殿下は、幼馴染で許嫁の没落令嬢と婚約破棄したいようです。
和泉鷹央
泥沼恋愛事情
……あれ? どうしてこうなった?
それが私、グラブル男爵家第一令嬢フェイの最初の心の声でした。
目前には殿下と思しき人物と、もう一人は誰だろう?
王宮の侍女の制服を身にまとっているところを見ると、奴隷か、それともまだ若い貴族令嬢が行儀見習いとして王宮に上がったのかもしれません。
とにかく、なんともはや言いようがない光景でした。
「あのー殿下? ラスティン? 第三王子様?」
「すまなかったあああああ――――――っ!!!!」
「あの、ちょっと耳が痛い」
「許してくれ、俺が悪いのではないのだ、このシンシアがぁッ!」
「……俺を誘惑した、とでも言われるおつもりですか? この期に及んで??」
「……え?」
土下座という文化は我がナーブリー王国には存在しません。
よくて片膝をつき、丸めた拳でもって大地に這いつくばるようにする。それがこの国での最大限の謝罪を示す行為です。
相手はこの王国の王位継承者の一人、ラスティン王子。一応、第三王子かな? このまま兄王や弟たちとの政権争いに負けずに、このままいければですが未来は何となく明るくないように思います。彼の隣りで事態が理解できず、しかし、伏せるのだ! そんな王子の一言により彼と同じく謝罪の意を示しているのは――誰でしょう?
「そちらの御令嬢」
「彼女はサンダース侯爵第三令嬢アナスタシア様……だ、我が妻よ……」
アナスタシア? シンシアどこに行きやがりました、第三王子様?
「へっ!? 王子妃……様? 嘘っそんな、だって殿下、まだ未婚だって――」
「ええいうるさい、頭の足らぬ名前だけが立派な商売女は黙っていろっ!!」
「そんな――殿下、ひどい……商売女だなんて……」
あらら、そこまで言うことないですよね、我が婚約者様?
私も初耳です。いつ、貴方の妻になったのやら……ここは、アナスタシアとの縁を切るために利用しようとしてるな、このダメ王子。
そんな予見がしました。
「殿下、少しお黙りになって下さいません?」
「あ、ああ我が妻よ。それでお前の怒りが収まるなら――そうしよう」
「はい、収まるかはこれから次第ですけど。ねえ、アナスタシア様? どうして殿下とこんなところでキスばかりか――私の目の前でセックスにまで至ろうとしていたのかしら?」
「ひっ、それは――誤解でございます……奥様」
「だって、そんなに乱れたスカートに、下着まで。それ一人で後ろの腰ひもまで締めてこの場所を出ていけるの? 見つかったら、あなた。周りの侍女たちから国王陛下に至るまで報告があがるとは思わなくて?」
「そんな……もし……」
「もし? そうなれば、まあ、私の機嫌一つかしら。打ち首で済めばいいかもしれないわね。実家は断絶、一族郎党斬首になれば私の気もおさまるかしら。ねえ、殿下?」
その問いかけにラスティン王子の背中がまるで猫のように総毛だって震え上がるのが見て取れたので、脅しはまあまあ効果を奏したのかなと思ってみる。
誰もこんな悪女? の真似なんてしたくないの。
特に殿下が浮気して手を出したはいいものの、身分の差をわきまえずに正室や側室になりたいと言い出した令嬢の前で私のことを『妻』、なんて呼び都合のいい浮気相手を追い出す口実にされるには飽きて来た。
「そそっ、そうかもしれないな。一族郎党とまではやりすぎではないのか、妻よ?」
「あら? 殿下の御前でその女の首をはねるように申し付けますわよ? まだ若い女の血を飲めば不老長寿に効果的だとか。いまこの場ではねられてはいかがですか? フェイは殿下の妻として見てみたい」
「ひっ、そそそっそんな……首をはねるなど、お許しを、どうかお許しください。殿下から言い出したんです、自分には妻がいないから、ずっと好きなように遊ばせてやる。だから、その身体を――」
「アナスタシア!? 裏切り者っ!」
あ、出た。
これが真相ですか、殿下。
やっぱりあなたから始めてらしたんですね。これまで通りだわ。
本当に懲りない人。
「おだまりさい、あなた?」
「あ、いやだがっ!」
「お黙りなさい。何なら、あなたがその女の首を打ちますか? その腰にもつ、木の一本すらも倒せない弱っちいその腕で? 恥をかきますよ?」
