第15話 手合わせ2

「広いなぁ!」


 エレクは訓練場につくなり大きく声を上げた。充実した武器に魔導書。訓練場の中もまたいくつかのスペースに分かれており、様々な戦闘の状況に対応できそうだった。ひとつひとつのスペースには強力な防御魔法がかけられており、さながら結界のようだ。


 エレクとリオナルドは一番シンプルな、『何もない』スペースにたっていた。ほかのスペースのように森をモチーフにしたであろう木に囲まれたような空間でもなく、洞窟のように窮屈な足場が悪く作られた空間でもない。本当に『何もなかった』。


「それでは、一戦、よろしく頼む」


「うん。やろうか」


 エレクたちは適切な距離を保って向き合った。


 ぎゅうううう、とリオナルドの魔力が圧力を増す。エレクは思わず膝が震えるのを感じる。


 先に仕掛けたのはリオナルドだった。いつもは肩にかけている大剣を構えると、思い切り距離をつめる。魔法をつかってくると思っていたエレクは一瞬反応が遅れる。


「くっ、『風よ、我を守れ!ウィンドーウォール』」


 エレクは咄嗟に風魔法を展開させると、間一髪のところでリオナルドの攻撃を受け流す。エレクの周りを中心に発生した風がリオナルドの髪を揺らす。


 危ない。地魔法使うところだった!


 エレクの背中を汗が伝う。エレクは最近自身を守る盾を作るときは便利さから、地魔法に頼ることが多かったため、つい膝を折りかけたのだが、咄嗟に間に合わないと判断できたのが救いだった。ここには本当に『何もない』。盾を作るのに必要な『土』がないのだ。自分で魔法を生み出すことができない(全くできないわけではない)、もとい苦手とするエレクには戦いずらい場所だった。


「風……」


 リオナルドはそう呟くと、ぐるっ、と体制を反転させ、その瞳がまたエレクを捕らえた。


 ぶんっ


 大剣がエレクの真正面から、エレクを守る風たちを斬るように迫った。


「ぐっっ」


 よく、こんなに大きな剣を何度も振れるな。エレクは喉元まで迫るその剣先を忌々し気に眺めた。


 エレクは明らかに自身より格上のリオナルド相手に戦えることに思わず口角が上がるのを感じた。これでまだ魔法をつかっていないのだ。この男は。この溢れるばかりの魔力を開放することなく、エレクを圧倒する。


 楽しくないわけがなかった。


「『光よ。我が敵を射よ、光陰の矢』」


エレクは大きく右手を開くと、光を放つ矢を作り出す。ここに太陽の光が照っているからできた芸当だ。


「『風よ。ふきあれろ』」


 エレクが放った言霊に応じ、エレクを囲っていた風が弱まると、光の矢の速さを増した。そのまま勢いを増した光の矢は真っすぐにリオナルドに向かう。


「お」


 リオナルドはワンステップで斜め後ろに退いた。リオナルドを射止めることができなかった光の矢はそのまま結界をやぶると、空の方に消えていった。


 エレクもリオナルドも矢の行方などは目も向けていなかったが、二人の目には先ほどまでより楽しそうな色が浮かんでいた。


「同時発動?」


 リオナルドは小さくつぶやいた。魔法を二つ以上一度に使うのは王国の魔導士レベルだと聞く。それを当たり前のようにエレクはやってみせた。いろいろな属性の魔法を使うだけでもでたらめなのに、同時発動まで……。難しいことは苦手なリオナルドだが、それがすごいことだということは理解した。エレクだけでなく今度はリオナルドも口角をあげた。


「そろそろ魔法、使わせたいし。俺も攻めるよ」


 エレクはそういうと、今度は5本の矢を生成する。


「『風よ、ふきあれろ』」


 エレクの周りを囲う風はなくなり、5本の矢の周りに集まる。リオナルドがのどを鳴らすのを感じた。


「そうか。魔法使うの、忘れてた」


 エレクの瞳が細められ、5本の矢がリオナルドに向かい、いつでも放てる準備が整ったとき。リオナルドは、はっ、と今気が付いたかのように眉をよせた。


 二人の間に沈黙がながれる。


「は?」


「すまない。忘れてたんだ。これからちゃんと使う」


 冗談でもなんでもなく本気で忘れていたようだ。


 エレクはもうわらいしか出てこなかった。「そうか、だからなにか違和感が」とか呟いているリオナルドをみて、エレクは一度魔法を緩めた。そこで、ひとつ確信した。


 これは、オリバーさんが過保護になるわけだ。


 エレクは先ほど会ったエルメルドを思い出し、もっと笑いたくなった。


「じゃあ、全力で防いでくれよ!」


 エレクは仕切り直すと5本の矢をリオナルドに向けて放つ。


 勢いを増した矢が一斉にリオナルドを襲う。


「やはり、すごいな」


 リオナルドはエレクの展開した矢を見ながら、ぐっと腰を落とすと、両手で大剣を構えた。


リオナルドの魔力が大剣に集まり、どんどん高まっていく。


「すべて防いでやろう」


 気が付けば、リオナルドの前に大きな盾が生成されていた。大剣を中心に存在感を放つそれは、水で作られたあきらかな盾だった。


「それ、」


 エレクは息をのむ。それは、その魔力のイメージは。作られた盾の見栄えは違うものの、今リオナルドの前にあるのは、あの日街で、通行人に被害がいかないように展開した土の盾そのものだった。


 エレクの場合、あの盾はそこにある土に触れることで、土自体に宿った力を借り、形を成すイメージだ。それをリオナルドは一度自身で水を生成し、それを形にしている。魔力のイメージは確実に同じだった。


「ああ。あの日、エレクの盾を見てから練習していたんだ。こんな風に何かの形を生み出すのは難しかった。今、できてよかった」


 リオナルドはさらっと言ってのけた。エレクは才能の差というのをびしびしと感じた。


 あれから、そう何日も経っていない。それだけの期間でものにしたというのか。エレクが何年もかけて、形にした技を。


 エレクの生成した5本の矢をリオナルドの盾はすべてはじき落した。それはそうだろう。魔力に差がありすぎた。エレクの5本の矢は数を有利にさせようとしたもので、決して一本一本に大きな魔力がこもっていたわけではなかった。


 100の盾に10づつ攻撃を仕掛けたようなものだ。


 エレクは膝をついた。魔力が尽きたわけではない。まだまだ大きな魔法は使える。でも、かてるイメージがわかなかった。いや、ひとつだけ浮かんでいたが、それを実現できる力がエレクにはなかった。


「『氷潔の剣』」


 リオナルドは盾をあっさりと消すと、今度は大剣自体を氷へと変化させた。大剣の周りを小さな氷の塊が舞う。


 水魔法が使えると氷も作れるのか。エレクは素直に感動する。


 だが、無情にもその氷たちはエレクめがけて飛んできた。エレクは風魔法を展開させると、どうにかその攻撃をかわしていくが、意志をもったように動き続ける氷の塊はエレクを追い続ける。この敵を追う動きは今度練習しよう、とエレクは心に誓うと、すべての魔法の展開はやめた。


「これができたら、かてるかな」

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