第62話・終結
「まだ覚えていてくれたんですかー」
学園長の一部、金色の光の中から、その声は聞こえた。
「色々あり過ぎてー、新しい相棒も手に入れたみたいだからー。私のことなんて、忘れちゃったかと思ってましたー」
「忘れるわけないさ」
あの日。弧亜合格を教えてくれたのは、ココだった。
お節介で図太くて図々しくて気紛れで……でも。
「君は、僕の、コア監視員だよね」
「何を……」
学園長が何か言おうとしたけど、金色の光が強くなってそれを止めた。
「それは、今でも有効?」
「そりゃーそうですよー。私を仕込んだのは
「じゃあ、今僕の考えていることは分かるよね」
「丸岡君?!」
長田先生の不安に歪む声に笑いかけて、そして僕は恐らくココがいるだろう場所を見た。
「協力してくれるかい?」
「難しいですねー」
当然、上手く行くとは思ってなかった。ココは学園長が生み出したコア生物だから。
「でもー」
いつもの調子で、ココは言った。
「丸岡さんがー、私のことを一生覚えていてくれるって約束してるならー。それならー、協力するかもしれませんねー」
「!!」
学園長は目を丸くする。
僕が乗っている長田先生も、一瞬震えた。
「バカなこと言うなよ、ココ」
僕は笑った。
「確かに僕らの繋がりは半年もなかった。だけど、一緒にいた、一番気にかけてくれた相手を、僕が忘れるわけないじゃないか」
「そうですかー」
ココの声は楽し気に聞こえた。
そして、金色の光がぞわぞわとまだらに光る色を押しのけていく。
学園長の胸部の、ちょうど真ん中。
「絶対の絶対ー、死ぬまでー、忘れないでー、下さいねー?」
「忘れないよ。忘れられるものか」
僕は透明のコアを、光の渦の中心に向かって突っ込んだ。
「だって、僕らは、相棒だったんだから」
「ぅあっ!」
もう一度、悲鳴。
透明のコアを、学園長の胸部に直接押し付ける。
「染まりたいんだろ? 染めてやるよ……透明に!」
「やめっ、やめてっ、いやっ」
コアの触れた胸から、学園長の肉体が透明になっていく。
「やっと手に入れた肉体なのに……やっと手にした結果なのに! こんな所で! 旧人類に!」
「君らが新人類となる夢は破れた」
僕は透明に染めるというコアの意思を送り込みながら言った。
「強大化した生き物は、滅びる……それが僕らじゃなくて、君らだったってこと」
「わた……しは……コア……じんるい……の……め……しあ……に……」
透明になった学園長から、光が飛び散る。
それぞれの色になって、四方八方に散っていく。
学園長が無理やりコアを成長させて肉体から追い出して吸収した意識達が、自分の身体に戻っていくんだ。多分、地球のあちこちで。
『私の間違いは正されたのですね』
突然、合成音が聞こえた。
「何、この声」
「羽根さん」
「羽根?!」
まだ人間の姿を取り戻せていない長田先生があちこちを見る。
『ありがとう、丸岡くん』
「羽根さん……これで、終わったんですね?」
『まだ、終わりじゃないわ』
合成音は静かに告げる。
『新しい人類の道をやり直さなければ、同じことはまた起こる』
「どうすれば……?」
『全てのコアを、ナナに命じて、貴方のコアの望みのままに、透明に、そして、無に』
「……って、それって、地球からコアが消えるってことか?」
彼方くんの問いに、羽根さんは、是、と答えた。
『このままコアを残しておけば、人類が成長する限りいずれは誰かが私と同じ結論に辿り着き、同じ結果を導き出す。そして、その時に貴方が、そして透明なコアがあるとは限らない』
「無茶だろそれ。今の人類の研究や実験は、ほぼすべてコアか、対コアとして進んでる。コアが突然なくなれば、インフラにも影響がデカい」
『そこは、人間の可能性に賭けるしかないわね』
「無責任だな」
『私のいない未来だもの』
「なら生き延びて新しい道を示せよ」
『私と言う存在がある限り、人類はコアを諦めない。人造コアの研究すら始まろうとしているのに、唯一残ったコアの繋がったスーパーコンピュータなんて、戦争を起こしてでも勝ち取りたいものよ』
