よく当たる占い師の話
高村 芳
よく当たる占い師の話
「あ、」
「え?」
ショッピングモール二階の東トイレの前の『占い横町』で、ユキエは濃紫のベールをまとっている目の前の人物を凝視した。彼女の水晶にかざされていた両手がピタリと止まったからだ。その水晶に反射する蛍光灯の光と、眉がひそめられた占い師の顔を交互に見ながら、ユキエは一抹の不安にさいなまれた。
「あ、って何です? 何か見えたんですか?」
ユキエは近くのオフィスビルに勤める派遣社員だ。仕事終わりに、ここ一ヶ月昼食を節約してきたお金で、よく当たるという噂の占い師のもとを訪れている。ユキエと同世代くらいに見える占い師の切れ長の目が、多少焦りを含んでいるように見える。
「……あなたと一生添い遂げることになる、運命の人が見えます」
「ホホホントですかっ!?」
ユキエが勢いよく立ち上がったせいで、椅子が大きな音を立てて倒れた。後ろを歩いていた通行人は驚き避けた。慌ててユキエは椅子を戻して座りなおすと、占い師は冷静に答える。
「ええ、私の占いは当たりますから」
「そう聞いたから来たんです。私の友人もあなたに恋愛運を占ってもらって、トントン拍子で結婚までしちゃったんですもん。私、本当に男運なくて。この間別れた彼氏にも、二股されてたんです。恋愛なんてもうこりごり、って毎回思うんですけど、気がついたら恋しちゃうんですよね……」
ユキエは時間が過ぎるのも忘れて、自分の恋愛遍歴を事細かに話し続けた。占い師は好きになった人間のことを一生懸命に語るユキエの話に口を挟まず、静かに耳を傾けていた。おじさん、ギャンブル好き、ダメ男。そしてつい最近別れた二股男の話が終わったところで、ユキエはハッとして腕時計を見た。すでに指定されていた時間が少し過ぎてしまっていた。
「ごめんなさい、時間オーバーしてましたね」
「いえいえ、今日はもう他のお客様もいらっしゃらなかったので、大丈夫ですよ。初回サービスです」
占い師なのに優しく接客してくれる彼女のギャップにユキエは笑いそうになった。ユキエはお礼を言って、料金を支払う。手短に支度をととのえ席を立つと、占い師はお辞儀するユキエに向かって柔らかな声をかける。
「あなたのような素敵な女性であれば、すぐに相手は見つかります。自信を持ってくださいね」
占い師の口元を隠す布の下で、微笑みが透けて見えた。ユキエはその気遣いの一言に、少し心が軽くなったような気がした。
「また迷ったら、ここに相談に来てもいいですか?」
「あなたが迷うことがあれば、いつでもいらしてください」
ユキエはもう一度頭を下げてから、ショッピングモールの片隅から駆けだしていった。
それからユキエは、時折占い師の元に顔を出すようになった。最近中途入社してきた男性は運命の人か、今度参加するコンパに運命の人が来るか、などなど、心当たりのある出会いをすべて占い師に占ってもらうためだった。そのたび占い師はユキエの話を聞き、占い、アドバイスをする。ユキエはそのアドバイスに従い行動するが、彼氏ができることはなかった。
そして、ユキエが占い師の元に初めて訪れたあの日から、三ヶ月が経った。
「……なんでこうなったんだろう?」
ユキエは柔らかな太ももに頭を預けて、仰向きに寝転んで呟いた。ユキエの視線の先には、ショッピングモールの占い師――ミカが微笑んでいる。ミカは濃紺のマニキュアの上に、ラメをのせてから息を吹きかけていた。占い師のマニキュアはパステルカラー厳禁で、黒とか濃紺とか、暗い色を使った方が力を秘めているように見えるのだ、と言っていた。
「何が?」
「まさか相談していた占い師が、自分の運命の人だと思わないでしょ」
毎週のように相談にのってもらっていた占い師の膝枕を堪能しながら、ユキエは目の前のミカの顔を見つめた。今までベールで隠されていた顔が、ユキエの目の前にあった。ミカは口端を上げていたずらっ子のような表情を浮かべている。
「私の占いはよく当たるらしいから、ね」
ユキエは悔しかった。今思えば、私たちが恋に落ちることをあのときのミカはすべてわかっていたのだ。確かに、ミカに励まされた三ヶ月間はとても楽しかったし、ミカと過ごすひとときは今まで付き合った人たちの中でも一番に心地よかった。ミカが運命の人だと言われると、納得がいった。
「ン~……見えます」
ミカはふざけて占い師のときの口調で目をつむって言う。
「何が見えるのよ?」
「あなたが明日、楽しそうに私とデートしている姿が見えます」
その一言がまた悔しく、ユキエはミカの膝の上で頬を膨らませた。
了
よく当たる占い師の話 高村 芳 @yo4_taka6ra
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