第59話・伝言

「行けぇええええええ!」

 壮は空気弾エア・バレットを連打する。海馬に教わったように、全身で集中して、千鶴を狙う。

 その弾丸の間を、海馬は姿を変えながら走った。

 まるでアメーバが動く時のように、形を変え、弾丸の通り道を作り、その合間に、千鶴に接近して、変形した拳を一度に十回、叩き込んだ。

「やるわねえ。さすがはお兄様」

「君は私の妹じゃない」

 人外の形相と化し、海馬は攻撃を続けながら言った。

「君は、人類の敵だ」

「まだそんなことを言っているの? 私たち新人類に敵などない。あるとすれば、コアと旧人類の狭間にいる貴方だけ。だから、この場で貴方を殺す」

「なるほど、私が鍵か」

 金色の光を削りながら、海馬は叫ぶ。

「ならば! 私が! 貴女を! 滅ぼす!」

「自分が鍵だなんて、思いあがっているから、攻撃が仕掛けられるのね」

 憐れむように千鶴は言った。

「貴方は危険人物だけど、私たちコア全体に危険をもたらす者じゃない。危険をもたらすとしたら……」

 壮の連射と海馬の連撃を金色の光で受け止めつつ、千鶴は軽く首を振った。

「いいえ、だから私は彼をあそこに送り込んだのよ。そして、私の想像通りなら、彼はもう絶望して……」

「誰が絶望しているって?」

 一瞬海馬が攻撃を止め、壮がそちらを見た。

 その一瞬、光を発して海馬を弾き飛ばし、千鶴は振り返る。

「丸岡君……」


     ◇     ◇     ◇     ◇


「どうやってここまで来たの?」

 心底不思議そうに声をかけてくる学園長に、僕は軽く笑った。

「コア監視員と同化するために、地下研究所との繋がりを全部切ったでしょう? 残念ながら、あそこにいるみんな、貴方と縁を切りたがっていたから、僕を上へあげてくれた」

「みんな……?」

 海馬がぽつりと呟く。

「ああ、なるほど。人間のままでいるのもコア生物になるのも嫌だという半端者が、貴方をここまで導いたのね」

「半端者にしたのは学園長でしょう」

「学園長ではないわ。私はコアにとっての」

「コアにとっては救世主メシアだろうけど、僕たちにとっては殺し屋だ」

 僕は右手を引いて、笑った。

「だから、学園長。あなたを倒す」

「倒せるわけないでしょう?」

「やってみないと分かりませんよね」

「分かってるわ」

 学園長の笑みに、僕もまた、笑みを浮かべる。反吐が出そうなほど最悪な生き物を相手に。

「新人類の救世主メシアに、旧人類である貴方が勝てるかしら」

「まだあなたは救世主メシアにはなっていない」

 僕は笑う。

「学園長が救世主メシア未満なら、僕は旧人類……いや、現人類の救世主メシアだと、羽根さんは言ってくれた」

「羽根?」

 人間の形を留めていないが、言った。

「羽根は、生きている?」

 ああ……長田先生。あなたが海馬さんだったんだ。

 妹を探し求めて、ずっとこの学園にいたお兄さん。

 人間の形を失いながらも、名を変え顔を変え姿を変え、学園に居続けた人。

「丸岡君……羽根は、妹は、何処に?!」

「研究施設に。あのエレベーターでしか行けない地下研究施設に、肉体を奪われた人間と、人間と入れ替わったコア人類と、羽根さんを組み込んだコアコンピュータが」

「羽根……そうですか」

 海馬さんの声が沈む。

「真っ当な姿で生き延びてはいないだろうと思ってはいましたが……」

「緋色、と呼ばれていました」

 一瞬、僕の顔から笑みが消えた。

「彼女が一番愛していたコアと入れ替わって」

「そうですか……」

「あらあら、そこまで教えちゃうの?」

 学園長の声が飛んできた。

「それじゃあ、貴方達を何とかするしかないじゃない」

