後編
やってしまった。
こんな状況で、このタイミングで、なぜだかついつい告白してしまった。
これは振られる。飲み友達のポジションすら消え失せると予想される。
「好きって、それはあれか?」
コーヒーでむせて、一通り咳き込んだ後、彼は私を真剣な目で見つめた。
「男として、か?」
なんとか誤魔化す方法を考えたが、さすがに思い付かなかった。
私は諦めて正直に頷いた。
「まじか」
彼は困ったように、うっすら無精髭の生えたあごを右手でさする。
困るのも仕方ない。我ながら変な女すぎる。
「だ、大丈夫ですよ。もともと女として見られていないのは知っていますし、はっきり断ってくれても」
心にもない言葉を吐き出す。はっきり断られて大丈夫なはすがない。ずっと好きだったんだ。
でも、こうなってしまっては仕方ないとも思う。頬に涙が伝うのがわかった。今の私は、化粧の崩れた酷い顔をしているのだろう。
「待ってくれ。誰も断るなんて言ってないぞ」
「え?」
彼は慌てたように身を乗り出す。
「ただ、ちょっと、いや、かなり驚いただけで。もう一回確認なんだが、俺のことだよな?」
「そうですよ。一年以上前からですよ」
「えぇー」
私はヤケになって、好きになった経緯や、好きだと思いつつ飲み友達をしてたことなんかの全てを彼に話した。
彼は私の独白のような言葉を、驚きつつも真剣な顔で聞いてくれた。
「なるほど、わかった。じゃあ、少し時間をくれないか?」
「え? え?」
てっきりすぐさま振られると思っていた私は、その言葉に理解が追い付かなかった。
彼は壁にかかっている時計に視線を移す。つられて私も時計を見た。午前八時を少し回ったところだ。今日が土曜日でよかった。
「よし、三時間。十一時ちょい過ぎにまた来るな。いったん帰るよ。シャワーも浴びたいし着替えも、な」
「はい?」
コーヒーを飲み干すと「ごちそうさん」と言って、彼はそそくさと私のワンルームを出ていった。私はぽかんとするしかなかった。
十五分くらい経って、我に返った私はとりあえず部屋を片付け始めた。
彼に気を遣わせたことが情けなくて泣けてくる。お互い気の置けない関係だったはずなのに。もう戻れないんだろうな。
あらかた片付け終わったころ、携帯電話が着信を告げる。このメロディは彼からのメッセージだ。
画面には『普段着で待っててくれ』と表示されている。彼の意図がわからないけど、確認する気力もない。その通りにしよう。
シャワーを浴びて、いつも着ているゆったりしたワンピースに袖を通す。化粧は下地だけにしておこう。
時計の針はもう十時半を告げていた。
しばらく待つと、彼がやってきた。
長袖の無地なTシャツにジーンズ。スーツ姿しか見たことがなかったので新鮮だった。飾らない普段着が、彼の素直な性格みたいでなんか嬉しくなった。
「似合うな、それ」
お世辞を言ってくれながら、私に紙箱を渡す。紙箱にはチーズケーキ専門店のシールが貼ってあった。
「チーズケーキ食べたいって言ってたろ?」
「え? ありがとう……」
昨日の夜中、コンビニでチーズケーキがないと文句を言っていたのを覚えてくれていた。
目に涙がにじみつつあるのが自覚できた。私、涙もろすぎる。
「どうぞ」
彼を部屋の中に招き、テーブルを挟んで対面に座る。一応は片付けたから、今朝よりはましになっているはずだ。
「それでな、考えたよ」
彼が口を開いた。言いにくそうに、口調が重々しい。
やっぱり振られるんだ。それなら待たせないでほしかったな。
「よくよく考えるとな、俺もお前のこと好きだったわ」
「へ?」
予想外の回答に思考が止まる。
「歳が歳だし、無意識に女として見ないようにしてたんだと思う。で、告白してもらって驚いて、ちゃんと考えた結果そうなった。ということで、俺と付き合ってほしい」
「え? え?」
彼の言葉を聞いても、まだ理解ができない。
「やっぱり、こんな年上じゃ嫌?」
「いやいやいやいやいやいや、よろしくお願いします!」
私は慌てて、頷いた。たぶんかなり高速で。
なんだ、私の恋は終わってなかったんだ。というか、叶ったんじゃん。
「なんですか、もう、なんなんですかー」
私はよくわからないことを言いながら、笑い声を上げていた。なんだこれ、笑いが止まらない。
「よし、昼飯食いに行こう」
私が落ち着くのを見計らって、彼が声をかける。
「味噌ラーメンが食べたいです」
「お前、味噌ラーメンばっかりだな」
「大好きなんです」
もう我慢はしなくていい。私は彼にしがみついた。
余談だが、彼と付き合い始めたのを仲良しの同期に伝えると
「とっくに付き合ってると思ってた」
と、呆れられた。
告白の日 日諸 畔(ひもろ ほとり) @horihoho
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