第三章

第6話

腹を裂けば、溢れ出るのは虹色の甘い血液と完成された菓子…顔のほとんどが溶けた砂糖猫は、ごぽごぽと口から糖液のあぶくとキャンディやチョコレートを大量に吐き出し。

やがてどろりと、全身が融解した。

大量に広がる虹色の血溜まりには、砂糖猫の残骸のように残された衣服と、菓子がいくつも転がる。菓子類が水分を吸うことはない。シュガーに感染した砂糖猫が姿を変えた菓子は、どれもこれも美味しそうだった。

…彼にはそうは見えない。

ブルーノにとってその菓子らは、吐き気がするほど嫌な物だ。

ずるずると長い袖の内側に虹色の触手を仕舞い、袖越しに糖液溜まりに転がる菓子を恐る恐る拾い、鞄に詰め込む。

ゼリービーンズ、マカロン、チョコレート、キャンディ…クッキー、ラングドシャ、リーフパイ、フロランタン。

上々の収穫はブルーノにとっては最悪な結果だった。菓子が上出来であるほど、シュガー感染者は幸福な砂糖猫だったと知り、菓子の量が多ければ多いほど、それだけ砂糖猫を殺したということだ。

…シュガーの原因が何かはわからない。彷徨う屍のように歩き回るシュガー感染者の砂糖猫がどこから来たのかは、身内などが居ない限り不明。いつどこで患ったのかも不明だ。

ブルーノも自身も、自らの体に起こったシュガーという異変が、どこから感染したものかは記憶にない…その過去の記憶すら、一部は曖昧だ。昔の自分を深く思い出そうとすると、口内が甘くなりえずきそうになる。

だから思い出さない。そんな甘ったるい記憶など、思い出したくもない。甘いものなんて嫌いだ。

ブルーノは菓子を収集し、鞄を閉じ…纏わりつく甘い香りを振り払うように頭を振る。袖に糖液は付着していない。汚れを被ることなく仕事を終えられたなら幸せだ。

ブルーノはその場を去ろうとした。

その時。


「た…た、助けて、ください!」

───どこからか幼い少年の声が聞こえた。

ブルーノは瞬時に身構える…シュガーになった右腕を庇うように背後に隠し、溶けた片目が見えないように長い前髪を弄りフードを深く被る。

声は遠い。たった今、触手を使って感染者を狩っていた光景は見られていないはずだ。シュガーを殺すスイートワーカーがシュガーだとばれれば、どんな非難に遭うだろう…その覚悟はあるが、死ぬのは怖い。自分が生きる理由を奪われるのは怖い。

…ブルーノは周囲を見回す。

ここは森の中。村と村を繋ぐ道から少し外れた場所。木々が生い茂り、陽が差しても暗く感じる。

がさり、と音がした。

ブルーノは身構える。

「たす、助け───わっ⁉︎」


草陰から姿を現した小さな少年は、ブルーノを見るなり驚いて高い声を上げる。

重ねてブルーノも低く呻いたが…小さな少年の装いに、すぐに冷静を取り戻した。

特徴的な黒のローブ。まだ背が低い少年にそれはとても緩く、大きすぎて…片手には鞄と、片手には短剣。

その小さな少年は、スイートワーカーだ。

「あ、あの…えっと」

恐らく少年は、誰かに助けを求めていたが、こんな森の中で猫と出会すとは思ってもいなかったのだろう…ブルーノがここに居たことに驚き、しばらくあたふたと吃り、キョロキョロと周囲を見回し。

そして、はっとブルーノに向かって駆け寄ってくる。

「た、助けてください!」

ブルーノに手を伸ばす。

不安から逃れようと体温を求める。

救いを懇願するために触れようとする。

体に。

手に。

右腕に。

「触るな!」

ブルーノは半ば裏返った声で叫ぶ。

少年はすぐに腕を引っ込めた。

目の前の見知らぬ青年が、奇怪な吃逆を発しながら呼吸を乱す姿に…少年は一歩だけ後退る。だが恐れて逃走することはなく、ブルーノの目を見、ふるえた声で言う。

「ご、ごめんなさい…でも、あの、す、スイートワーカー…お願いがあって」

ブルーノは少年のマスカットキャンディのような澄んだ瞳に見つめられ、後退り…ねちゃりと、たった今殺したシュガーの残骸の糖液に足を突っ込んだ。ぞわりと寒気が走り、ブルーノは青ざめる。