「長田先生は……それでいいですか」
「私は長生きをし過ぎました」
人間の姿も取れない、黒茶の平面の生き物は、そう言った。
「コアがなければ生きていけない身体……見ての通り、もはや人類ですらない。私たちこそ旧人類。コアなき世は、君たちが創るべきです」
「丸岡くん……」
渡良瀬さんが、泣きそうな顔で言った。
「それって、先生も、先生の妹さんも、死んじゃうってことよね……? やだよ、そんなの……」
「死ぬんじゃありません」
平面の黒茶の一部がむくりと伸びあがり、渡良瀬さんの頭を軽く叩いた。
「元に、あるべき姿に戻るだけです。私たちは死にませんよ。本当のことを誰も知る必要はない、ここにいる三人だけが知っていればいい」
「カピパラ……いや、長田」
彼方くんは、ちょっと唇をかんでから、言った。
「散々悪口言って、悪かったな」
「気になさらず。君こそ変わりました。君と丸岡くんを教えられたことは、私の誇りです。渡良瀬さんが死んでほしくないと言ってくれたのは、私にとって一番の喜びでした」
渡良瀬さんの頭に伸びていた平面は、再び地面へ戻る。
『全人類の意識が戻る前に、早く』
「私たちのことは、君たちの胸の中に、収めてください。君たちが覚えていてくれれば、私たちは満足ですから」
一瞬、小さな声が、聞こえたような気がした。
「ずっと、ずーっと、覚えていてくださいー」
「覚えてるよ、ココ」
僕は右手を突き上げた。
「ナナ、最期のお願い、頼めるかな?」
「はい……もしよろしければ」
「ん?」
「わたしのことも、覚えていてくれますか?」
「当然だろ」
ナナは笑って、コアの中に全意識を封じ込めた。
「コアよ、行け! すべてのコアを透明に、無に染め上げろ!」
コアは僕の右手の甲から外れ……巨大化し……無数に分裂した。
学園のあちこちに、そして地球全体に。
渡良瀬さんにも、彼方くんにも、透明なコアの欠片がぶつかり、色を失って、すっと消えていった。
黒茶の平面と化していた長田先生は、地面ににじむように消えた。
研究施設の奥深くに会った緋色のコアも、色を失い、全てのデータとともに消えた。
そうやって、全てのコアが消え……。
◇ ◇ ◇ ◇
「おう、来たか」
壮は僕と瑞希の姿を見つけて、軽く手を挙げた。
「お前らも毎年律儀だな。こんな跡地に来るなんて」
「それを言うなら壮だって」
あの時、学園長と地下研究施設全てを失った弧亜学園は、秘密の研究で全人類のコアを消したのではないかとの疑いをかけられ、国連に全ての研究データなどを没収された。
しかし、肝心なことは、羽根さんは自分の命と一緒に持ち去ってくれたので、残っていたのは動かすコアのないコアコンピュータだけだった。
学校が廃校になって、十年。
更地にされた学園に、僕たちは、一年に一回やってくる。
「人のうわさも七十五日」
瑞希が呟いた。
「弧亜学園が叩かれて、コアがなくなって。人類どうなるかと思ったけど、案外コアがなくても生きていけるものなのね」
跡地に花を置いて、瑞希は呟いた。
「なんだか、あの時のことが、夢みたい……」
「でも、覚えてるだろ?」
こうやって、人類が滅亡を免れた日に、花を手向けにやってくる。
羽根さん。長田先生。学園長。地下にいたコア生物や新人類、そして、ココ、ナナ。
「僕たちが墓場まで持って行けば、それでこの一件は水の泡。もう誰も、コアがあったことなんか思い出さなくなる」
「そうね……」
しばらく僕たちは合掌した。
「飲みにでも行くか?」
「まだ日中だよ?!」
「いいだろが、今日は記念日だ。飲んでいいんだ、俺的に」
「相変わらずね、壮君は」
「はん、そう簡単に変わってたまるかよ」
僕たちは、歩き出した。
だから、気付かなかった。
木陰に、緋色の光を放つ何かが、落ちていたことに……。
完
地味なコア一個しか宿らないと思ったらチートみたいでした 新矢識仁 @niiyashikihito
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