第9話 重ねキャベツ

ある町のある道にある、古びたレストラン「キャベツ」。

「聞いてくださいよ、成田さん」

店に入るやいなや困り顔の店員に捕まってしまった。

「僕、ストーカーされているんです」

「ストーカー?」

成田は店員の話に耳を傾けながら、いつもの席に着いた。

「はい、家が金持ちで美人で慎ましやかで華道が得意な女子高生です」

「なんだ。ストーカーに詳しいな?」

「本人からの手紙にそう書いてあるんです」

「困りました……」と呟きながら、店員はお冷とおしぼりを用意し、オーダーを取った。

成田はメニューを品定めし、「重ねキャベツ定食」を注文した。

「店の前の電信柱から隠れずに見ています」

「ずいぶんとオープンなストーキングだな」

お世辞にもキレイとは言えない窓なので、パーカーの袖で拭いてから外を見てみれば、確かに若い女性が電信柱を背にこちらを見ていた。よくよく見れば、かなり整った顔をしている。

「ふーん、でも良かったっじゃん」

「何が」

店員が訝しげな顔を成田に向けた。

「美人系で金持ちで女子高生で金持ちで何よりもお前をこんなにも好きだと言ってくれる女性がいて」

「いろいろな方向でやらしいなアンタ」

店員はさも「興味ありません」という顔をしてみせた。

「なんなら成田さんが口説いてみればいいじゃないですか」

「いや、やめとくよ。俺、彼女いるし」

見ると、店員がポカンとした顔で自分を見ている。

「その顔で!?」

「オイコラ、どういう意味だ!」

抗議する成田を軽くいなし、店員はため息をついた。

「店の前で張り込むくらいなら食べにくればいいのに」

言い終えるやいなや、店のドアが勢いよく開いた。

見れば、件のストーカー女子高生が息を切らして入ってきた。

黒くて艶のある長い髪をササッと手櫛で整え、

「お、お、おすすめをお願いいたしますわ!」

「おい、店員。店を調べたほうがいい。盗聴されてるぞ」


===


ストーカー女子高生は成田の真ん前の席に着いた。

なぜ他のテーブルに着かないのだろう……。

「えーと、君……」

「財前寺夜菊(ざいぜんじよるぎく)ですわ!」

「夜菊さん。うん。古風な名前だね」

若干引いてる成田をよそに、夜菊は店員に向き合い、熱っぽい視線を送った。

「おすすめを一つ、お願いいたしますわ!」

「はい、Aランチとキャベツジュースですね」

「少々お待ちください~」と店員は店の奥に引っ込んだ。


「…………」

「…………」


沈黙。

気まずい空気が二人を包んだ。

「……あの」

最初に沈黙を破ったのは成田だった。

「夜菊さんは、あの店員さんのどういうところを好きになったの?」

「佐渡貴明(さどたかあき)様。26歳。北海道出身。御実家は工務店。ご両親健在。兄が一人。最終学歴は東京大学工学部建築学科。大学時代は射撃部に属しており、第一種銃猟免許、わな猟免許持ち。こちらの店に就職する前はコンビニ、警備員のバイトなどをしており、散弾銃を構える姿がとっっっても素敵ですわ」

「作者が少しずつ書くつもりだったプロフィールを一気に言ったね」

夜菊はふんっとふんぞり返り、

「アナタよりも貴明様のことを存じ上げておりますわ。成田空光」

「あ、俺のことも調べてあるんだ」

「当然ですわ!」

そう言いながら、夜菊は懐から書類を取り出し、

「成田空光、27歳。愛知県出身。実家はパセリ農家。兄が一人、弟が一人。イラストレーターの仕事の傍ら、様々なアルバイトをこなす。絵の仕事は少なく――」

「それ以上はやめてくれ。死んでしまう」

成田はしくしくと痛む胃をさすりながら懇願した。

「アナタに言っておかねばならないことがあります」

夜菊はキッと成田を睨み、

「アナタは貴明様の御友人にはふさわしくありません!」

ビシッと成田に指をさした。

「それなのに、アナタは毎週3日以上、貴明様と食事をして会話を楽しんで」

テーブルに両手をつき、叫ぶ。

「すっっっごく羨ましいですわーーー!!」

「嫉妬か」


===


そんなやりとりをしているうちに、料理が運ばれてきた。

「お、旨そう♪」

成田は運ばれてきた重ねキャベツ定食に舌鼓を打った。

一方、Aランチの夜菊は、

「お、美味しいですわ……ウッ」

「無理すんな。そのパン固くて食うの大変だろ」

傍らにいた店員は「う~ん」と唸り、

「じゃあ、オーブンでパンを温めなおしましょうか?」

「俺のときにもそうしてくれたら良かったのに」


チ―――ン(温まりました♪)


「美味しいですわ!このパン!」

夜菊は温まったパンに噛り付き、その美味しさに感動した。

「ベーカリー宮本のパンは美味しいんです」

店員は新しく水を注ぎながら頷いた。

「前に食べたメロンパンも美味しかったなぁ(第6章『ホットサンド』参照)」

重ねキャベツ定食を食べ終えた成田はじゅるりとよだれを垂れながら思い出していた。

この男はとにかくよく食べる。底なしの胃袋であった。

「あんぱんも甘すぎず美味しいんですよ」

と店員がすかさず薦める。

「あんぱんいいなぁ。あ、今度こそ食パン買いたいな」

「それなら買ってきた食パンでまたホットサンド作りましょうか?」

「いいねぇ。サンドイッチもたべたいなぁ」


キャッキャウフフ♪


「う~~~~~~」

唸り声が聞こえると思いきや、夜菊がぷくぅっと頬を膨らませていた。

「また2人で仲良く会話をして! ズルいですわぁ!」

怒り心頭と、バンッとテーブルを叩いた。

「ふえ~ん、私だって貴明様とおしゃべりしたいのに~」

怒っていた思えば、今度は泣き出した。忙しい少女である。

「じゃあ、おしゃべりしましょうか」

「ふえ?」

「うちの店で食事をしてくれたら、いくらでもおしゃべりできますよ」

店員で提案に夜菊は瞳を輝かせた。

「ま、毎日来ますわよ!?」

「いいですよ。毎日来てください」

店員はニッコリと微笑んだ(営業スマイル)。

約束を取り付けたことに満足した夜菊は、「明日、絶対来ますわ~!」と

言って素直に帰っていった。

こうしてレストランに常連が一人増えた。


===


「顧客ゲット」

店員は「イエイ♪」とピースサインをした。

「ところで盗聴の件は?」

「あ」

すっかり忘れていたらしい。まあ、明日も来るのだから問題はない。

成田は夜菊に言われたことを思い出していた。


(友達にふさわしくない、か……)


「ところで俺たちってさ……」

「はい?」

「……いや何でもないや」

「ごちそうさま」と会計を済ませて、成田は帰っていった。

(俺たちって……)









(友達、なのかなぁ?)

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レストランキャベツ みやぎん @miyagin

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