同時、スイートワーカーの少年の背後からガサガサと草村を漁る音が近づいてくる…少年は一層慌ててブルーノに懇願した。

「し、シュガーが…シュガーが追いかけてくるんです。いっぱい、いっぱい! 僕はシュガーと戦ったことがないんです…まだ、僕、」

ブルーノの耳には、少年の言葉はちゃんと届いている…しかし理解することができない。

足元を、靴を汚した糖液。甘い血液。シュガーの遺骸。元々は同じ砂糖猫だったもの。溶けて跡形もなくなった、幸せだった砂糖猫。

ガサッと一際大きく草村がゆれた。

ぼたぼたと虹色に融解した体を滴らせ、頭部が半分溶けたシュガーがのそりと現れる…少年とブルーノをにおいで探り当てると、歪んだ口でにたあと笑う。

少年がひ、と悲鳴を上げる。

「す、スイートワーカー!」

「…に…ある…」

ブルーノは足元の糖液と目の前の元砂糖猫に全身を強張らせながら…抱きつく子供の体温に怯えながら…低く、荒々しく声を吐き出した。

「西に村がある、そこまで走れ!」

「村…⁉︎」

「道に沿って行けば辿り着く。はやく行け!」

「は、はい!」

ブルーノの必死な声を受け取り、スイートワーカーの少年はその場から逃走した。

襲いかかってくるシュガーをブルーノはふらりと躱す…靴底がねちゃりと糖液溜まりから粘つく音を立て糸を引く。

ブルーノは喘ぐ。

気持ち悪い。

足を動かす度に靴底がねちゃり、にちゃりと地面に張り付く。高温で溶けた飴のように、滴るシロップのように、甘く粘つき、絡みつく糖液。

気づけば少年は完全に姿を消した。

猫目がなくなったことを確認したブルーノは、右腕を振り上げ、袖から虹色の触手を勢いよく伸ばす。

それはシュガーの体を上下に引き裂き、断面からカラフルで艶やかなグミを溢れさせた。

落ちた下半身はガクガクとひとりで痙攣し、上半身はなおもブルーノに向かって這いずり寄る…ブルーノはその首を触手で絞め付け、圧迫し、捻り切った。

ぶわりと、カラフルなねじりマシュマロが、何本も首の断面から這いずるように溢れ出てくる。

分断された半壊した頭部は、口から色鮮やかなマーブルチョコレートと虹色の糖液のあぶくを止めどなく吐き出し…やがて残った片目や、皮膚や肉がどろりと虹色に溶け出し、頭部は液状に消えた。

残された上半身と下半身も融解を始めるが、その奇怪な痙攣と、なおも甘味を求めて蠢く指の動きに…ブルーノは触手を細かく分裂させ、シュガーの残骸を切り刻む。

不快だ。

肉を引き裂けばキャンディが飛び散る。骨が砕け散ればクッキーになる。虹色の甘い血飛沫と共にラムネがころころと溢れる。

不快だ。

不快だ。

捻って、切って、細かくして…それらは醜い死体に変わることなく、瞬く間に菓子に成り、どろりと形を崩し、虹色のマーブル模様の液体に変わり、甘い香りを放ちながら果てていく。

