第58話・最終戦争の始まり

 元人間のコア生物たちに見送られて、僕はエレベーターに乗り込む。

 ハルマゲドン、或いはラグナロク。人類はコアに滅ぼされようとしている。

 最後の鍵は弱くて情けないこの僕。

 羽根さんの言うことが確かなら、ナナ……羽根さんがこの事態の為に創り出したコア色のないコア生物と、僕の中に、鍵があるという。

 人類を救うか、見捨てるの選択権は僕にあるという。

 そう言えば。

 コアに意思があるなら、当然僕のこの透明コアにも意思があるはずだ。

 僕のコアはどう思っているのか。

「ナナ」

「はい?」

「君は僕のコアに同化しているんだよね。その時、コア本来の意識は何を思っていたの?」

「その……」

ナナは一瞬ためらう素振りを見せたけど、事がここまで進んでは黙っていても仕方がないと思ったのだろう。口を開いた。

「仁さんのコアには、緋色のようなはっきりした自己主張はありませんでした」

「自己主張が、ない?」

「はい。大抵のコアが、この人間と入れ替わりたいという願いを持っています。だけど、仁さんのコアは、そんなことを考えていませんでした。敢えて言うなら……」

 ナナは少し考えて、答える。

「染まるか、染めるか」

「染まるか、染める?」

 染まる、は何となく分かる。他の人のコアに染まって同じ技を繰り出すのだから、何か他の色に染まりたいと思っているんだろう。

 だけど、染める、って。

 透明だから染めようがないのに、僕のコアは何かを染めたいと思っているんだろうか?

「このコアは、単に激レアな色ってだけじゃないのかい?」

「はい、創造主クリエイターの研究では、旧人類と新人類の交代が本格化する時期に、透明なコアとその持ち主が現れる、と予測されていました。ただ……私には創造主クリエイターのお考えなんて分からないので、どういう意味かは分かりませんけど……」

「多分、その意味と使い方が、羽根さんがコアに刻み込んだ記憶の奥底にあるはずだ」

 僕はナナに聞いた。

「それを、呼び出せない?」

「ごめんなさい……わたしは一介のコア生物に過ぎないんです……。仁さんは脳みそを持っていて体中に指示を出しているけど、意識してやってはいないでしょう? 私も……コアの一部だけど、一心同体と言うわけじゃないから、コアの奥深くに創造主クリエイターが仕込んだ鍵を見つけようと思ったら、それこそ自分の意識が溶けてしまうほど同化しないと……あ、でも」

「でも?」

創造主クリエイターは、きっと必要な時に鍵を使えるようにしてあると思います。仁さんが救世主メシアを名乗るコア集合体と対峙した時、その刹那、全てを解錠するように」

「やって見なくちゃ、分からない、ってことか」

「……はい」

 小さな音を立てて、エレベーターが開いた。

 学校棟最上階。

 僕はエレベーターを降り、学園長の姿を探そうとして……。

 立ち止まった。

「一先輩……八雲委員長……」

 鬱金色と紫色のコア結晶。

 僕を気にかけてくれた二人の先輩。

「お知合い……なんですね」

「うん、二人とも」

 僕は唇をかんだ。

「僕の大事な先輩だ」

 そして、風が吹き込むと思ったら、奥のガラス張りの部屋の、強化ガラスであろう透明な板が粉々に砕かれていた。

 まず、誰が割った?

 ガラスの欠片は部屋の内側に向かって砕けている。外部からの影響だ。だけど、この部屋のこの高さじゃ、乗り物かミサイルでもないとこのガラスは砕けない。

「お兄様、ですね」

「お兄様?」

創造主クリエイターのお兄様です」

そう言えば、記憶の中にその顔があった。

 美丘海馬。羽根さんの兄。

 送り込まれた記憶の、その部分をはっきりさせる。

 肉体を、細胞レベルで扱えるようになったコア主。

「でも、七十年前だろう? どうやって……」

創造主クリエイターが言っていました」

 ナナは砕けたガラスの間から外に出たり入ったりしながら言った。

「肉体を細胞レベルで操れるということは、肉体の老いを操れることにもなるって」

「つまり……老衰はないってこと?」

「……はい」

 七十年以上生きて、老いていない。

 もしこの結果が知られたら、どれだけの騒動が巻き起こるか。

「海馬様は、ずっと創造主クリエイターと連絡を取ろうとしていました。救世主メシアの正体を見抜いて、本当の妹である創造主クリエイターに、何とかして会えないものかと。細胞を操り外見を変えて、七十年この学校にいたと言います。創造主クリエイター御自身も、何とか連絡を取れないかと試行錯誤してたみたいです。でも、救世主メシアに阻まれて、結局お二人は会えないまま、事態はここまで進んでしまいました……」

