第13話 担任の先生
「おっ。問題児ども!揃ってるな」
換気のためか開け放たれた扉から一人の若い男が入ってきた。若いといってもエレクに比べると年は上だろうが、なんというか、雰囲気が若かった。村にもいなかったタイプだ。
休憩時間は、セインと談笑して過ごし、ゴーン、と重苦しい音を聞いて静かに前を向いたクラスメイト達に倣い、エレクも前の黒い板に視線を注いだところで、この男が現れた。
「自己紹介はさっきしたから省くな。とりあえず、制服持ってきたから着替えろ!」
はきはきと良く通る声と、力を鼓舞するようにはげしく発される赤色の魔力。この男も火属性なことに間違いはないだろうが、男の魔力はグレンの緋色、ワインレッド、に表される純度の高い赤ではなく、どこか、朱色を混ぜたような色をしていた。
男は手にした制服を脇に抱え、教室を回るように、ぽんぽんと生徒の机に置いていく。先ほどエルメルドが着ていたのと同じ紺色のデザインだ。エレクがじっと制服を観察していると、ふ、と自身の前に影が落ちた。
「君が問題児筆頭、エレク・リーフバーグか!会えるのを楽しみにしていた」
エレクが顔を上げるのと同時にエレクの頭に大きな手がのせられる。がしがし、と無遠慮に撫でまわされ、エレクの髪は今ぼさぼさだろう。
エレクは反抗しようと、抗議の目を男に向けた。男と視線が絡む。その瞬間、背筋が震え、よくわからない重圧に押しつぶされそうになった。
おっも……!
圧倒的力を前にひれ伏す感覚。村でグレンに似た男たちに対して感じた禍禍しい感じではないが、それに似た力にエレクは背中に大量の汗をかく。男はエレクに笑みを向けているが、エレクにはこの男が自分に好意で笑いかけているようには見えなかった。
この重圧から逃れようとエレクは出せる精いっぱいの魔力で応対しようとした。だが、この空間にある魔力に変換できそうなものは窓から入るわずかな風と、空気中に浮かぶ水蒸気(湿気)くらいのものだ。エレクのもとまで太陽の光や熱は届いていないし、この男がつくる人影では魔法を生成することができない。
今、グレンや村のみんなみたいに、自分の魔力を形にする力があれば。エレクはつくづく自身の魔法の力のなさを悔いた。
エレクとグレンの魔力の使い方には大きな違いがある。グレンは、自身の纏う魔力を使い、魔法を発動させる。使える魔法は自身の属性魔法と、基礎魔法、あとは無属性魔法と呼ばれるものだ。それに対し、エレクは周りにある物質を利用して魔法を展開させる。物質と自身の魔力を融合させ、イメージした魔法を作り出す感じだ。時には、『精霊』と呼ばれる者たちの力も借りる。『精霊』は外の世界ではあまり姿を現すことはないらしい。実際は人に似た容姿をしていると聞く。ウィンドー・ウッドの森にはたくさんいたが、エレクには精霊は光の粒のようにしかみえていない。
「心を通わせることができたら、精霊様たちの姿も見ることができますよ」
ノアはそう言っていたが、いまだ一度も精霊の姿を見たことがなかった。だが、困ったときは力を貸してくれる。エレクを中心に光が集まってくるからだ。そこで、魔法をイメージすると、自身の魔力では発動不可能のような魔法も展開することができる。
エレクにとっての魔法は何かの力と融合させて、イメージを展開させることだ。そのため、このような状況では力を存分に発揮できない。
頭の中でグレンに助けを求めるが、もちろん届くわけはない。
固まったままでいるエレクに、目の前の男は、はっ、としたように髪から手を離した。それと同時に重圧もなくなる。エレクは息がしやすくなるのを感じ、わずかに息を漏らした。
「いま、なにをした?」
困惑の表情を向けてくる男にエレクは内心「俺がききたい!」と悪態をついた。いきなり頭を撫でまわされた挙句、よくわからない重圧まで向けられたのだ。説明を求めたいのはエレクの方だろう。
一息つくと、辺りには少しだけ魔法の展開されたあとの魔力が、漂っていた。状況的にこの男が展開した、と考えて間違いはないだろう。