不快だ。

不快だ。

不快だ。

「…う、ぁ」

大量の糖液溜まりに大量の菓子が目の前にある。美味しそうな菓子が。よだれを誘うほどの夢のような光景が。

えずくほど甘い香りが。

この靴底にへばりつく糖液。

触手に絡み付いた甘い血液。

空の胃袋が自らの胃液すら拒否する。ブルーノが左手で口元を覆い、這い上がる吐き気に怯えていると。

ガサガサ、ガサ、ガサリ…またふらりとシュガーが現れた。ひとり、ふたり、三匹。

ブルーノは喉元に流れ込む胃液を飲み下し、右腕をシュガー向けて掲げる。分裂させた触手は真っ先に、三匹のシュガーの頭部を切断した。

雨のようにキャンディが降り注ぐ。

吐く暇もない。


×


村の広場で、セオドアとその弟、ハンクが剣で打ち合っている…猫や物を斬ることはできない刃の偽物の剣だ。

小さなハンクはがむしゃらに剣を振るい、だがセオドアの攻撃を押さえ込むのがやっとで…その乱雑な斬撃の隙をつき、セオドアは剣の切先をハンクの顔すれすれに突き付け動きを止める。

…目を見開いて呆然とする弟に、セオドアはふ、と笑った。

「冗談だよ」

「冗談でもやめろよぉ…これ、先端はまじで刺さるじゃないか」

「そんなことしないさ。まあ、強くなったんじゃないか、ハンク」

「兄ちゃん、本気じゃないくせに…」

「だったら、あいつとやるか?」

セオドアは背後を指差す…片膝を立て、まるで男のように座り、ふたりを見ていたヴァレリアがそこに居る。

彼女がぴくりと耳をふるわせ、セオドアの顔を見る。

「何だよ、セオドア。私は手加減してやんないぞ?」

「俺の弟はじゅうぶん強いさ。お前くらいがちょうどいい」

「舐められたもんだ。なあ、ハンク?」

そうは言うが、ヴァレリアは既に好戦的な眼差しでハンクを見据え、にやりと意地の悪い笑みを浮かべている。

…ハンクは剣をだらんと下ろし、あからさまに嫌な顔をした。

「兄ちゃん…ヴァレリアは洒落にならないよ。偽物の剣じゃなかったら俺、今、生きていないって」

「それが現実だろ。私に殺されないように戦えれば、お前も一人前だ!」

えー、とハンクは唸る。

じとりと目を伏せ、兄のセオドアを横目で見上げ…声変わりのしていない声で低く尋ねる。

「…そもそもさ、兄ちゃん。何でこんなことすんの。戦う力を手に入れて何をするっていうんだよ」

「…それは」

一瞬、セオドアは目を逸らす。答えに迷う。

その肩をヴァレリアが叩き、セオドアの後ろから覗くようにハンクを見下ろす。

「そりゃあ、ハンク。自分で自分の身を守るためだよ。いつ、村にシュガーが襲って来るかわかんないんだ。そんな時に、誰も戦えなかったら…この村はおしまいだろ?」

「スイートワーカーがぜんぶ、ぶっ倒してくれるだろ。俺たちが戦う必要なんてないよ」

「もしスイートワーカーが来なかったら?」

「そんなことあるもんか。スイートワーカーはどこにでも現れるんだ。スイートワーカーは、」

「ハンク」

…セオドアが低く名前を呼び、沈黙させる。

今度はセオドアが嫌な顔をする番だった。

弟はスイートワーカーについて何も知らない。それどころかスイートワーカーに夢すら抱いている。伝説の英雄だとか、神出鬼没で湧き出るように現れるとか…非現実的な幻想すら抱き、スイートワーカーが配る糖果は、魔法のように鞄からいくらでも溢れ出る物だと思い込んでいる。

何も知らないことは幸せだ。しかし何も知らないことは狂気とも感じる…実弟とはいえ、真実を知ってしまったセオドアは、弟の無知に若干の恐怖すら抱いていた。

「なんだよ、兄ちゃん?」

「……」

だからといって、この純粋な弟に真実を話せるかといえば…そんなことはできなかった。

スイートワーカーが殺しているものの正体。スイートワーカーが村の住民に配っている菓子の正体…成人したセオドアでさえ受け入れられなかった真実を、幼い弟が飲み込めるはずがない。甘くない事実など。現実など。

