第20話 最終回 復活したのね。
エバは歩き続けた。
彼女はまだ赤い貫頭衣を着ていたが、それはぼろぼろになっていた。
地上はどこまでも廃墟が続いていた。
言葉を話す者は自分だけだった。
蛇はたくさんいたが、蛇人は皆無になっていた。
蛇たちはネズミや虫を口で捕まえて食べていた。腕は萎縮し、ほとんど消えかかっていて、全身が一本の長い筒のようになっている。それがくねくねと動いている。
商店には缶詰や缶ジュースが残っていることがあった。エバはそれを食べ、飲んだ。蛇に変化したものたちは缶詰には見向きもしない。彼らの手はほぼなくなっていて、缶詰は開けられない。
ときどき黒い雨が降った。
それが灰色の雪になったとき、蛇たちは姿を見せなくなった。死んだのかもしれないし、地中に潜って冬眠したのかもしれない。
灰色に濁った雪が積もった。核の冬が到来したのだ。
エバはそれでも歩き続けた。
彼女は不老不死だ。
水が手に入らなくなり、雪を食べた。放射能に汚染された雪だが、気にしなかった。
ひたすらに歩き続けた。
たぶん旧エデンアダム復活国領から出て、旧パピルス人民共和国領に辿り着いていると思う。
大地は一面雪に覆われて、道はない。
深い雪。この雪は当分解けそうにない。蛇は滅びるだろう、と思った。小さな哺乳類がかろうじて活動しているのを見ることがあった。
眠くなったら、雪の上で寝た。
起きたら、歩いた。
何のために歩いているのかわからないが、エバは歩みを止めなかった。
エデンに着いたとしても、何もかも雪に埋もれているだろう。
それでも彼女は西へ西へと歩き続けた。
何か月も歩いた。
ずっと冬が続いていた。
雪が止むことはあっても、光が差すことはなく、雪が解けることはなかった。
高台が見えた。雪に覆われた高台だった。
あれはエデンだと確信して、エバは雪から脚を抜きながら、ゆっくりと向かって行った。
赤い貫頭衣はすでに風に飛ばされて、彼女は裸になっていた。寒かったが、凍死することはない。
高台に人影が見えた。
最初は見まちがいかと思ったが、そうではなかった。
人影を目標に歩いた。
高台に登り、顔がわかるほど近づいた。
それはアダムだった。
二十歳ぐらいに見える若々しい裸のアダムだった。
「待っていたよ」と彼は言った。
「復活したのね」とエバは言った。
「蛇人の歴史は誤った歴史だった。本来なら、きみが知恵の樹の実を食べ、僕にも食べさせて、人類が地上に拡散するはずだった」
「私はりんごを食べなかった。あなたも」
「そうだ。蛇が食べた。それで、蛇人の奇妙な歴史が始まった。神が予定していた歴史ではなかった」
雪が降り、エバとアダムの脚を埋めていった。彼らはときどき脚を雪から抜いた。
「僕は歴史をやり直すために復活した。僕ときみとで人類の歴史を始めよう。神は言われた。産めよ、増やせよ、地に満ちよ。今度はまともな歴史だよ」
エバは雪を食べた。
「気が進まないわね。また何度も戦争を繰り返すだけよ。そして核戦争で滅びる」
「蛇たちと僕たちの子孫はちがう。核戦争なんてしない」
「同じよ。きっとするわ」
エバは遠くを見た。
地平線の彼方まで雪景色が続いている。
また歴史を繰り返すのだと思って、憂鬱だった。
エバとアダムと蛇 みらいつりびと @miraituribito
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます