第14話 青天の霹靂
諸星隼人。常勝軍団タイタンズの4番であり、野球日本代表の主砲でもある。プロ5年、弱冠27歳にして多くの野手タイトルを獲得してきた、名実ともに日本のプロ野球を支える選手だ。
その圧倒的な打撃技術もさることながら、そんな彼の特筆すべき点は『名門野球部出身ではない』ことだった。殊に、一軍メンバーが名門野球部出身者がほとんどのタイタンズにおいては異色な経歴の選手であった。
高校も公立校で、甲子園出場経験もない。大学も一般入試で都内の大学に入学している。大学の野球部では2年生からクリーンナップを任されてはいたが、これといって大きな成績を残したわけでもなかった。
だから、ドラフト会議で彼が六位で指名された時、周囲は困惑していたし、大した期待もされていなかっただろう。
しかし、蓋を開けてみれば誰もが舌を巻く活躍を見せ、プロ2年目にレギュラーに定着すると、打点と本塁打、出塁率等の多くの野手タイトルを獲得し新人王に。そこから四年連続で圧倒的な打撃成績を残し続けている、まさにプロ野球会の至宝なのだ。
また、裏表のない性格で、ファンのみならず他球団の選手や球団の裏方スタッフにまで明るく接する彼は、多くの人間に愛される存在であった。
そんな大スターである諸星が、ジーパンにパーカーというなんともラフな服装で村野と能美の前に急に現れた。しかも、昨日コテンパンにやられた成沢を引き連れてだ。突然のことに、二人は頭が回らなかった。
「あれ?どうしちゃったんですか?二人とも固まっちゃって」
諸星が首をかしげる。どこかあどけなさが残る、そんな雰囲気をしていた。
「どうしたもこうしたも、なんでお前がここにいるんだ」
我に返った村野が口を開いた。
「あー、明日から世界大会で現地に行くんで、今日はオフなんですよ。だから、ちょっと挨拶に」
「挨拶って...なんでわざわざ俺なんだよ」
「まあまあ、細かいことはいいじゃないですか!」
宿舎のロビーに諸星の豪快な笑い声が響いた。
「それに、この子にも会いたかったですしね」
そう言って諸星はチラッと能美を見た。その視線に気づいたのか、能美は一瞬肩を震わせると、驚きや憧れ、困惑...色んな感情が混ざった瞳で諸星を見つめた。そんな能美の背中を村野がポンと軽く叩く。
「ほら、日本の4番様に挨拶しとけ」
「あ、あ、能美心です...。えっと、あの、さ、さっきインタビュー見てました...!」
「あー、昨日の取材のやつね。堅苦しいのは苦手なんだけど、ほら、俺こう見えて日本の4番だからさ。体裁は保っとかないとね」
そう言って悪戯っ子のような笑みを浮かべた諸星は、隣で仏頂面で立っている成沢を後目にしゃべり続ける。
「昨日のオープン戦のトリプルプレー!凄かったですね〜。しかも村野さんがキャッチャーって!
冗談かと思いましたよ」
「俺が一番冗談だと信じたかったね。トリプルプレーも単なるラッキーだよ」
「またまたぁ。本当は狙ってたクセに!」
「あのなぁ...」と呆れている村野。二人の会話を止めるように「ごほん!」と成沢が咳をした。深々と被ったブルーのキャップの向こうに、鋭い瞳が見える。
「諸星さん、話、長すぎです。あともう少し声のボリュームも落としてください」
「ん?そうか。すまんすまん」
申し訳なさそうに頭をかく諸星の隣で、深くため息を吐く成沢。諸星相手にルーキーとは思えぬふてぶてしさだ。
「それじゃ挨拶もすんだしそろそろ行きましょうか」
振り返って玄関へ向かおうとする成沢。だが、それを意に介さず、諸星は能美を見つめて「ちょっと失礼」と言ったかと思うと、おもむろに能美の体をベタベタと触りだした。
「ちょっ!諸星さん!」
慌てて成沢が諸星を引き剥がそうとする。しかし、まるで大木を相手にしているかのようにその体はビクともしない。
対して触られている能美は突然の出来事に、目を見開いたまま硬直して直立不動になっていた。
諸星は能美の肩から腕、そしてふくらはぎ周りを触りながら「うんうん」と頷いたり「おー」と感心した表情を浮かべたりしている。そして、一通り触り終えるとこう言った。
「能美くん!今から1打席だけ俺と勝負してくれないかな?」
その発言に能美を含め、そこにいた三人全員が驚いたが、当の本人は無邪気に笑っている。
「ちょっと諸星さん!今日は挨拶だけって言ったじゃないですか!」
「いいじゃん涼、ここまでせっかく来たんだからさ!もったいないって!」
「ダメですよ!今日は俺の練習に付き合ってくれるって約束でしょ?!だからわざわざ付いてきたのに...!」
諸星を無理やり連れて帰ろうとする成沢だったが、諸星は頑なにその場を離れようとしない。
二人のコントのような言い争いを能美と村野は黙って見ているしかなかった。
そのうち「わかったわかった」と諸星が一息吐く。
「じゃあ、能美くんと勝負したあと、涼とも勝負してやる。それでいいだろ?」
その発言に諸星を引っ張っている成沢の手が緩んだ。その一瞬の隙を諸星は見逃さず、するりと腕を抜くと能美の方に向き直った。
「どうかな?やってくれるかな?」
「え、えっと...」
能美は困ったような表情で、チラッと村野を見る。それに村野は今日何度目かわからない溜息を吐いた。
「早めに室内練習場に行くか。今なら時間帯的に誰も使ってないと思うからな」
そして「1打席だけだからな」と諸星に念押しして、玄関へ歩き出した。
「やったー!さすが村野さん、話がわかるー!」
諸星は子供のようにはしゃぎながら村野の後に続く。小躍りするその姿からは完全に日本の主砲という雰囲気は感じられなくなっていた。
その後を追うように歩き出す成沢。そして少し遅れて能美が続く。
万年二軍のベテラン選手、日本の主砲、怪物ルーキー、そしてノミの心臓のピッチャー...。傍から見たら奇妙な関係の四人は、それぞれの思いを胸に室内練習場に向かった。
白陽シャインズ物語~弱虫ピッチャーと急造キャッチャー~ @aenZZ
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