「ま、言い訳かましてないで、さっさと私と手合わせだ、ハンク!」

沈黙するセオドアの肩を後方へ引き、彼の手から偽物の剣を奪い、ヴァレリアはハンクに向けて構える。

ハンクは嫌な顔をして肩を落とす。

「お前とやるくらいなら、お前の妹とやったほうが、俺は助かるんだけど…」

「私は嫌よ」


透き通る声が広場に響く。

本とノートを抱えたフレデリカが、穏やかな笑みで三匹を見る。

「私は戦わないわ。甘くないもの」

「そうさ。戦いは甘くないんだ、ハンク!」

「わっ⁉︎」

ぼうっとフレデリカを見ていたハンクに向かって、ヴァレリアは容赦なく剣を振るう。ハンクは慌てて剣で受け止める。

その側で、はっとしてセオドアはふたりから離れ、フレデリカの近くで見守る。

「スイートワーカーもみんながみんな、強いわけじゃない。シュガーはいくらでも隙をついてくる。容赦のかけらもない。甘くないんだ、ハンク!」

「ちょ…でもお前は反則だ、ヴァレリア! 不意打ちなんて卑怯だ。俺を殺す気かよぉ⁉︎」

「甘ったれるな! 甘いことをぬかすなら、容易く剣を握るんじゃない!」

カン、カン、キイン…偽の剣同士がぶつかり合う甲高い金属音が鳴り響く。

ヴァレリアの斬撃は激しいが…セオドアもフレデリカも苦笑いをする。

「どっちもどっちね。相変わらず雑よ、姉さんは」

「ああ…あれでは、実戦ではすぐにやられてしまう。ヴァレリアも、ハンクも」

「甘いわね」

「甘いな」

キイン、カン、ガシャッ。

金属音が響く。

フレデリカがセオドアを見上げ尋ねる。

「村を守ってくれるのね、セオドア」

「そもそもは、ヴァレリアに誘われた。去年あたりだったか…村の近くにシュガーが居たのは」

「ええ。スイートワーカーが遠くに追い払ってくれたのよね…きっと退治されたのでしょうけど」

「元々そんな意思はあったが、あの後から本格的に…ヴァレリアは、村にシュガーが侵入する可能性を考えて、俺たちにも戦う力が必要だと言い出したんだ」

スイートワーカーが必ずしも近くに居るとは限らない。スイートワーカーは都合の良い英雄や伝説などではなく、同じ生きた砂糖猫だ。

そう理解しているヴァレリアは、自衛の手段を得るために、セオドアを誘い剣技を身につけ始めた。結果としてセオドアの方がより力をつけていったが。

フレデリカは稽古をする姉とハンクを見る。

「…他の村猫たちは参加しないのよね」

「君と同じだよ。甘くないものな」

「貴方の弟を巻き込んじゃって、ごめんなさいね」

「いいさ。ヴァレリアの考えは間違っていない…スイートワーカーは夢の中の英雄なんかじゃないんだ」

「…貴方は何も知りたくなかったんでしょう」

「…君を恨んじゃいないよ」

ギインッ、カラン、カラン…。

より派手な金属音にふたりが目を向ければ、ハンクの剣が広場の端まで吹っ飛んでいた…呆然としている彼に、剣の切先を向け、にいっとヴァレリアが笑っていた。

「甘いなあ」

「…だから、ヴァレリアとはやりたくないんだってぇ」

「あん? 私が手加減なしでやっていたら、今頃、お前の喉からジャムが溢れ出ていたぞ」

カラカラとヴァレリアは笑い、剣を肩に担ぐ…気が抜けたハンクはその場にへなりと座り込んだ。

フレデリカとセオドアはため息をつく。

「冗談でもよせ、ヴァレリア」

「おとなげないわよ、姉さん…猫を傷つけるものを無闇矢鱈に振り回すものじゃないわ」

「この程度じゃ、ハンク…うちのフレデリカにも負けちまうぞ」

「やらないわよ」

フレデリカは地べたに座り込むハンクへ手を差し出し、立ち上がるのを手伝う。

すると。


カランカラン、と。

また別の音が響いた。

村の出入り口の鐘の音だ。

四匹は音がした方へ振り返る…ハンクは笑みを浮かべた。

「スイートワーカーだ!」

「変ね…いつもの時間ではないわ」

「じゃあ、単に客猫か?」

「ハンク」

