第12話 クラスメイト
エレクはエルメルドの案内のもと、自身のクラスへとたどり着いた。教室の木製の扉でさえ、魔力が宿っていて今日は驚きの連続だ。横開きの扉を開けると、ふわっ、と風が頬を撫でた。
『教室』と呼ばれる部屋は想像していたより狭かった。規則的に並べられた机や椅子と、圧迫感を与える黒い板。この部屋の中で居心地の悪さを改善してくれているのは、唯一、正面一帯に広がる窓だけだ。
「こんにちはー」
エレクはいつもより声を張り上げ、これから一緒にやっていくであろうクラスメイトに声をかけた。
『教室』のなかにいた生徒たちがエレクを物珍しそうな目で見上げる。視線を一点に集めたエレクはたじろいだが、ほかの生徒からそれ以上のリアクションはなかった。
え?挨拶なし?
エレクは自身の眉が上がるのを感じつつ、そのまま教室全体に視線を投げかけた。ふ、と不思議な魔力の流れを感じ、そちらを向く。そこには短く切りそろえられた髪をふよふよと揺らしながら、手元の書物に目を落とす青年の姿があった。
エレクはまじまじとその青年を観察する。正確にいうと、青年の魔力の流れを、だが。
ぐっ、目に自身の魔力を集める。全体を均等に覆っている魔力の割合を少し目の方に傾けるのだ。するとこれまでより周りの景色がクリアになる。それと同時にいろいろな魔力の形が、色が視覚化され、より一層頭を重くした。
エレクはこめかみのあたりを抑えると、目の前の青年に意識を集中させた。青年の魔力は僅かに光を発しながら、青年の周りを取り囲みまわっている。ここまではなんの異常もないのだが、違和感の原因は魔力が発されている向きにあった。
反対?というかすごくゆっくりだ。
普通、生物は自分から魔力が排出されるように流れている。植物や、この学園にあふれている『魔道具』でもそうだ。その魔力が排出されながら、ほとんど一定の速度で体の周りを覆うように回る。少なくともエレクが今まで見てきた村の人たちや、動物、ここにくる道中や、街で見た人たちもすべてそうだった。
だが目の前の青年はどうだ。
周りに漂う魔力が青年に集まっていくように、青年自身にむかって魔力が流れているのだ。それに体をまわる魔力も、ひどくゆっくりだ。
エレクはこれまで、この体の周りをまわる魔力は、心臓の鼓動のようなものだと思っていたため、ここまでゆっくり流れているとなると、もはや違和感しか感じなかった。
なにかほかに違いはないか、とまじまじと無遠慮に青年に視線を送り続けていると、今まで書物に落ちていた顔がこちらをむき、吸い込まれそうなほど澄んだ緑色の瞳と目が合った。
「あの、どうかしました?」
青年の口からもっともな言葉が紡がれる。それはそうだ。こんなにまじまじ見られて、気にならないわけがない。
エレクは咄嗟に気の利いた言葉も思いつかず、口を開いては、閉じて、を繰り返す。
「あ、もしかして、リーフバーグさんですか?席、ここであってますよ」
青年が思いついたように声を上げた。どうやらエレクの机はこの青年の隣らしい。
エレクは、ほっ、と胸をなでおろした。考えていたことはまるで違ったが、青年はうまく勘違いしてくれているみたいだ。
「そうなんだ。ありがとう」
エレクは目を合わせて笑みを作った。
「僕はセイン・ハルトナイトです。よろしくね」
「うん。よろしく、セイン!」
セインは恥ずかしそうにはにかむと、「うん、エレクくん」と呟いた。
「エレクくんは、もう動いて平気なの?体調不良って聞いてるけど」
「万全だとは言えないけど、だいぶ慣れたよ。この教室は窓が開いているおかげか、魔力がこもってないし」
エレクは微笑みを返しながら眉を寄せた。開いた窓から渇いた風が入ってくる。
少しの風の魔力とともに、風の精霊の気配もした。精霊の気配なんて、この学園に入って初めて感じたかもしれない。エレクは故郷を振り返り懐かしくなった。
「慣れた?魔力がこもる?」
エレクの言葉にセインは引っ掛かりを覚えたらしい。持っていた書物を完全に閉じて机に伏せるとセインは体ごとエレクに向き直った。
「どういうことですか?」
「えっ。普通閉め切られた空間にずっといたら、魔力がどんどんその空間に満ちて頭痛がするだろ?」
エレクは至極当然のようにセインにことを説明するが、セインはいまいちピンときていないらしい。そういえば、グレンに話した時も「俺にはわからない」って言っていた。人によって個人差があるのか。
「僕にはわかりませんし、そんな話は聞いたこともありませんが……。そういえば、古の時代にそういった力を使う種族がいた、と古い書物で見た気がします。ただ、大昔に滅びた種族のはずですから、エレクくんとは関係ないと思いますが」
セインは控えめに言葉を発する。指先で手元の書物をいじっているが、視線も興味も完全にエレクにむいている。
知識欲が強いのだろう。わからないことは解明したいタイプか。アーレンスたちが外の世界には『学者・研究者』という自らの知識を追い求める変態がいるといっていた。あのアーレンスが苦笑するほどだ。幼き頃のエレクは、変態、というイメージだけが強く定着した。エレクは、セインもそのタイプだろうと勝手に推測した。
「うん。俺の友達もわからないっていうし、個人差があるのかもね」
「なるほど……。個人差が」
セインはゆっくりとした動作でうなずくと、なにやら手持ちのノートに書き記しだした。
うわあ。これが父さんが言っていた変態だ。
エレクは少し体をひいて、自身の席に着席した。
あぁ、でも、俺が必死に魔法のイメージを作るのに没頭していたり、精霊たちと仲良くなろうと画策していたりするのと同じなのだろうか。グレンが剣術に没頭するように。
エレクはそこまで考えると、自身も変態なのではないか、と内心ショックを受けた。
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