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 季節は巡り巡るもので、高校二年生を名乗れるのも残り僅か。その余命は二週間ほど。


 春休みを終えた向こう側に待っているのは、大学受験。それが本格的に顔を出し始める。


 わたしが目指すのはここから一番近い国立大学。簡単な受験なんかでは決してない。花の女子高生最後の一年は、夏休み、冬休みなんてものはないに等しいのだ。


 ないが、わたしの成績はかなり優秀なものとなっている。それこそ通知表の写真を、思わず親に送ってしまうほどに。去年は送らなかったくせに、まさに現金な行為である。


 成績アップの裏にあるのは自助努力だけではない。


 素晴らしい交友関係にこそ、その真の理由がある。


 話を遡るのなら、亡き隣人の形見分けだ。


 隣人の両親はパソコン周りに詳しくない。なので持て余すだろうからと、使える物があれば形見分けで貰って欲しいと言われたのだ。あの日渡したタブレット、それだけで自分たちは十分だと。


 それならばと、折角なので色々と引き継がせて貰った。パソコンやモニターだけではなく、机、チェア、最新タブレットなどなど。これだけの物を頂いて本当にいいのかと思うほどに、形見分けをさせてもらった。


 それだけの物だ。一人で運び出すのは大変かなと覚悟はしたが、中村さんが手伝いに来てくれた。こちらから頼んだのではなく、パソコンとか色々と引き継ぐ旨を伝えたら、一人じゃ大変だろうと申し出てくれたのだ。


 女子高生の一人暮らし。中村さんなら間違いはないだろうと思ったが、彼女さんは大丈夫なのかと聞くと、連れて行くから大丈夫だとの返事がきた。なんというか、細やかな気遣いが流石である。


 そうして中村さんの彼女さんと顔を合わせることとなったのだが、女のわたしですらハッとするような、まさに自慢したくなる美人であった。ネトゲ廃人であった中村さんも、そりゃあ人生失敗したと思うだろうし、死にもの狂いで勉強もするはずだと納得した。


 中村さんの彼女さん、カナさんと仲良くなれたこともあり、今までにない横の繋がりが一気に広がるようになった。直接カナさんに勉強を見てもらっているわけではないが、紹介の紹介の紹介と重なった先で、受験に向けてのノウハウや勉強会など、有意義な学力向上に図れる場を享受できるようになったのだ。


 人の縁というものは凄い物である。始まりはアダルトゲームを女子高生にやらせてくる、変人だと思っていたオタク青年。それからもたらされた縁を、一つ二つと繋がっていった先で、当時からは考えられないレベルの人たちと繋がれた。


 これをわらしべ長者なんて言葉では例えたくない。元カレを失ったのは構わないが、その先で一つ命が失われているのだ。だからここは、残してくれたものと例えさせてもらおう。


 一方、マンガやアニメについては、めっきり見なくなってしまった。


 つまらなくなった、というわけではないのだが。語る相手がいなくなり、張り合いがなくなった意味合いが強い。勉強もあるし、しばらくはいいかなとなったのだ。


 だからといってまた、ドラマやバラエティなど見るようになったわけではない。そういう意味ではニュースを見るとき以外、テレビはつけなくなってしまった。


 大学受験を控えているのだ。むしろそのくらいが丁度いい。


 高校の友人たちは、テレビの話についていけなくなったくらいでは見捨てない。むしろ受験勉強のことを考えると仕方ない。むしろ一年目が惨憺たる成績だったので、このくらい頑張らないと受からない、と気迫として受け取ってくれた。