セオドアがハンクの肩を掴む。

うって変わり暗い眼差しでハンクを見下ろすセオドアは、低く冷ややかな声をかける。

「…家に戻るぞ」

「えー…何で」

「何でもだ。俺たちはスイートワーカーから菓子を貰ったりなんかしない」

「だから、何で。昔は貰ったことあるじゃんか」

「今は違う」

「何でだって言ってんだよ!」

ハンクはセオドアの手を振り払う。反抗的な目つきで兄を見上げ牙を剥く。

「兄ちゃん、いつからだか忘れたけど…変になったよ。何で急に、スイートワーカーを悪者扱いするようになったんだよ。どうして俺はスイートワーカーに近づいちゃいけないんだよ⁉︎」

「ハンク、あー…お前、腹減ってんのか?」

セオドアが答えを返せないことに気づいたヴァレリアが割り込み、ぎこちなく問いかける。しかしハンクは聞き入れないし、セオドアも話を逸らすことができない。

一瞬目を逸らしかけながらも…セオドアは弟をじっと見つめ、切実に呟く。

「…知らなくていい。その方が幸せなんだ」

「意味わかんない!」

耐えていた何かが爆発したかのように、ハンクは怒りをあらわにし、セオドアの言葉を拒絶するように頭を振る。

「俺、覚えてるし。スイートワーカーから貰ったお菓子がどれくらい美味しかったかって…覚えてるし! 兄ちゃんが買ってくるお菓子より、全然、美味しかったし! 忘れらんないんだよ‼︎」

そう喚くと。

ハンクはひとりで、村の出入り口へ走って行った…慌ててセオドアが追いかける。偽物の剣をその場に置き、フレデリカとヴァレリアも後を追う。

「やっぱガキだなあ。腹が減ると暴走しやがる。まだスイートワーカーだと決まったわけじゃないのに」

「運動をして糖分が不足したのよ…」

砂糖猫特有の怒りの暴走だ。

糖分が不足すれば、感情の制御が上手くできなくなる。特に幼い子供は、癇癪を起こしやすかった。

だから砂糖猫に糖分は絶やせない。砂糖猫が冷静でいるためには、糖分不足は騒動の原因になる。

青ざめながら走るセオドアの顔を見ながらも、フレデリカは胸の内に複雑な感情を抱いた。

「…ハンクは、本当にスイートワーカーが好きなのね」

「セオドアもバカ兄貴だよ」


××


村の出入り口には、既に住民たちが集まっていた…ハンクの姿は見当たらない。

セオドアたちはその中を縫い、訪問者を確認しに行く…甘い香りがする。こうして住民が集まっているのならば、やはり訪れたのはスイートワーカーなのだろう。

…だが住民たちの様子はどこか妙だった。

「誰…?」

「でもこの装いは…」

ざわめく住民たちの間を進んでいくと、ハンクの後ろ姿が視界に入った。セオドアは駆け出し、その肩を掴もうとした。

しかしハンクは数歩歩きだし、訪問者へ声高く懇願する。

「スイートワーカー! お菓子をちょうだい!」

「ハンク‼︎」

セオドアはハンクの肩を掴み、訪問者から引き剥がす。

強い甘い香り。

視界に映る黒いローブの裾。

間違いなくそいつはスイートワーカーで。

「離せよ、兄ちゃん!」

暴れるハンクを押さえつけるセオドアの横から、フレデリカとヴァレリアが顔を出すと。

ふたりとも…他の住民と同じように、疑問の表情を浮かべた。

「…スイートワーカー?」


訪れたのは、いつもやってくる青年のスイートワーカーではなかった。

息を切らしてへたりこむ小さな体に、特徴的な黒のローブは大きすぎる…片手には剥き出しの短剣。投げ出すように倒れる鞄。

スイートワーカーは涙で潤む黄緑の瞳で、自分を囲む砂糖猫たちを見上げ、必死な声で訴えた。

「た…助けてください」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Sweet Worker. 四季ラチア @831_kuwan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