第16話 手合わせ3
「これができたら、かてるかな」
エレクは頭に浮かぶ魔法を必死にイメージした。エレクは確かに普通の人達のように何もないところから魔法を作り出すことを苦手とする。それでも、エレクにとって風はいつでも出せるようにできないわけではないのだ。
エレクは頭の中をイメージで埋め尽くす。
あいつなら、グレンの魔法なら。
氷は溶かし、水をも蒸発させる。暴力的なほど大きな火炎の渦。
頭の中のイメージは完璧だ。あとはうまく発動するかどうか。
「『火よ。焼き尽くせ』」
エレクの口がいつものように言葉を発する。
ぼんっ
小さな火の玉がエレクの右手から飛び出ると、近くに迫っていた氷の塊を瞬時に溶かした。だがそこで、火は音もなく消え去った。
エレクとしては、火が作れたことだけで上出来だったが、やはりそれを保つことは難しかった。落ち込むエレクにリオナルドの剣が迫る。思ったよりも近くにきていたそれを、エレクは眺めることしかできなかった。
瞬間目の前に小さな光が映ると体は温かい何かに包まれた。
「え」
エレクが口を開いた途端その光は目の前から消えた。それに代わるようにエレクの視界は赤に包まれた。
ばんっっ
「なにやってんだ」
突如聞こえた爆発音とともに辺りは火の渦に包まれる。
その中に、一つの影が落ちる。それは、エレクとリオナルドの間に位置どった人物は。
「グレン」
黒髪をなびかせる、グレンだった。
グレンの火の渦が辺りを舞っていた氷をすべて無に帰すと、目の前に迫っていた大剣を自身の細長い刀でしっかり受け流す。
リオナルドは静かに剣を肩に背負った。
手合わせは終わりだった。終わってみればあっけない、エレクの敗北だった。
「おい。なんで何の防御魔法も使わずにこいつの攻撃うけようとしてたんだ」
グレンもそれに合わせて魔法を消すと、エレクにむきなおり叫んだ。
取り囲んでいた火が消え、なにも遮るものなくグレンと目が合う。
「いや、火魔法を使ってみたんだけど……。うまくいかなくて」
エレクは情けなくてどんどん語尾が小さくなっていく。グレンはがしがしと頭をかいた。
「倒れたって聞いて探してたら、こいつと戦ってるわ。お前の魔力を感じる矢が空に消えてくの見たときどんだけ心配したとおもってる」
グレンはエレクの前に座り込むと、両の腕で顔を覆う。スカーフが緩み、髪の間から白いうなじが覗く。
小さく震えるグレンの肩にエレクは手を置いた。
「ごめん。心配かけた」
グレンはしばらくそのまま座っていると、ばっと顔を上げリオナルドをにらんだ。近くまで来ていたリオナルドは「お」と驚き声を上げる。
「お前も、なんで、続けた。もう決まってただろ。こいつ殺す気か」
「すまない。まさか防御魔法を使っていなかったとは。大丈夫だったか?」
グレンに詰め寄られながらリオナルドはたじろぐ。いつのまに仲良くなったのか、二人をみて、エレクは笑った。
「大丈夫だよ」
「グレン。グレンもやろう」
「ああ?」
グレンはエレクの腕をつかむと、自身も立ち上がった。訓練場の出口へとそのまま歩いていくと、くるり、と振り向いた。
「万全で挑んできたら、考えてやるよ」
グレンは挑発的に笑うと、もう一度エレクの腕をひいた。
それから振り向くことなくエレクたちは訓練場をあとにした。振り向きはしなかったが、リオナルドは追いかけてくることはしなかった。リオナルドにもなにか思うことがあったのだろうか。
「なにか掴めないな。リオって」
「そうだな」
やっぱりグレンの隣が一番しっくりくるな。そんなことを考えて、エレクは長く濃かった一日を終えた。寮の部屋はグレンとは違ったが、そう遠くもなくていつでも行けそうな距離で安心した。エレクが寮のベットで瞼を閉じるまでそう時間はかからなかった。
※
「リオナルド様。このままでは訓練場が人に埋もれてしまいます」
リオナルドの周囲を囲っていた緊張感が少し緩んだ。それでもリオナルドは握っている剣を離そうとはしなかった。なぜかはわからない。ただ、エレクに勝った、という実感がわかなかったのだ。
本当にグレンが来なかったら、エレクに技が当たっていれば、エレクは負けたのか?
リオナルドはそんな気がしないのだ。
グレンが助けに来る寸前エレクの魔力が跳ね上がった。いままで人の魔力なんて形にならないとわからなかった。だが、エレクのそれは確実にエレクの発する魔力だった。
「なんだったんだ」
リオナルドは剣を握りなおすとエレクに放とうとした魔法を展開させた。エレクが座り込んででいたところに数えきれない量の氷のつぶてが迫る。そこに思い切り踏み込んだリオナルドが斬りこんだ。周りを取り囲んでいた生徒たちから歓声があがる。
リオナルドは一度後ろに退くと、もう一度踏み込んだ。
「リオナルド様。帰りますよ」
リオナルドの剣先に入り込んだエルメルドは即座に防御魔法を展開させると、それを三重にも重ねた。ばりばりっ防御魔法が砕かれる音が響き、寸でのところで止まった。
「エル……?なんでここに?」
「帰りますよ」
首を傾げたリオナルドにエルメルドはもう何度かけたかわからない言葉を繰り返す。エルメルドは完全にすべての魔法を解き、剣を背中に抱えたリオナルドを一瞥すると、訓練場をでた。何もない訓練場でよかった。エルメルドは心からそう思った。これが手の込んだ、森や洞窟草原などテーマがあるスペースであったなら、修繕が大変なことになっていただろう。もしかすると何もないスペースの訓練場が一スペース増えていたかもしれない。
エルメルドは目の前の男に秘められた才能に背筋が震えた。
「エレクと手合わせした」
「どうでしたか?リーフバーグ殿は昼に倒れていたわけですが。あの方は」
「……どうだったんだろう」
リオナルドはしばらく考えたが、そこで思考を止めた。
「またやればいいか」
「そうですね」
生徒が集まる中を歩いていく。
ざわざわと騒ぐ生徒たちはリオナルドを介して『サーシス家』を見ているということはわかっていた。リオナルドは一度もそちらを見ることなくエルメルドのあとをついていった。
幻の精霊使い 秋澄そら @asumi39
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