死神草子

@ayumi78

死神草子

出ていた月が雲に隠れて、ぼんやりと輝いている。

ビルの屋上、こんな真夜中、他に人影もない。

溜息をつきながら、フェンスの外を眺める。

よじ登ろうとした瞬間、頭の上から声がした。

「何してんの?飛び降りるつもりなんか?やめとけやめとけ、痛いだけやで」

からかうような口調。

「頼むから、ボクらの仕事増やさんといてくれるかなあ?今めっちゃ忙しいねん。」

見上げると、そこには少年がいた。浮いている。

大きな鎌の柄に腰掛けるようにして……

「あれ?ボクの事、もしかして見えてる?んで、もしかして声もきこえてる?」

頷くと、「あー、そうかー、バレてたかー。たまにいてんねんな、ボクらの声聞こえて、おまけに姿も見える人間」

呆気にとられた。

「そ。ボクは死神。って言うても下っ端。どっちか言うたら、人間が無闇矢鱈と死にたがるのを引き止める係」

どういう事だ?からかわれているのか?もう遺書も書いてきた。未練なんかない。だからこんな奴と

「話す事もない、か?」

目の前に降りてきた「死神」は、ニヤリと笑うと、

「これ位、すぐに分かんねん。下っ端やいうても、キャリアはそれなりに積んでるからな」と吐き捨てた。

そして話し始めた。今、あちらは本当に大変らしい。病気や災害で亡くなる人はともかくとして、

「殺人やら戦争やらで、ほんまにたっくさんの人が押し寄せて」

「賽の河原なんか、子供のたまり場になってるわ。虐待された子もいっぱい居てる」

「あ、お空の上も、今あっぷあっぷしてるらしいで。人が押し寄せてな」

「で、あんたみたいに」急に顔を覗き込んで

「自分で【死ぬ】奴らもいる」

ドキリ、とした。

「あんた、ほんまに未練ないんか?それ、本心か?」

急に足が震えだした。未練はない、筈だ。筈だが……

「ほらな。覚悟もないなら、はよ帰り。ボクも安心や」

覚悟があったら、あんたは?

「そら、連れて帰る。見てみ」

よく見ると、鎌の柄に虫かごのような物がぶら下がっており、中で青白い火の玉がひしめき合っていた。

「ほんまは連れて帰りたないねん。ほんまやで。こいつら一人ぼっちって思ってるみたいやけど、ほんまは沢山の人が泣いてるんやから」

死神が、そこまで言うのか……

「あんたが死んでも、その原因になったやつらは、どうせ笑うだけや。で、他の子を狙って追い詰める。その繰り返しや」

「あ、死にたいって思うのは自由や。それは止めへん。けど、」

けれど?

「……その先はあんた自身が考えたらいい。ボクはもう止めへんから」

直後、「死神」は消えた。本当にいたのだろうか?それとも私の幻覚だろうか?

気がつくと、空が白み始めていた。一晩、私はこんな所で、一体何をしていたんだろう?

……何だかスッキリした気がする。

暫くは生きてみよう。

深呼吸した。朝方の爽やかな空気が身体を駆け巡る。

今日は土曜日、このまま帰って寝よう。

ありがとう、変な「死神」。

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