そう言ったらラスティン王子、さすがに怒りを見せたものの、私がウインク一つしたら黙ってしまった。
いつものように上手く収めて差し上げますから。そんな意味のそれを見ると、殿下は黙ってしまうのだ。
「おいきなさい、アナスタシア。今回は許してあげる。二度目はないわよ?」
「ありがとうございます。王子妃様、ありがとうございます」
例を告げるどころか、脱兎のごとく逃げ出した彼女は、この春先の花が満開に咲き誇る東のテラスからさっさと姿を消してしまった。
いつも通りの茶番劇、いつも通りの私の世間での評価が悪女となるに相応しい脅しの結果がこれだ。
「さて、殿下。いつもは殿下がこれ見よがしにやってきましたけど、それは王宮の外のお話。ここは王宮の中のお話」
「ひいいっ!?」
私は彼に歩み寄るとその腰から一本の長剣を引き抜き、殿下の喉元へ刃を逆さにして押し付けた。
冷たい金属の感触が、その罪悪感でほてった肉体にはさぞや心地よいことだろう。
「では、お話頂きましょうか? どうしてこうなったかを?」
私、グラブル男爵第一令嬢フェイ、十六歳。
また、婚儀が消えていきそうな春先の話でした。
☆
殿下を床に正座させ、何か嘘を言っていると判断すればその皮一枚薄くそぎ落としますよ、と喉ものには先ほどの剣がぎらりとまだ吸ったことの無い人の生き血を吸いたいと? その刀身を煌めかせる午後の優雅なひと時。
私は殿下の前でバルコニーに腰かけて、はあ……と大きなため息を一つ。
「そもそも、私との婚約破棄を望む理由は何でしたっけ?」
問いかけながら、何故かテーブルの上に用意されていたお菓子や紅茶などのティーセットから、お菓子を一つまみ頂き、口元に運んでパリパリ。
あーいい小麦粉使ってるなあ。貧乏な実家に持って帰りたいくらい。
「お前の――家が……」
「我がグラブル男爵家が何か?」
「その男爵家が貧乏だからだ!」
「……だって仕方ないじゃないですか。このナーブリー王国ができる以前から我が家はこの土地の一領主として過ごしてきただけで。なにも贅沢をしたいわけでなし、いまでも質実剛健に生きております。ほら、このように殿下は使えない剣も槍も弓矢に馬術だって。扱えますわ?」
「だから……苦手なんだ。この戦争が終わって三世紀。男ですらも剣なんて握ろうとしないのに、なんで今更こんな筋肉女……」
筋肉女? その一言がなんとなく気に障ったので、すっと剣先をうっすらと移動させてやることに。
途端、女性のような嬌声が室内に響きました。叫び声はあまりにうるさいし、みすぼらしいので割愛します。
「血がっ!? ぼくの陶磁器よりも美しいと言われたこの肌がああっ!!」
「浮気を正当化するような発言をなされるからです。ああ、今回は婦女子を馬鹿にされるからですわ。言葉は暴力とその心に刻みこみあそばせ、殿下」
「お前なあ、フェイ!? こんなことをしてただで済むと思うのか!??」
「いいえ全く、髪の毛先ほどにも思っていません。この場で殿下と自害しようかと、そう思っております」
「……自害、だと?」
そしてさあっと血の気が引いていくラスティンの顔面はあっという間に真っ青に。
瞳の綺麗な青いサファイアのような色と良くお似合いでした。
「まあ、極論ですけど。殿下が浮気なされようとどれだけ他に女を作られようとそんなことは私には関係ありません。殿下は王族なのですから。正妃が誰で、側妃が誰で、妾が誰か。その区別をきちんとしていただければ文句はないのです。まあ、ありますけど、そこは我慢しましょう。約束通り、このフェイを第一王子妃にして頂けるなら」
「嫌だ! 俺は貧乏くさいお前が嫌いだ。父上は古き血が入ると喜んでいらっしゃるが、それなら兄上たちに任せればいい。俺は御免被る!」
「そうは言っても……ねえ? まだ婚約者ですから、その間に殿下が働いた不貞に関してはきちんと補填していただかなければ。世間様が許さないかと思われますけど?」
「王子がその言葉で許可をだして婚約破棄をしたいと願っているのに、それでも許されないのか!?」
あーやっぱり。
この王子様、というか世にいる貴族令息というのはこんなにも馬鹿なのでしょうか?