 笑みを含んだ声。

「渡良瀬さんと彼方くんは助けるんでしょう?」

 僕も笑い返した。

「旧人類との約束を破るような卑怯な真似、新時代の救世主メシアとなる学園長ができるわけないんですもんね」

「そうだけど、貴方は別よ?」

「分かってますよ。でも、このまま人類滅亡していくのに、僕たちだけ生き残っちゃっても仕方ないでしょう?」

「あら。じゃあ大人しく死んでくれる?」

「違うでしょう? あなたは僕を殺さない。羽根さんが言っていた。僕のコアは鍵だって」

「あら、緋色ってば、余計なことを」

「緋色は羽根さんじゃなくてあなたでしょう?」

「今は彼女が緋色だから」

 僕は即座に色をコピーした。

 ナナが同化したことによる、二色同時コピー。

 海馬さんのコアはコピーできない。本来の黒茶のコアが、全身に行き渡っているし、本来は肉体強化ではなく肉体変貌である海馬さんのコアをコピーして僕に操り切れるかって言う不安もある。

 だから、白藍色と桜色を。

「行くぞ!」

 僕は空気の塊である空気弾エア・バレットを、少し変えて放った。

 白い光が立て続けに飛んでいく。

「あら、嫌らしい攻撃」

 学園長は本気で避けた。旧人類にはありえない程素早い勢いで。

「やっぱり、渡良瀬さんの他者強制鎮静化は厄介なんですね?」

 僕の向けた笑みに、ほんの少し、学園長は嫌そうな顔をした。

「二色をコピーするだけでなく、組み合わせて使うなんて、なかなかやるじゃない。今のうちに、そのコアを、取り込みたいわ」

「一つ聞きたいんですけど」

「なぁに?」

「僕の透明なコアは、何の役に立つんです?」

「透明とは、即ち、どんな色にも染まること」

 優雅に学園長が笑むのに、僕も笑い返す。

「反抗するコアと入れ替えて、私がコアの救世主メシアとなる」

 ふと、僕はナナに聞いたことを思い出した。

 染まる……染める。

 染まるとは、学園長が言ったように、反抗するコアと入れ替えること。

 なら、染めるとは?

 ふと、僕の頭に何かが引っかかった。

 羽根さんの言った、鍵とはこれか。

 でも、今一つはっきりしない。

 まだ、そこに辿り着くまでに扉がいくつかあるようだ。

 そこに辿り着くまで、時間を稼ぐしかない。

「反抗するコアがいるんなら、コアの集合意識の救世主メシアになんてなれないんじゃないですか?」

「その為の貴方の透明コアだもの」

「僕の透明コアが大人しく言うことを聞くでしょうか」

「聞かせるわ」

 学園長は嬉しそうに笑う。

がその結果を出した時、私は動き出すべきだと思った。透明なコアとそのコア主を見つけ出し、私に逆らえないようにして、この意識の中に取り込む。そうすれば、コアの活性化もより大きくなる。結果、私はコアの救世主メシアとなりうる」

 次の瞬間、金色の繊維のようなものが紡がれて僕と海馬さんを捕えた。

「確かに貴方達は強いわ。緋色のコア研究で肉体変貌を可能としたお兄様。コピーした二色のコアを組み合わせて攻撃ができる丸岡君。でもね、救世主メシアには勝てないのよ」

 糸が喉を絞めあげる。気絶させる気か。海馬さんも肉体を動かして金色の糸から逃れようとしているけど、到底逃げきれない。

 その時、僕は伝言を思い出した。

 研究所を去り際に、羽根さんが託した言葉。

「海馬……長田、せんせぇっ」

 僕は喉を絞められながら、何とか声を出した。

「羽根さんからの……伝言です……」

「丸岡、君……?」

「とてもとても後悔したと……それだけを伝えてって……」

 その時。

 脳の一部が弾けたような気がした。

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