第14話 手合わせ

教室を後にしたエレクは、数時間前に通ったであろう廊下を歩いていた。なにか違うことといえば先ほどはエルメルドがいたが、今は一人だということだ。


 エレクは思わず「嘘だろ」と呟きたくなった。


 溢れかえる生徒と所狭しと並ぶ魔道具。空間を満たす魔力の濃さにエレクは頭を抱えた。


 エルメルドとともに歩いていた時なぜあんなに楽だったのか不思議だ。これは、もう一度倒れこみたい。エレクはせめてもの抵抗で、窓際に移動すると、閉め切られた窓を開け放つ。申し訳程度に入ってくる風も今のエレクには救いだった。


「どうしてみんな魔力を抑えないんだよ」


 エレクは悪態づいた。


 頭痛を逃がそうとエレクは窓際を陣取ると、窓の外に思いを馳せた。きれいに整備された中庭と、近くには訓練場と思しき場所もある。開けた土地と、その傍らに置かれているのは様々な武器と、並ぶ魔導書。昔アーレンスが話してくれた王都とよばれる場所の、訓練場のイメージと完全に一致した。


 少し視線を上げると、形の違う建物が立ち並んでおり、そのまま視線をスライドさせると森や、洞窟がみえる。立ち並ぶ建物がいわゆる寮と呼ばれる建物で、生徒たちが生活する家のようなものらしい。森や洞窟はよくわからない。


 中庭とよばれる広場だけで、ウィンドー・ウッドの村3つ分くらいありそうで、エレクはわくわくした。


 だいぶ気分も和らぎ、窓の外の見たことのない景色に夢中になっていると、突然なにかがエレクを攻撃した。正確にいうと、体を重くするほどの魔力の圧を発するものが近づいてきた。


 先ほど重圧にひれふしたばかりなのだ。エレクの頭痛はまた悪化した。


 エレクはばっ、と思い切り振り返るとその主を探す。


 その人物は探すまでもなく見つかった。見間違うことはない、鮮やかなスカイブルーの髪と意志の強そうなレモンイエローの瞳。すらり、としなやかな体躯に廊下を歩く生徒たちの視線は釘付けだった。


「ああ、この前の。盾の」


 導かれたように自然にエレクとスカイブルーの青年、リオナルドの視線が絡む。その瞳は驚いたように一度大きく開かれたが、すぐに戻り、その代わり今度は青年本人がエレクの方へ歩を進めた。


 リオナルドの纏う魔力は髪の色と同じ鮮やかなスカイブルーで、周りの魔法具に反応するように隠すことなくあふれ出ている。


 街で会った時気が付けなかったのが不思議なくらいだ。


「エレクです」


数時間前のエルメルドとの会話を思い出し、エレクはびし、と背筋を伸ばした。リオナルドは眉を寄せる。


「ああ、そうか。エル、エルメルドがエレクに会ったと言っていた。何を言われたのか知らないが、敬語はやめてくれないか。その、落ち着かない」


 リオナルドは首をさするように掻くと、少し頬に赤みをささせた。


 もうすでに紺の制服に身を包んだリオナルドは首元に赤いネクタイを巻いている。似合わないな、なんてひそかに思いながらエレクははにかんだ。


「わかった。リオナルド様?」


「やめてくれ」


 からかうようにエレクが笑うと、リオナルドの頬に赤みが増す。面白くなってきたエレクは笑みを深くする。


「あははは。リオって呼ばせてもらっていいかな?オリバーさんには内緒だけど」


 エレクはすっと右手を差し出した。リオナルドもそれに倣う。ぎゅっと二人の右手は力強く合わさった。


「ああ、そういえばエレク。なぜクラスに顔を出さなかったんだ?」


「え。俺、自分のクラス行ったけど」


 繋がった手を放し、リオナルドはエレクの隣に腰を落ち着けると、唐突に言葉を発する。それにより、また窓の外を眺めていたエレクの意識がリオナルドへと引っ張られる。


 リオナルドは不思議そうに首をわずかに傾げると、エレクを凝視した。


「グレンと一緒にいなかっただろう?」


「グレンとは別のクラスだからな?」


「Sじゃないのか!?」


 どんどん首の角度が大きくなっていくリオナルドに内心焦りながら、エレクは質問に答えていく。「グレンと一緒じゃない」そう、エレクが口にした途端リオナルドは声を大きくした。その様子にエレクは目をぱちくり、と丸くした。


 騒がしかった周りの生徒たちも水に打たれたように静まり返る。


 俺とグレンが一緒にいないのがそんなに珍しいのか?