婚約というのは個人レベルではなく、家と家で行うもの。
そこに王子だの、婚約者だのの意思なんてありはしないのに。
でも、殿下が婚約破棄したいと言われるならば――頂けるものは頂きましょう。ええ、そうしましょう。
「そうですねえ、では、殿下がきちんとした態度を以て国王陛下と我が家の父上に挨拶に来られてはどうかと?」
「そっ、それはどのような!?」
「殿下、お考えになるのめんどくさいでしょう? それにあのアナスタシア? 彼女、あそこの影からずっとあなたを見ていますよ? まだ愛は冷めていないのでは?」
「……アナスタシア! 俺のアナスタシア……お前だけが真実の愛を知る女……アナスタシア……」
えっと。
このくだりめんどくさいんで飛ばします。
何となくイラつきすぎました。すいません。
結果。
殿下のこれまでの浮気の数々と、殿下自身が私を『妻』と公言して王国に恥をかかせた数々の愚行を列挙し、叔父様――国王陛下に直訴致しました。
というよりは、結納の件で呼ばれていたのでこの後にすべてをぶちまけただけなのですが。
国王陛下は烈火の如くお怒りになるも、これを世間に向かって公表するのはさすがに、王国としての恥になってしまう。
どうにか私の気のすむようにできないか、そんなご質問をいただきましたので、私はありとあらゆる許されるであろう我がままを申してみました。
殿下の浮気相手の財産や土地の一部を接収し、我が男爵家に寄進すること、それができない貴族からは幾つかの保有している爵位を譲ること、それも難しければ――息子や娘を使用人として我が家に寄越すこと。
殿下のもっていた財産の半分を私の実家名義とすること。
これで王都や国内外にあった王族の資産の二割程度が、我が男爵家のものとなりました。
殿下からは王位継承権をはく奪、アナスタシアと結婚させ、我が男爵家の執事として生涯をもって奉仕させることに。
そして――
「実は陛下。第三王子ラスティン様との婚儀を取りやめにして頂けるのでしたら……」
「そうしたらどうなる?」
「実は僕が婚約を申し込みたいと思います」
そう言葉も高らかに宣言してくれたのは――第四王子クレイモア。
ラスティンとは双子の弟で、容姿は瓜二つなのに性格は真反対のまさしく紳士。
王族にしておくにはもったいないほどの……将来は明るいだろうと誰もが噂する美丈夫。
でも、第三王位継承者までしか用意しないとの王国の法律で彼はもうすぐ、隣国に近い飛び地へと封じられるところだった。
いい意味での出世。悪い意味での島流し。
「クレイ、お前が? しかし、行先はもう変えれないぞ?」
「陛下、お願いがございます」
「フェイ申してみよ」
「第三王子ラスティンを我が男爵家の家令としたのちは、全権を移譲して飛び地の管理監督に当たらせてはいかが、かと。魔族に竜族、その他蛮族の跋扈する土地ですが……ラスティンなら必ずやって除けてくれるはずです!」
「……父親としては息子にそのような暗い未来を与えるのは忍びないが……よかろう、ラスティンや。壮健に暮すが良い」
「ちっ、父上――――っ!!」
これが、ナーブリー王国第三王子ラスティンの叫んだ王国本土での最後の言葉となった。
ラスティンはそれからしばらくして、アナスタシアと共に飛び地に移動。魔族だの竜族だのと何とかうまくやりながら、息子が生まれたらしい。
悪人はしぶといというけど、まさしくその通りだ。
私は第四王子クレイモアとめでたく結婚。
彼の智謀はあくどい私をなんとかいさめようとして、その都度、夫婦喧嘩になるけど私は彼が大好きだからいつもでもデレて許してしまう。それに、クレイモア――は私のような銭ゲバ女よりもよほどかしこかった。
王位継承者である第一、第二王子をさっさと下して、数年後には国王になってしまった。
私?
私は二男三女に恵まれ、世間からは第三王子ラスティンを追い出した恐るべき銭ゲバ女、なにもかも奪い取った借金取り? なんて言われながら元気に暮らしています。
さて、子供たちもそろそろ手がかからなくなってきたから――今度はラスティンが苦戦しているらしい、竜族との対決に乗り出しますかねー?
幼馴染で銭ゲバな許嫁の没落令嬢と婚約破棄してもっと爵位の高い貴族令嬢と結婚したい王子様の泥沼なお話。
でした!
殿下は、幼馴染で許嫁の没落令嬢と婚約破棄したいようです。 和泉鷹央 @merouitadori
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