22
季節は巡り巡るもので、高校二年生を名乗れるのも残り僅か。その余命は二週間ほど。
春休みを終えた向こう側に待っているのは、大学受験。それが本格的に顔を出し始める。
わたしが目指すのはここから一番近い国立大学。簡単な受験なんかでは決してない。花の女子高生最後の一年は、夏休み、冬休みなんてものはないに等しいのだ。
ないが、わたしの成績はかなり優秀なものとなっている。それこそ通知表の写真を、思わず親に送ってしまうほどに。去年は送らなかったくせに、まさに現金な行為である。
成績アップの裏にあるのは自助努力だけではない。
素晴らしい交友関係にこそ、その真の理由がある。
話を遡るのなら、亡き隣人の形見分けだ。
隣人の両親はパソコン周りに詳しくない。なので持て余すだろうからと、使える物があれば形見分けで貰って欲しいと言われたのだ。あの日渡したタブレット、それだけで自分たちは十分だと。
それならばと、折角なので色々と引き継がせて貰った。パソコンやモニターだけではなく、机、チェア、最新タブレットなどなど。これだけの物を頂いて本当にいいのかと思うほどに、形見分けをさせてもらった。
それだけの物だ。一人で運び出すのは大変かなと覚悟はしたが、中村さんが手伝いに来てくれた。こちらから頼んだのではなく、パソコンとか色々と引き継ぐ旨を伝えたら、一人じゃ大変だろうと申し出てくれたのだ。
女子高生の一人暮らし。中村さんなら間違いはないだろうと思ったが、彼女さんは大丈夫なのかと聞くと、連れて行くから大丈夫だとの返事がきた。なんというか、細やかな気遣いが流石である。
そうして中村さんの彼女さんと顔を合わせることとなったのだが、女のわたしですらハッとするような、まさに自慢したくなる美人であった。ネトゲ廃人であった中村さんも、そりゃあ人生失敗したと思うだろうし、死にもの狂いで勉強もするはずだと納得した。
中村さんの彼女さん、カナさんと仲良くなれたこともあり、今までにない横の繋がりが一気に広がるようになった。直接カナさんに勉強を見てもらっているわけではないが、紹介の紹介の紹介と重なった先で、受験に向けてのノウハウや勉強会など、有意義な学力向上に図れる場を享受できるようになったのだ。
人の縁というものは凄い物である。始まりはアダルトゲームを女子高生にやらせてくる、変人だと思っていたオタク青年。それからもたらされた縁を、一つ二つと繋がっていった先で、当時からは考えられないレベルの人たちと繋がれた。
これをわらしべ長者なんて言葉では例えたくない。元カレを失ったのは構わないが、その先で一つ命が失われているのだ。だからここは、残してくれたものと例えさせてもらおう。
一方、マンガやアニメについては、めっきり見なくなってしまった。
つまらなくなった、というわけではないのだが。語る相手がいなくなり、張り合いがなくなった意味合いが強い。勉強もあるし、しばらくはいいかなとなったのだ。
だからといってまた、ドラマやバラエティなど見るようになったわけではない。そういう意味ではニュースを見るとき以外、テレビはつけなくなってしまった。
大学受験を控えているのだ。むしろそのくらいが丁度いい。
高校の友人たちは、テレビの話についていけなくなったくらいでは見捨てない。むしろ受験勉強のことを考えると仕方ない。むしろ一年目が惨憺たる成績だったので、このくらい頑張らないと受からない、と気迫として受け取ってくれた。
そうやって勉強に力に力を入れているわたしだが、なにも起きてから寝るまでの時間、それら全てを勉強に費やしているわけではない。
マンガやアニメは見ない。テレビはつけない。ネットの海に潜っているわけでもない。
ではなにをやっているかと言うと、かつて目指したものを、趣味程度に始めたのだ。
小説を書き始めたのだ。
今のわたしには、それで将来作家になりたいなんて夢はもうない。
ただある日、書きたいものが出来ただけ。
