第11話 「よくできました」
暖かな光が差し込み、目の前にはたくさんの料理が並ぶ。アーレンスの前には真っ赤な鮮やかな色の果実酒が置かれ、エレクたちの前には深緑の木の葉を擦ってつくった飲み物がある。
何年か前の日常だった。
ノアがやさしく微笑んでいて、愉快そうにアーレンスが笑っている。
隣にいるグレンもまだ顔をゆがませて笑っていて、表情もころころと変わる。
これはいつだったかな。
「へへっ!グレンと二人でね、特訓してたんだ!」
口が勝手に動き、顔が意志に反して表情をつくる。いつの記憶だろう、と悩むエレクの内心に反応することなく、記憶の中の幼いエレクは楽しそうに話している。
「風が思うように吹いて、俺は水で矢を作ってね!いつもは負けてばっかだけど今日はいつもとちがったの!」
「そうなんだよ。今日はエレクと引き分けたんだ!ノアさん!明日からもっといっぱい剣を教えてね!」
記憶の中のエレクたちはみんな笑ってて、エレクもグレンも身振り手振りで必死にアーレンスたちにはなしかけている。
あぁ。これは初めてうまく魔法が使えて、グレンとの勝負で初めて引き分けたときだ。二人ともくたくたに疲れて森の中で倒れてて、探しに来たノアさんに散々怒られた後、思い切り頭を撫でられたんだった。
そのときの「よくできました」がすごくうれしくて、そのあと何度もねだったんだっけ。
「俺、もっともっと強くなってお父さんもノアもグレンも、村のみんなも俺が守るんだ!母さんも絶対助けに行くから!」
無邪気な笑顔に悲しくなった。アーレンスも、村の皆も、もういないのに。
あれ、でもなんで母さんなんだっけ。母さんは、もう亡くなって……。
「じゃあ俺はお前よりもっと強くなってみんなを守るお前を護るよ」
エレクの思考をグレンの言葉が遮る。グレンも負けじと張り合っていたようだ。
今となれば聞くのも恥ずかしいけどこんな時代もあったんだなぁ。
うん。頑張らないとな。グレンも守れるくらい強くならないといけないからな、俺は。
ゆっくりと、確実に遠ざかりぼやけていく記憶の中の自分たちにエレクは小さく「ありがとう」とつぶやいた。
※
「どういたしまして」
覚醒しつつある頭にやさし気な声が降ってきた。
だれだ?重い瞼と必死に戦い、なんとか目を開く。体はぬくもりに包まれており、あれほど感じていた頭痛もどこかへ消えていた。
夢見心地のまま風でなびく自身の髪を眺めていると、ふいにきれいなブロンズが視界に入る。
「うわっ」
ばっと体を起こすとブロンズもさっとエレクの視界の端にずれた。
「もう動いて大丈夫か?そうとう酷い顔色だったけど」
勢いよく体を起こしたエレクはそのまま辺りを見回した。窓際に置かれたベットに壁側にある木製の机。真正面にあるのは扉と、扉を挟んで机と反対側にある書物棚。壁には、槍と呼ばれる武器が立てかけられており、近くには紺色の服もかけてある。
ここまでじっくり観察したがエレクはこの場所にも目の前の青年にも、少しも覚えはなかった。
ブロンズの青年は近くの椅子にかけてあったタオルをとると、滴り落ちる汗を拭う。何か鍛錬でもしている最中だったのだろう。前髪が長く、表情はうかがえないが、上気した頬と、よく見ると全身から流れ出ている汗が鍛錬の類の何かをしていたことを物語っていた。
「見すぎ。起き上がれるならお前の友達のところに案内するよ。」
エレクの前に手を差し出すブロンズの青年。程よく鍛えられた無駄のない腕が伸びてきて、つい自分の腕を想像して悲しくなった。
エレクがおずおずとその手をとると、そのままやさしく手をひいてくれた。
「ありがとう、ございます。ええっと……。」
「ん?あぁ。エルメルド・オリバーだ。ここの学園の二年生だよ。エレク・リーフバーグくん?」
エレクはばっと顔をあげる。
なんでわかったのか。たぶん顔にはそう書いてあるだろう。エレクはそれをかくすことなく表情であらわした。
二人の間を沈黙が流れる。
先に観念したのはエルメルドのほうだった。人が悪そうに左の口角を上げほほ笑む。
「んん、これならわかるかな」
エルメルドは木製の机の上に置かれた眼鏡をかけると、おろしていた髪をさっとうしろになでつけた。そしてそのままエレクと視線を合わせると、射るような鋭い目をエレクに向ける。先ほどまでとは違い、その瞳には明らな敵意が宿っっていた。
エレクの口がぽかん、とあいた。
「リオナルド様を利用しようなどと考えるのはおやめくださいね。無事でいたいのでしたら」
どうして気が付かなかったんだろう。目の前のブロンズの青年は、つい先日街で騒動を起こした時の青年だった。
固まるエレクの腕を今度は強く引くと、「わかりました?」とおいうちが飛んできた。
誰だかわかりましたか?の意味なのかリオナルドという多分あのスカイブルーの青年に手を出さないことに関してなのかわからないが、今のエレクが答える選択はひとつしか用意されていなかった。
「はい」
ついさっきまでの印象とかけ離れすぎてエレクは瞳に涙が浮かびそうになるのを寸前のところでせき止めてた。
「今は昼の休憩時間くらいでしょう。私はリオナルド様のところへ向かいますが、リーフバーグ殿はアルムハウザー殿のもとへ連れて行ってもよろしいですか?それとも、ご自分のクラスへ?」
「クラスへお願いします」
少しだけ驚いた顔をしたエルメルドは、すぐに顔を正すと、「わかりました」とうなずいた。
グレンのところに行くと思ったのかな。
きれいに制服に身を包んだエルメルドとともに長い校舎の廊下を歩く。
学園の中はやはりいろいろな種類の魔力で溢れていて酔いそうになるが、もううずくまるほどではなかった。だが、驚くほどに視線が刺さる。皆、一様に紺色の服に身を包み、その首元には緑色のタイが巻かれていた。
あれが俗にいう制服というものであろう。ここへくる道中で、学園では皆同じ服を着るものだ、とノアが教えてくれた。エレクたちが村で皆同じ衣服に身を包んでいたのと同じだ、と。
「あの、オリバーさん。オリバーさんのタイが赤いのは、二年生だからですか?」
エレクはどうしても気になったので口を開いた。エルメルド、と口にするのはためらわれたので、オリバーと呼ばせてもらうことにする。
嫌になるほど視線を送ってくる周りの生徒たちは、皆緑色だ。だが、エルメルドの首には赤色のタイが巻かれている。
「いえ……。クラス別です。そこら辺の学園の規則については、クラスで話があるでしょう」
「あ、そうなんですか!わかりました!」
エレクはクラス分の色のタイなんてカラフルだな、なんて呑気に窓の外を眺めた。窓から差し込む光がエルメルドのブロンズの髪をより一層輝かせていた。
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