ったのに!」

「おい、どういうことか教えてくれ。いい加減」

正直、頭が全く追いついていない

わかるのは、じいさんが痛い目を見たので気持ちが多少スッキリしたという事実だけだ。

「わかりました。えっと・・・じいちゃんを運んでくれたりって・・・」

「地面に引きずっていくがいいか?」

当然断られるだろうと思って言った。すると

「別にいいですよ。僕もいつもはそうしてるんで」


少年は全く変わらないトーンで答えた。

こいつもこいつで少しイカれてるようだ。




+++




じいさんの家は、周りのものより多少小さかったが、少年と2人で暮らしているらしいのでそう考えるとちょうどいい広さだろう。


家に向かう途中、エンゼと合流したが、彼女は俺がじいさんを引きずってることに全く興味を示さなかった。

俺の周りにはイカれてる奴しか集まらないらしい。




「で?詳しく話を聞こうじゃねぇか」

じいさんをベットに寝かせて、近場の床に座り込むと、少年も目の前に腰を下ろす。

エンゼは突っ立ったまま壁にもたれかかっている。


「わかりました。といっても、何から話したらいいか」

少年は視線を彷徨わせた

「じゃあ、まず名前から聞こうか。俺は良。あっちはエンゼだ」

「うん。ぼくはレイ、じいちゃんの名前はデッタ。さっきはごめんなさい」

少年ーーレイは殊勝に頭を下げた。

つい、許してしまう。そんな素晴らしい謝罪だった。こいつは、この雰囲気のおかげで相当得してるに違いない


「まぁ、そのことは置いといてだ」

「えぇ!?じいちゃんをどうするんですかっ!?」

レイは、驚いて前のめりになりながら言った。

なに驚いてんだ。許される気満々だったのかよ。俺はそんな優しくねぇ。

「まぁ、別に殺したりはしねぇよ」

「殺すっ!?!?本当にごめんなさい!」

「わーかったよ」

殺さないって。そもそもそんなにひどい事をする気はない。精々、変な体勢で寝かせるとかそれくらいだ。


「つーかこのジジイ、お前がいなかったらとっくに死んでるだろ」

立派な通り魔未遂だ。もしレイがいなかったら、怒って返り討ちにされてもおかしくはない。

「それが、じいちゃん剣の腕はすごいらしいんです。僕には分からないけど。だからこんな歳になっても未だに冒険者に斬りかかったり。あ、もちろん寸止めしてますよ!」

レイは慌てた様子で付け加えた。

当たり前だ。もし殺してたら、こんな堂々と暮らせないだろう。

レイは、ポツリと言葉を続ける

「ただ、冒険者のことが・・・嫌いっていうか、憧れてるっていうか」


「どういうことだよ?」

俺が続きを促そうとするとじいさんが起き上がりながら声を出した

「レイ」

「なに?斬りかかったんだからこれくらいのことは説明しないと」

「わかっとる。わしがする・・・レイ。と、お嬢さんは出とってもらえんか?」


レイとじいさんがエンゼを見ると

「別に興味ないからいいわよ」

エンゼは心底どうでも良さそうに答えた。




2人が出て行ってから1分くらい。じいさんは一言も発さなかった。

なに浸ってんだ、じじい。と思ったが口には出さなかった。

年寄りの話は真剣に聞いたほうがいい。

なんてどっかの誰かも言ってることだろう。


じいさんはゆっくりとこちらを見る

「小僧」

いくらか、威厳が加わった感じで話した。

そんなことしても、こいつへのイメージは変わらない。

「なんだよ?」


「なかなかに強いな」

じいさんは、少しためて言った。

「らしいな?あまり実感が湧いてないんだ」

俺は正直に答えた。なんだかそういう気分だった。

「だろうな。拙い動きじゃったわ」

そう言うと、また黙る。

そして、少し自嘲的な顔をした。

「フッ、悲しいもんじゃ。わしは長年鍛えてきたんだがな。衰えにも勝てん」


俺は、こういう雰囲気に弱い。人に流されずに生きる事を信条にする俺だが、こういう事をされるとつい、そいつに同情してしまう。


「まぁ、俺に言われるとイラっとするかもしれないが、じじいになってまで剣振り回してんのは楽しかったからじゃないのか?だったら俺みたいな奴気にすんなよ」

取り繕わずに、あっけらかんと言った。

イラッとして欲しかったのかもしれない。


じいさんはわざとらしく鼻で笑う

「ハッ。仙人みたいなことを言いおる。そんなんでわしの感情がおさまるか」

「・・・あっそ」


返す言葉を探すのがめんどくさかった


「じゃが小僧のことは、何故かあまり嫌いになれんな」

じいさんは俺の事を見る

「気持ち悪りぃぞ。そっちのけがあるから結婚してねぇのか」

「フッ。そういうところも昔のわしを思い出すな」

「じいさんの思い出話は信用できねぇぞ」

適当なこと言いやがる。


じいさんが目線を俺の背後に向けた

「そこの棚を開けてみろ」


立ち上がって、棚の扉を開く

「なんだこれ?」

「短刀じゃ」

「使ったことねぇな」

じいさんの方を振り向く

「まぁ、刀剣は質が高くなければ強いものに通用しないからな。小僧のレベルでは使わないものがほとんどじゃろう。じゃから短刀にした。嵩張らないからな」


じいさんは短刀から俺に視線を戻す

「受け取れ」

「なんでだよ?」

急すぎて意味がわからない。この世界における壺だったりするんだろうか

「わしは剣が好きじゃ。じゃがな、剣は強い人間やモンスターにあまり有効ではない。剣の腕を一生懸命磨いたところで大した成果は得られない。そんなことはない!と、若い頃のわしは周りに剣の凄さを知らしめてやろうと必死じゃったわ」

一息つくと、こちらを見る。


「まぁ、今となってはそれも無理になってしまった。あのモンスターを倒せるとは実際のところ思っとらん。レイに止められんかったら剣を振るうのをやめていたかもしれん」

「諦めないための体のいい理由じゃな。無意味に死ぬのはやはり怖い。鍛錬はするが、止められているから倒しに行けない。そんな感じじゃ」


じいさんは全身に力を込める

「あれはわしの獲物じゃ!」

「おい、じいさん」

情緒不安定かよ

「じゃが貴様に譲ってやる。剣でやれ!そしたら剣が素晴らしいことが伝わるじゃろう」


なんてじいさんだ。往生際が悪すぎる。


しかし、まぁ。

「色々と言いたいことはあるが」

それでいいのかよ。とか、小賢しいわ。とかずるいだろとか。


「引き受けてやるよ」




同族嫌悪って言葉がある。似ているからこそ自分の持ってる嫌なところが目につく。みたいな意味だ。

それでいうと、俺とじいさんはあまり似てないんだろう。


要するに俺も、このじいさんのことをあまり嫌いじゃないらしい。


「折れちまっても知らねーぞ」

そんなふうに吐き捨てて部屋を後にした。




+++




扉を開けて部屋を出ると、すぐそばにエンゼが突っ立っていた。

ずっと話を聞いてたんだろう

「お前がじいさんに興味あったなんて意外だぜ」

挑発するように言う


「別にじいさんだけじゃないわ」

エンゼは俺を無視して歩いて行く


「わたし。人って結構好きなの。見下してるけど」

「そりゃーーー嬉しくねえな」

俺らはペット扱いかよ。



そんなふうに家を後にした





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

場当たり的なファンタジー 大入道雲 @harakiri_girl

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