お仕事パパ

安井マクティア

お仕事パパ

ヒロユキは自分の部屋の机にうつ伏せになり、左手に持っているスマホの画面をうつろな顔でじっと見ていた。

スマホの画面には先日別れた彼女と楽しそうに写っている2ショット写真が表示されていた。


ヒロユキは大学受験に失敗し、2年間付き合った恋人にもフラれ、生きることに意味を見いだせなくなっていた。

受験も恋人もまたがんばればいいのだが、ヒロユキにとってはこれまでの人生で最大の挫折であった。


自殺を考えたが、いっそ死ぬ前に父のシュンスケに相談しようと思った。

ヒロユキの小さい頃からシュンスケはいつも仕事で忙しくしており、学校の行事にも来ず、旅行などにもほとんど連れて行ってもらったことが無かった。

ただ、どうせ死ぬなら、最後に父親がどのような人物か少しでも知りたくなった。


ある日、リビングルームにシュンスケが一人でいるところを見計らって、思いきって話しかけてみた。


「父さん、ちょっと話があるんだけど」

「なんだ?」

突然息子に話しかけられたことに特に驚いている様子も無く、落ち着いた声色であった。

「俺さ、死にたい・・・」

「そうか、死ぬならもう食事はいらないだろ?これから死ぬやつに食費をかけるのは無駄だから、いつ死ぬか決めろ」

「!!?」


予想外の返答にヒロユキは言葉が出なかった。

瞬時でこんな切り返しができる人間が信じられなかった。

ましてや、それが実の父親なのだ。

ヒロユキの頭の中はパニック状態だった

自殺しようとしている息子の事より食費を気にしている事に怒りを覚えたが、言葉が出なかった。


「もしかして、仕事でもこんな感じで人に接しているのだろうか?」と一瞬脳裏をよぎり、血の気が引いた。

あまりの衝撃に意識が朦朧としたが、なんとか踏ん張って言葉を絞り出した。


「い・・・いや、死ぬとは言ってない、死にたいと相談してるんだよ」

「死を考えているということは、これからかかる食費や学費とかが無駄になる可能性がある。死ぬか生きるかハッキリしろ」

「・・・」


シュンスケはヒロユキの死にたい理由などは一切聞かず、ひたすらヒロユキが言ったフレーズだけを追求した。

まるで裁判の証言で変な言葉遣いをしてしまい、裁判の内容とは関係無いのに、それをひたすら追及されているように感じた。

ヒロユキの右手の握りこぶしが震えていた。


「・・・父さんは俺に死んでほしいの?」

「死にたいってお前が言ってきたんだろう。

生きて欲しいと思うが、お前の意見を尊重して相談に乗っているんだ。お前も男だったら、自分で吐いたツバ飲むな」


ヒロユキは数分間黙っていた。

「・・・じゃあ!死んでやるよ!」

「おいおい、自分を追い込むなよ。落ち着いて考えろよ。」


こいつ、人を追い詰めておいて、落ち着けだと?ぶざけんな!

屈辱を感じたが、何も言い返せない自分が情けなく、涙が止まらなかった。

その場に崩れうずくまるヒロユキ。

「・・・死ぬ・・のは考え直します・・・」と声を振り絞った。

もうこんな奴とは同じ空間にいるだけでも苦痛だ、一刻も早くどこかへ消えたいという一心から、本音とは異なる言葉を言った。


「おおっ!そうか、考え直すか」

シュンスケは珍しく少し顔をほころばせた。

まるで自分が人助けに成功したような得意げな顔をしているようだった。


数日後、ヒロユキが電車に飛び込み自殺したと警察より連絡が入る。

連絡を受けて泣き崩れる母親。

その背中を見ながらシュンスケは顔色一つ変えずに「相談に乗ってやったのに、裏切りやがって・・・」と呟いた。

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お仕事パパ 安井マクティア @yasugeo

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