第60話・歴史の天秤
その時。分かった。
羽根さんが僕のコアとナナに仕掛けたからくり。
コア
そして、それが今この時、目覚めたということは。
「羽根さんはどうしても伝えたかったんだ……お兄さんに」
呟いて、僕は、金色の光を掻き消した。
「え?」
まだ海馬さん……いや僕にとっては長田先生……は金色の拘束から逃れられていない。だから僕は、そうした。
僕のコアで。
金色の光がすべて、消える。
「まさか……」
「何故……何故、絶望しないの……? こんなに素晴らしい私たちを前に、何故敗北を認めない……?」
喉を絞められていたので喋るのがちょっと苦しい。
だけど、僕は笑えた。
目論見が外れた
「羽根さんは君が思うより、君が予想していたより、ずっと頭がよかったんだ」
(そうですね、仁さん)
小さな声が、頭の中に響く。
(
頭の中に刻まれた記憶が教えてくれる。
どんな生命でも、増え、力を増せば、その数と力で母なる大地を滅ぼすことになる。
だから、増えすぎた生命を糧とする天敵が必ず現れる。
人類にとって、それは蝗であったり獣であったり同じ人類であったりした。長く続けて腐りかけた生命は、必ず新たな生命に取って代わられる。それが生命の理。
だけど、決してそれは残酷な生存競争の果てに滅ぼされたわけではない。
生命の過渡期に、天敵の形を取った何かが現れている。
それは地球が送り込んだ最後の希望なのか、あるいは絶望の源なのかは分からない。けれど、生命と新生命の狭間にいる天秤の役割を持った何かがどちらに世界を明け渡すかを決めると、背かれた方はゆっくりと滅亡の路を辿り、受け継いだ方は少しずつ世界に広がり始める。
本来は今回の生存競争の天秤は、誰も知らない所で生まれ、誰も知らないささやかな判断で地球の未来は決まっているはずだった。だけど、羽根さんは演算の結果、今の勢いでコア人類が増えれば、必ずこれという形を持った天秤が、コアを増やし続ける
それがどんな力を持っているかは分からない。ただ、人とコアの関係から、特殊なコアとそれに選ばれたヒトが天秤となるだろうと。
それを知った緋色は、学園を強化させ、特殊なコアの持ち主を集められるようにコア監視員を増やした。天秤は必ず、特殊な形を持って自分たちの前に現れる。
そして、僕が現れた。
透明なコアを持ち、それが役立たずだと嘆きながら受験会場へ向かっていた僕が天秤だと、
その結果、できるのは、コア意識の制御だと羽根さんは判断した。
透明……色がないが故に、他のコアの代わりができる。
自分がコア生命体の
だけど、判断するのは僕だとも。
だから、
コアの力で少しずつ成長していった僕を。
そして、僕が絶望したその時が、コア生命体が地球に取って代わるその時だと知った学園長は、地下施設に僕を案内する気になった。
だって、こんなに素晴らしい生命体を前に、旧人類が敗北を感じずにいられるだろうかと言う、まるで子供みたいな考えで。
「新人類……新人類ね」
僕は学園長に笑みを向けた。
「でも、人類に違いない。実際に学園長は間違いを犯した」
大きな誤算。
学園長は、羽根さんの計算結果を最後まで聞かなかった。
羽根さんが隠そうとしていたのもあるけど、所詮自分に寄生して生きている生物が、裏でいくら画策しても、自分の目からは逃れられないだろうという、なんとも人間らしい思考回路で。
「僕って言う天秤が、人間の側に傾いたら、学園長は僕をどうする気だった?」
「もちろん、抹消するわ」
笑みを取り戻して学園長が僕を見る。
「なら、人間の側に傾いた天秤は、人間を救うために、何ができると思う?」
僕は軽く後ろに回した手で、下がれと合図した。渡良瀬さんと彼方くんと長田先生に。
長田先生はすぐに気付き、異形としか呼べない肉体で、それでも渡良瀬さんと彼方くんを庇いながら、じり、じりと下がる。
学園長は気付かない。
どんな優秀な生命体だったとしても、間違いを犯さないなんてことはない。
だから僕もまた、笑う。
彼方くんが教えてくれたように。
そして、実行に移す。
ココが言ってくれたように。
「天秤を人類に傾けるなら……絶望を味わわせる方法は、いくらでもあるのよ?」
「あなたにとっての絶望かも知れないよ、学園長」
「子供が、いい気になって!」
(ナナ、行くよ)
(はい!)
僕は右手を突き出した。
ナナがコアの中で動く。
僕のコアの意識を目覚めさせるために。
生命の天秤、歴史の秤はこう思っている。
染まる。あるいは、染める。
その意思を、染まる、ではなく、染める、方に。
ナナが紡ぎ出したコアの力を、僕は、金色の光が固体化した鞭を受け止めた。
しゅうっ。
「な……に……? 消えた……?」
学園長が呆然とする。
透明なコアが染めるのは何色?
即ち……透明。
透明になってしまったコアは、能力を失う。色を素に力を発揮するコアは、色を失ったその時、存在理由を失う。
それが、羽根さんが出した結論だった。
だから、ナナを創った。透明なコアの情報は嫌でも手に入るから、そのコア周波数を読み取り、それに合わせた透明なコア生物を。染まりたい、染めたいという相反する意識が傾いた時、人間がそれを操れるように。
そして、ナナも意識していない本能の部分で透明コアを求めるようにして、僕の下に送り出し、役に立たないと言って追い返し、僕のコアと同化させた。
すべては、この一瞬の時。
「透明……透明になったら……ダメよ、私たちの力は色から生み出されているのに……」
こうなったらと、学園長は吠えた。
「貴方を殺して、旧人類を全て入れ替える!」
◇ ◇ ◇ ◇
金の光が仁に襲い掛かっては消える様を見て、海馬は呆然としていた。
あれが、妹が送り出した、人類の希望。
透明なコアの持ち主で、恐らく妹を名乗る学園長が狙っている彼が自分の所に来た時、自分は彼を試した。
実直なまでについてきた仁。
彼は自信も度胸もなかったけど、妹と正反対の存在だった。
羽根は、何かの為に誰かを犠牲にできた。
仁は、誰かの為に何かをしたかった。
そんな彼の訓練をするうち、彼が何となく嵐の中心間際にいる存在だと分かってきた。
しかし本人は気付いてない様子で、一生懸命頑張って……壮の考え方を変え、風紀委員として活動し、精一杯前へ進もうとしていた。
まさか、鍵だとは思わなかったけれど。
異形の自分にしか、鍵の仕事は回って来ないと思ってたのに。
考えて、海馬は苦笑した。
馬鹿なことを。
人類の未来を変えるのは、人類しかいないというのに。
自分はもはや、あちら側の人間だというのに。
「へっ、決まったな」
小さな声に、海馬が問いかけた。
「何が、だい? 彼方君」
「勝負の行方さ」
壮は、笑っていた。
「ケンカは、笑った方が勝ちなんだ」
そう、仁は微笑みながら
「学園長は笑えてない。丸岡は笑ってる。つまりは、そう言うことなんだよ」
「そう、か」
七十年の決着。
自分が追いかけてきたそれが、目の前で、つけられようとしている……。
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