「外見が変わっただけじゃ、学園長の目には誤魔化せなかったってことか」

「はい……救世主メシアは海馬様のコア周波数を記憶してましたので、細胞を組み替えようと細胞の一つ一つにまで浸透したコアの周波数を変えられなかった海馬様は、救世主メシアを出し抜けませんでした……」

「その海馬さんも、コア結晶に?」

「……いいえ、今の海馬様は、肉体がほぼコア化した特殊な存在。コア結晶が人間の意思で動いている状態です。だからこそ、ここからあのお二人を助けられた……」

 渡良瀬さん。彼方くん。

「海馬さんが二人を助けてここから飛び降りた?」

「コアの気配は、そうなっています。人間の気配自体が仁さんと壮さんと瑞希さんと、海馬様しかいないから、その軌跡ははっきりと分かります」

「じゃあ、君は追える? 美丘海馬さんのコアの気配を。今その三人が何処にいるかを」

「下です」

 ナナは下を見下ろした。

「南東の、研究施設。随分前に閉鎖された場所」

「よし、降りよう。ナナ、ついてきて」

 エレベーターに乗る僕にナナがついてきて、再び下へ……今度は地上へと向かった。


     ◇     ◇     ◇     ◇


「ごきげんよう、お兄様」

 その声に、直治……海馬は二人を背にして千鶴と対峙した。

 まるで絵に描いた神仏のように、金色の光をまとってやって来た千鶴に、海馬は軽く目を細めた。

「生憎、君のような悪趣味な妹がいた覚えはないんですけど」

「ええ、でも、貴方を実験体として使ってコアの可能性を切り開いた残酷で冷酷な妹はいらしたわよね?」

「まあ、いましたね」

 海馬は手を伸ばす。

「それでも、この肉体がなければ、七十年君を見張ることができなかったのですから、結果オーライということで」

「妹の実験で人外になって、よくもまあそんなことが言えたこと」

「人外?」

「それに、私を探るために生徒にコア監視員の情報を伝えたのも貴方。残酷な女の兄はやっぱり残酷ね。自分を慕う可愛い生徒を偵察に使うなんて。何人、私の所へ送って来たの?」

「それこそ、お互い様、というものですよ」

 海馬の声も一段と冷たくなる。

「君がコア結晶化した中に、君を慕う可愛い生徒や君を尊敬する有能な研究者が大勢いたはず。それらを全員切り捨てられるほど、私は残酷にはなりきれなかった」

「邪魔者は消す。それが美丘羽根のポリシーだったわよね、お兄様?」

「その伝で言えば君も変わらないでしょう、学園長殿。何人、記憶消去・追放して……その後、姿も形も見えなくなった者がいたんです?」

「くっそ、バケモノばばあが」

 壮はコアを使おうとするが、海馬が止めた。

「なんでだよ!」

「今の彼女を見なさい」

 黄金の光を放つ女を顎でしゃくって、海馬は言った。

「コア監視員がいなくなったのは気付いていましたね?」

「……そう言えば」

「あの光はコア監視員の意識。彼女はそれを取り込んで、何かになろうとしている」

「だから、その前に……!」

「あのコア監視員の塊を削らないと、あの女に攻撃は当たらない」

「相変わらず勘が鋭い事。それとも長生きして身につけた知恵?」

 海馬の腕がぐぅんと伸びた。

 拳は千鶴を狙っている。

 だけど、まるでバリアのような金色の光に阻まれた。

「残念ねえ、旧人類の攻撃など、私には効かなくてよ」

「旧人類、ね。私たちが旧人類として、君は一体何者なんです?」

「私は救世主メシア。新たな世界を創るもの」

「戯言をっ」

 海馬の腕が幾つにも分かれて、その先から空気弾エア・バレットに似た何かを放った。

 金色の光がいくらか散らされる。

「あら、いやだ。私を削るだなんて」

「やはり、そうですか」

 海馬は呟く。

「妹の最後の研究は、一つの身体に二つ以上の意識を宿して判断を間違わないようにすること。妹の研究を受け継ぐ貴方は、意思を持ったコア生物と同化することによってそれを実現しようとしている」

「まだ、鍵は揃ってないけど、日本と言う国をコア結晶化することならできるわ」

 千鶴は朗らかに笑った。

「その二人は約束だから助けるけどね」

「先生……!」

 海馬が庇う瑞希が震えた声を出す。

「大丈夫。彼女は君たち二人に手を出す気はない。だから」

 ……全力で攻撃してください。

 言い残して、海馬は一気に千鶴との距離を詰めた。

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