 今度はエレクが首を傾げる番だった。


「クラスはFだよ」


 エレクは左手に抱えていた紺の制服を取り出すと中から青色のタイを取り出した。リオナルドの体がぴしりと固まる。エレクの目に映るリオナルドの魔力も困惑したようにゆらゆらと不安定にゆれていた。


 周りの視線のなかにも困惑の雰囲気を感じる。エレクだけ、意味を理解できず首を傾げていた。


「取り乱してしまって、申し訳ない。エレクがFだということはわかった。それで、その」


 しばらくして平静を取り戻したリオナルドはがばっ、と頭を下げた。取り乱した自覚はあるようで眉をさげ、謝罪の言葉を述べる。


 エレクが「いいよ」と口にしようとしたとき、エレクの右手が再びぬくもりに包まれた。エレクが驚きリオナルドを凝視すると、真剣な色の浮かぶレモンイエローの瞳と視線が絡んだ。


「手合わせをお願いできないか」


 エレクが緊張感につつまれ、次の言葉を待っている中聞こえてきたのはそんな言葉だった。エレクは鼓膜をゆらした言葉を反復する。


「手合わせ?」


エレクの頭に疑問符が浮かぶ。なぜクラスの話と手合わせがつながるのだ。あまりに脈絡がなさすぎて、エレクは困惑したが、リオナルドの方は、「言えた」とでもいうようにすっきりした表情をしていた。


「ああ。街で騒ぎに立ち会ってから、二人とは手合わせしたいと思っていた」


 リオナルドはいつもの表情に戻ると、自身の背中に担いでいる大きな剣に触れた。その瞬間リオナルドの纏う魔力が大きくなったのにはエレクしか気が付いていないだろう。


「そうなんだ。まぁ、俺も故郷では朝から晩までずっと訓練してるようなものだったから、退屈してはいたんだ」


「グレンとか?」


「そうそう。それに水を得意とする人と戦ったこともないしね」


 ウィンドー・ウッドの村の住民は風魔法を扱うものが多かった。それに、次いで多いのが地属性魔法。この二つのどちらかが村人が得意とする魔法の大多数を占めており、エレクも例にもれず、この二つの魔法に頼ることが多かった。エレクを除く村人たちは一つの属性魔法しか使うことはできなかったが。例外がいるとすれば、火を操る、アーレンスにノア、それにグレンくらいのものだったと思う。


 エレクは笑いながら、場所を移そうと体を反転させた。別に窓から飛び降りてそのまま中庭のほうへ出てもよかったのだが、これ以上目立つのは避けたかった。


 エレクは当然リオナルドもついてくると思ったが、リオナルドは足を止めたままだった。


「リオ?」


 エレクは「行かないのか?」と意味をこめて、リオナルドを覗き込む。


 ばちっ、と殺気にも似た気配を感じ、エレクはその場から飛びのいた。周りの生徒たちの視線をもっと集めた気がするが、今はそれどころではなかった。


 突然向けられた殺気にエレクは瞬時に周囲への防御魔法を展開させた。リオナルドの魔力をエレクとの間だけでとどめるためだ。


「なぜ、水だと?ああ、サーシス家の人間だからか?」


 リオナルドは冷たい視線をエレクにむけた。鋭く射貫かれそうな視線は、確かにエレクに向けられているが、何も映していないような、何か違うものに向けられているような気もする。


「ごめんね、俺はサーシス家っていうのには詳しくないからよくわからないけど。リオの魔力を『視た』から」


エレクは置いていた距離を少しずつ詰めながら、自身の目の横を指先でとんとん、と叩いた。リオナルドの鋭かった眼光がわずかに緩む。発されていた殺気もしゅん、となりを潜めた。


「『視る』?」


「うん。魔力を視るんだよ。リオが纏っている魔力は濃い青色だし。……俺が知ってる青は「水属性」だから」


 エレクは自身の目に映る情報をリオナルドに伝える。グレンは、この感覚をよくわからないというが、エレクには見えているから、そうと以外説明できないのだ。リオナルドに伝わることを祈って説明した。


「……そうなのか」


 リオナルドは理解はしていないようだが、どうにか納得してくれたようで小さく頷いた。エレクは申し訳なさそうに頭を垂れるリオナルドを見て、展開していた防御魔法を解いた。


 リオナルドはそれに気が付くともう一度「すまない」と呟いた。


「もういいよ。なにか事情があるんだろ」


 エレクは首元に下げたペンダントに触れた。リオナルドがなぜあんなに冷たい瞳を向けてきたのかはエレクにはわからないが、誰にも何か触れられたくない部分はあるものだ。気が付かないうちにエレクがリオナルドのそういう部分に触れてしまったのかもしれない。


 ちゃり、とペンダントが音をたてた。アーレンスが頷いてくれたように感じた。


 リオナルドは、思い切り顔を上げると、全身の力を抜いた。


「ありがとう。行こう」


「うん」


 エレクとリオナルドは二人並ぶと、中庭の隣にある訓練場へと向かった。

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