男は周りをみると、手を額に当て、あちゃー、と言葉を漏らした。エレクもつられて周りをみると、一様に机に伏すクラスメイト達の姿が目に映った。
「なに?」
エレクも困惑を隠せず、言葉を漏らす。そんなエレクに目の前の男は今度は自身の頭をがしがしとかきながら説明を施してくれる。
「お前と目が合った瞬間に俺が『気』を発動しちまったみたいだ。俺はこの学校の教師だが、同時にこの国の騎士でもあってな。相手と対峙したとき、騎士ってもんは基本『気』を発動させるんだ。まぁ、身体強化とかと同じ無属性の魔法の一種だな。詳しくはまた明日からの授業で教えていくが、またなんで生徒相手に発動したのか……。」
理解に苦しむような表情で、男は手をぐーぱーと握っては解くを繰り返す。男が魔力を発動させたのは目からなのに、なぜ不思議そうに手を眺めているのかは疑問だが、そこまで大きな問題ではない。エレクは先ほどの重圧で疲弊し、困惑した頭をなんとか働かせ、同じく困惑している男に質問を投げかける。
「俺が目が合った瞬間に背筋が凍ったのは、その『気』っていう魔法のせいですか?」
「まぁ、そうだろうな。俺はお前が今意識を保っていられるのが不思議なくらいだ」
男の苦笑いが深くなり、困惑気味だった顔は完全に困り果てた顔へと変化している。
視線を周囲へと投げかける男は本当にどうしたらいいのかわからないようだった。
「すまなかった。なぜ意識を保っているのかは不思議だが、俺と目が合っていたお前はすごい重圧だっただろ?これでもそこそこ名の知れた騎士だ。なんの防御魔法も展開させていないお前がもろにあびたら、何か月も意識を取り戻さない可能性だってある魔法だ。本当にすまなかった」
男はがばっ、と頭を下げた。
仮にも教師が、生徒に頭を下げたのだ。エレクにはこの男のいう『気』というものがどのようなものなのかよく理解はしていないが、よほど重大なことだったのだろう。
エレクは額にびっしょりと浮かんだ汗を拭うと、そのまま笑みを張り付けた。それが精一杯だったのだ。
「威圧みたいですね。父もよく見せてくれました」
エレクは今は亡きアーレンスに思いを馳せた。アーレンスもよく、威圧、といってエレクとグレンに見せてくれたのだ。
「外に出るなら身に着けていたほうがいいぞ。余計な戦闘を避けることができるからな」
「自分より強いと思わせてしまえば、人も魔物も戦いを避けようとしますからね」
エレクとグレンに防御魔法をかけながら、ノアも説明してくれた。
「ただ、アーレンス様は逆にやる気になるようですけどね」
「こいつらの前でやめてくれ。勝てばいいだろう」
「そういうところですよ」
ただ、一度も直接威圧されたことはなかった。今思えば、エレクたちが威圧に耐えれるだけの力を宿していなかったからなのかもしれない。
今、この目の前の男に威圧、もとい『気』をあてられただけで、エレクは身動きすらとれなくなったのだ。父の威圧などくらった日には絶命していたかもしれない。
エレクは再び自身の力不足を痛感した。
「威圧か。同じようなものだな。しかし、それを使えるというのは……。お父さんは騎士とかか?ああ、冒険者?」
「騎士、というのかはわかりませんけど、よく魔物とは戦っていたみたいですよ」
男は目をまるくした。そして「そうか」とだけ呟くと、エレクから距離をおく。
「寮の部屋の地図を渡すから、今日は戻って休んでくれ。俺は、こいつらを部屋まで運ぶ」
男はエレクに教卓にあった紙を手渡すと、窓に手をかけた。男が窓を閉める瞬間に小さな光が見えた気がした。瞬きをしてもう一度めをむけると、すでに消えていたが、なにの精霊が姿を見せていたのかもしれない、とエレクはしばらく窓の外を眺めた。
がちゃん。
窓に鍵がかけられる音を聞いてから、エレクは皆が意識を失った教室を後にした。
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