 そうやって勉強に力に力を入れているわたしだが、なにも起きてから寝るまでの時間、それら全てを勉強に費やしているわけではない。


 マンガやアニメは見ない。テレビはつけない。ネットの海に潜っているわけでもない。


 ではなにをやっているかと言うと、かつて目指したものを、趣味程度に始めたのだ。


 小説を書き始めたのだ。


 今のわたしには、それで将来作家になりたいなんて夢はもうない。


 ただある日、書きたいものが出来ただけ。


 そうしてコツコツと書き始めて、早四ヶ月。


 一応形となり、かつてのような酷い破綻はない。


 それなりに上手く纏まっているが、ちょっと展開が唐突だし、最後のオチが弱いな……と思ったりしたのだがしょうがない。


 元ネタの実話ありきの小説だ。


 処女作とは言わずとも、初めてまともに完成した作品。だから勉強の片手間で書いてるだけで、出来上がったとも言える。


 これを賞に投稿することはない。


 かといって自己満足に書いて読んで終わりにしたいわけでもない。


 書いたからには誰かに見て欲しいという、承認欲求くらいはある。


 だからわたしは今、かつて軽くみて、甘くみた小説サイトに投稿しようとしている。


 そして投稿直前にして、二つほど決めかねて悩んでいるものがある。


「あーあ、どうしよっかなー」


 一つはジャンル選択である。


 この作品は文芸なんて高尚なものではない。かといってコメディでもない。ヒューマンドラマが妥当なのはわかるのだけど……


「いや……わかってるんだけどさ」


 ぶつくさと独り言を口にする。


 わたしは別に迷っていない。悩んでいるだけだ。


 とあるジャンルを選択することに。


 元ネタ在りきなものだけに、これをそのジャンルに選択する、最後のクリックができないでいるのだ。


 かれこれもう、三十分もである。


「あー、もう! わかったわよ! 特別だからね! そういうことにしておいてあげるわ!」


 一人暮らしの一人きり。


 周りに誰もいないというのに、言い訳するかのように叫んだ。


 そうやってヤケクソ気味に、ようやくそのジャンルを選択した。


 振り返ってみて、実はそんな想いはあったかも、と考えたからではない。生まれる余地はあったかもと認めたくなかっただけ。そういうことにさせてほしい。


 それだけの悩みだ。


 ある意味の踏ん切りはこうしてついた。


 だからもう一つのほうは、踏ん切りだけじゃいかないものだった。


「タイトル……どうしようかな」


 こればかりはしっかりと、納得いくものを考えなければならない。


 ずっと悩み続けてきたこの問題は、とりあえずは仮タイトルだけはつけていた。ファイル名にそれを添えて書き続けてきたが、結局最後まで決まっていない。


 悩みに悩み抜いた結果、投稿直前になれば閃くのでは、と思ったがそんなことは全然なかった。


「もういっそ、このまま投稿しよっかな」


 賞に投稿したいわけでもなければ、人を釣るようなタイトルで呼び込みたいわけではない。


 ただ、この作品に相応しいタイトルが思い浮かばないだけ。


 タイトルは後でも変えられるらしいし。


 趣味で投稿するネット小説だ、気軽にやればいい。


 問題は、一度SNSで反響を受けたネタであること。


 個人の特定に繋がらないよう色々と脚色したが、あのネタを知る者は、すぐに同じ話だと気づくだろう。


 パクリだ、死者への冒涜だと炎上する可能性もあるが、そのときはそれでいい。


 これは自己満足に近い形で書いたもの。


 人を勝手にネタにしたのだから、その逆を行われても文句は言えないぞと。


『だが、趣味程度に始めるのなら悪くはない。書きたいものがあって、書かずにいられない。そんな熱量があるのなら、我慢する必要なんてないと思うぞ』


 そんな言葉を思い出して書いたものだ。


 炎上しても言い訳せず、書き捨てる感じで投稿すればいい。


「そう考えたら、タイトルなんてこる必要ないか」


 むしろこれ以上に相応しいタイトルはない。


 一度そう決めたら後は早く、思い切りよく投稿したのだった。


 新着小説から、ちゃんと投稿されているか確認した。即時更新というわけではなかったようなので、すぐに反映されることはない。


 そうやって更新ボタンを何度も押していく内に、そのタイトルはちゃんと一番上に載っていた。


『自殺を止めてきたオタク青年の話。そのまま隣人にオタクへ染められた話。そんな彼が死んだ話。(仮)』

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自殺を止めてきたオタク青年の話。そのまま隣人にオタクへ染められた話。そんな彼が死んだ話。(仮) 二上圭@じたこよ発売中 @kei_0120

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