第61話・ラスボス最終形態vs三人と一体

 僕は、金色の鞭を掴んで全力で引っ張った。

 学園長は慌てて鞭を放す。色なき浸食からギリギリで逃れながら、僕を見ていた。

 創造主クリエイターを名乗り、救世主メシアを名乗ったあの余裕の笑みは何処にもない。

 ただ、自分を裏切った者たちに対する恨みがあるだけ。

「くっ、このっ!」

 学園長の行動は読めた。彼方くんの空気弾エア・バレットのように攻撃を仕掛けながら、隙をついて僕からコアを奪い取る。

 だけど、そううまくはいかせない。

 僕は、僕の内から溢れ出す透明コアの力を、空気のように操った。

 学園長が生み出した以上の透明の弾丸を用意して。

「死になさいっ」

「そっちの方だ!」

 同時に金と透明の弾丸の嵐が互いに襲い掛かった。

 透明の弾丸をすり抜けて僕を狙ってきた金色の弾丸は、僕の右肩口や足にぶつかり、血を噴き出させる。

「……痛いね」

 笑って、呟いた。

「でも、分かったから、いいか」

「何が……やられておいて、何が分かったのかしら?」

 もちろん学園長に教える義理はない。ただ、透明に侵食させて力を失う能力は、どうやら無意識の内には出せないらしい。あくまで僕が意識してでないと無理なのか。

 だけど、僕が受けたのは数発。しかもまだ透明コアを狙っている学園長は僕を本気で殺そうとはしていないから絶妙に急所を外してきている。

 アドレナリンが噴出しているのか、痛くも痒くもなく、僕は笑う。

「次の攻撃と行こうか」

 僕は左足を引きずって前に出た。

 学園長を覆う金色の光が、随分と弱くなっている。

「負けない……私たちの力を借りなければ、歴史すら刻めなかったような生き物に、私は負けない……!」

「僕も負けない」

 笑って、言う。

「全人類を背負う気はないけど、何人かの大切な人を助ける為なら、全人類だって救って見せる」

「その全人類が消えたらどうなるでしょうねえっ!」

「丸岡君! こっちに!」

 ケガをしていない左肩を掴んで引っ張ったのは、長田先生だった。

「丸岡っ」

「丸岡くんっ」

「三人とも、動かないで!」

 長田先生は自分の身体を丸めるようになりながら巨大化し、すっぽりと僕らを覆った。

 外で何が起きているのか。

「先生……学園長は今、何を」

「旧人類のコアを集めようとしているんです」

 長田先生の静かな声にも、焦りがにじんでいた。

「世界中の人類についているコアを呼び集め、新たな人類の一部として目覚めさせようとしているんでしょう」

「新たな人類の、?」

「なるほどね」

 僕はすぐに納得がいった。

「学園長がなろうとしているのは、間違いを犯さないために無数の判断装置がついた究極の精神体。世界中の人類の意識を奪えば、そしてその意識を支配下に置けば、間違いを犯さない永遠の支配者と成り得る」

「全人類を支配下に置いたところで間違わないとは思えないけどな」

 彼方くんの言葉に僕は頷いた。

「そこまで追い詰められたってことだけど……」

「だけど、世界中のコアを集めるってことはさ、ゲームで言えばラスボスが、残り一桁のヒットポイントを全回復したってことじゃない?」

 暗い中、僕のコアが放つ光に浮かび上がった渡良瀬さんの顔は、見るまでもなく真っ青。

「全回復どころか攻撃力に防御力もアップさせただろうね。だけど」

 僕は渡良瀬さんに向かって笑いかけた。

「負ける気は、ない」

 それより、と僕は黒い壁を見る。

「長田先生、先生は大丈夫なんですか?」

「私はコア肉体を私の支配下に置いた存在」

 長田先生は少し苦し気で、でも正確に答えてくれた。

「あのがどれだけコアを呼び集めようと、僕の心臓や脳とも同化しているコアは、僕から離れれば死ぬ時だと分かっているから、離れません。結果、こうして君たちをあいつの影響から庇えますが……あいつが完全体になって襲い掛かってきた時、君たちを守ることができるか自信はありませんね」

「それなら大丈夫です」

 渡良瀬さんと彼方くんの顔がこちらを向く。長田先生の意識もこちらを向いていることが分かった。

「今のはラスボスの第一段階、第二段階だった。そして今、最終段階になろうとしている」

「なんか手があるんだな」

「あるよ。君たちが無事でよかった。長田先生がいてくれてよかった。僕一人じゃ相当てこずった」

 そして、僕は作戦をみんなに伝える。

「なるほどな」

「……頑張る」

「その役目は引き受けました」

 その時、地面が揺れた。

「地震?」

「いいや、足踏み」

 僕が呟く。

「先生、地球中の人類の意識を、あいつは取り込んだんでしょう」

「はい」

 ああ、久しぶりに長田先生の「はい」が聞けたな。最初に聞いた時はバカにされてるんじゃないかって思ったっけ……。

「じゃあ、いよいよ、ラストバトルだ。作戦通り宜しく」


 次の瞬間、パッと暗闇が消え、あの時と変わらない距離で、全身に無数の色をまとわせた学園長がいた。

「随分前衛的になっちまったな」

「まだらですね」

「もう……私は、間違いを犯さない」

 学園長……無数の色の集まりは、明らかに僕たち四人を狙っていた。

「私が……最終存在となる」

「その色で妹を語らないでほしいですね!」

「行くぞ渡良瀬っ」

「分かってる!」

 渡良瀬さんは、限界ギリギリまで、他者鎮静化の光をたくさんたくさん生み出した。

 危機において、精神や肉体は時に実力以上の結果をもたらす。それはどんな生き物でも同じこと。

 渡良瀬さんの力を、彼方くんは空気弾エア・バレットの先端につけて、様々に軌道を変えて打ち出した。

「ゥア……ア……」

 明らかに、まだらに染まった光が色を失っていく。

 他者鎮静化とは、僕の透明コアに近い能力だった。色を一時的に奪うことで相手の力を弱める。そんな彼女と僕が、そしてそれを弾丸の先に乗せて撃ちだせる彼方くんとが、受験で出会ったのは偶然か?

 あるいは学園長が何か企んだのかもしれないけど、助かった。

 これで、随分色を削れる。

 僕は長田先生の背中らしき所に捕まって、光の弾丸を受けて悶える学園長のすぐ近くまで進攻していた。

「ナナ!」

(はい!)

 今の僕には分かる。透明なコアが、全てを透明にしたいという欲望を持っていること。

 上手く手綱を取って長田先生にその力を向けないようにしながら、僕は右手を伸ばす。

 透明なコアが見える。

 学園長を取り巻くは、それが必要なものだと判断して手を伸ばしてくる。

 でも、触れる度、色が怯えて遠ざかっていく。

「いいのかしらねぇっ?!」

 学園長の狂喜に満ちた笑みが、そのまだらの顔に妙に映えた。

「この光は貴方達と同じ人間、光が消えればその人間も死んだことになる! ふふ、まあ同士討ちが当たり前の最低種族だから、脅しにもならないかもだけどっ!」

 言いながら、学園長は手を伸ばす。僕の透明コアを手に入れるために。

「あなたの中にいる全員が、あなたに従っているとは思えない」

 そして、僕は呼んだ。

「ココ」

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