そうしてコツコツと書き始めて、早四ヶ月。
一応形となり、かつてのような酷い破綻はない。
それなりに上手く纏まっているが、ちょっと展開が唐突だし、最後のオチが弱いな……と思ったりしたのだがしょうがない。
元ネタの実話ありきの小説だ。
処女作とは言わずとも、初めてまともに完成した作品。だから勉強の片手間で書いてるだけで、出来上がったとも言える。
これを賞に投稿することはない。
かといって自己満足に書いて読んで終わりにしたいわけでもない。
書いたからには誰かに見て欲しいという、承認欲求くらいはある。
だからわたしは今、かつて軽くみて、甘くみた小説サイトに投稿しようとしている。
そして投稿直前にして、二つほど決めかねて悩んでいるものがある。
「あーあ、どうしよっかなー」
一つはジャンル選択である。
この作品は文芸なんて高尚なものではない。かといってコメディでもない。ヒューマンドラマが妥当なのはわかるのだけど……
「いや……わかってるんだけどさ」
ぶつくさと独り言を口にする。
わたしは別に迷っていない。悩んでいるだけだ。
とあるジャンルを選択することに。
元ネタ在りきなものだけに、これをそのジャンルに選択する、最後のクリックができないでいるのだ。
かれこれもう、三十分もである。
「あー、もう! わかったわよ! 特別だからね! そういうことにしておいてあげるわ!」
一人暮らしの一人きり。
周りに誰もいないというのに、言い訳するかのように叫んだ。
そうやってヤケクソ気味に、ようやくそのジャンルを選択した。
振り返ってみて、実はそんな想いはあったかも、と考えたからではない。生まれる余地はあったかもと認めたくなかっただけ。そういうことにさせてほしい。
それだけの悩みだ。
ある意味の踏ん切りはこうしてついた。
だからもう一つのほうは、踏ん切りだけじゃいかないものだった。
「タイトル……どうしようかな」
こればかりはしっかりと、納得いくものを考えなければならない。
ずっと悩み続けてきたこの問題は、とりあえずは仮タイトルだけはつけていた。ファイル名にそれを添えて書き続けてきたが、結局最後まで決まっていない。
悩みに悩み抜いた結果、投稿直前になれば閃くのでは、と思ったがそんなことは全然なかった。
「もういっそ、このまま投稿しよっかな」
賞に投稿したいわけでもなければ、人を釣るようなタイトルで呼び込みたいわけではない。
ただ、この作品に相応しいタイトルが思い浮かばないだけ。
タイトルは後でも変えられるらしいし。
趣味で投稿するネット小説だ、気軽にやればいい。
問題は、一度SNSで反響を受けたネタであること。
個人の特定に繋がらないよう色々と脚色したが、あのネタを知る者は、すぐに同じ話だと気づくだろう。
パクリだ、死者への冒涜だと炎上する可能性もあるが、そのときはそれでいい。
これは自己満足に近い形で書いたもの。
人を勝手にネタにしたのだから、その逆を行われても文句は言えないぞと。
『だが、趣味程度に始めるのなら悪くはない。書きたいものがあって、書かずにいられない。そんな熱量があるのなら、我慢する必要なんてないと思うぞ』
そんな言葉を思い出して書いたものだ。
炎上しても言い訳せず、書き捨てる感じで投稿すればいい。
「そう考えたら、タイトルなんてこる必要ないか」
むしろこれ以上に相応しいタイトルはない。
一度そう決めたら後は早く、思い切りよく投稿したのだった。
新着小説から、ちゃんと投稿されているか確認した。即時更新というわけではなかったようなので、すぐに反映されることはない。
そうやって更新ボタンを何度も押していく内に、そのタイトルはちゃんと一番上に載っていた。
『自殺を止めてきたオタク青年の話。そのまま隣人にオタクへ染められた話。そんな彼が死んだ話。(仮)』
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