読むなっ!

ペーンネームはまだ無い

第01話:読むなっ!

「この小説の続きを読むなっ! あんただよ。いま、カクヨムでこのページを開いているあんたに言ってるんだよ!」


 僕は驚いた。小説を3分の1ほど読み進めたところで、主人公のネロが明らかに読者である僕に向けたメッセージを口にしたのだ。

『アウグスタの石に花が咲く』という小説をカクヨムで見つけたのは昨日のことだった。学校から帰宅中、バスの中でスマホをいじっていた際に、カクヨムの新着小説でその小説を見つけたのだ。僕は何となく興味をひかれて、小説の概要ページをすっとばして第1話から読み始めた。

 内容を端的に言えば、少し古臭いファンタジー小説、というところだろうか。剣と魔法の世界で、英雄を夢見る男の子のネロがひょんなことから出会ったドラゴンに導かれて、幼馴染の女の子ユリアと冒険の旅に出る。おそらく少年と少女の淡い恋をテーマとした、どこか牧歌的で優しく温かみのある世界観とストーリーにハマり、僕は家についてからも夢中になって続きを読み進めた。

 ネロが英雄になるための第2の試練へと向かうところで、唐突に『ネロはまっすぐにあなたを見据えた』という文字が目に飛び込んだ。あまりに突然で最初は意味が分からなかった。あなたって誰のことだろう? 僕は首をひねったが、ネロの次のセリフで理解した。


『この小説の続きを読むなっ! あんただよ。いま、カクヨムでこのページを開いているあんたに言ってるんだよ!』


 ネロは、読者である僕に対して言っているのだ。

 なぜ急に小説の続きを読むなと言い出したのだろう? ネロからのメッセージを無視して続きを少しだけ読み進める。しかし、ネロはそれ以降、何事もなかったように冒険を続けた。

 少し気味が悪くなった僕は、そこで続きを読むのを止めて、カクヨムを閉じた。


 ***


 次の日、僕は学校へ行く途中のバスで、幼馴染で恋人の愛莉あいりに『アウグスタの石に花が咲く』の話をした。彼女は大して興味のない様子でスマホをいじっていたが、僕がひとしきり話し終えると手を止めて僕の方を向いた。


「そんなの、単にカリギュラ効果を狙ってるだけなんじゃないの?」

「……カリフラワー効果?」

「誰もアブラナ科アブラナ属の一年生植物の話なんてしてないっつーの」


 愛莉があきれた顔をする。アンタ、そんなことも知らないの? そういう表情だ。

 いやいや、そのカリなんとか効果とか、カリフラワーの分類階級とか、一般の男子高校生の僕が知っていると思わないでくれよ。愛莉みたいな一般の女子高生ならあたりまえの知識なのかもしれないけれど、僕に女子高生の知識を問わないでほしい。彼女の必殺技の愛莉チョップが怖いので、もちろん口には出さない。


「で、そのなんとか効果っていうのは何なの?」

「やっちゃダメって言われると、逆にやりたくなっちゃうっていう心理現象のこと。聞いたことない? ほら、鶴の恩返しだと『決して開けないでください』って言われた扉を好奇心に負けて開けちゃうし、浦島太郎だと『絶対に開けてはいけません』って言われた玉手箱を興味本位で開けちゃうでしょ。人間ってのは禁止される程その行為に惹かれちゃうもんなの。それがカリギュラ効果」

「ああ、芸人さんが『押すなよ! 絶対に押すなよ!』って言うあれのことか」

「誰も元々4人組だったお笑い芸人の、もはや伝統芸能といえるギャグの話なんてしてないっつーの」


 愛莉は再びあきれた顔をすると「とにかく」と少し強めに言った。「アンタが読んでいたその小説は、続きを読むなって言ってアンタの気をひいて、続きを読ませようとしてるだけなんでしょ。そんなの気にしないで、アンタが読みたいなら続きを読めばいいし、読みたくなかったら読むのを止めれば良いじゃない」

「そうか。うん、そうだね」


 僕は愛莉に感謝を述べたところで、バスは目的地に着いた。


 ***


 結局、僕は『アウグスタの石に花が咲く』を読むのを止めた。ネロの『この小説の続きを読むなっ!』というセリフを読んだ後の何ともいえない気持ち悪さに従うことにしたからだ。

 続きが気にならないと言えば噓になる。ふとした時に、あの小説の続きはどうなるのだろう、という思いが頭をよぎる。最初は授業中や食事中、入浴中なんかに『アウグスタの石に花が咲く』のことを考えた。頻度は少しずつ少しずつ増えていき、最近は他の小説を読んでいるときや、ゲームをしているときにも『アウグスタの石に花が咲く』のことを考えるようになっていた。


「……ねえ、聞いてるの?」


 愛莉の声で僕は我に返った。


「えっと、ごめん、ボーっとしてた」

「ちょっと。しっかりしてよね」


 そう言って愛莉は僕を叱ったが、すぐに心配そうな表情を浮かべる。「アンタ、本当に大丈夫? ここんとこ様子が変よ」

 愛莉が心配してくれるなんて珍しいことだった。


「うん、大丈夫。考え事してただけだよ」

「なに考えてたの?」愛莉がジッと僕を見つめる。「……他の女の子のこと?」

「違うって。この間、愛莉にも話した小説の続きが気になってただけだよ」

「ホント? ホントに他の女の子のことじゃないね?」

「本当だって。愛莉の横で他の女の子のことを考えるほど、僕は命知らずじゃないよ」

「それ、私と一緒にいないときは、他の女の子のこと考えてるってことじゃない!」


 愛莉の隠し必殺技のデンジャラス愛莉チョップが僕の体に突き刺さる。ぐふっ。そして、僕は膝から崩れ落ちた。


 ***


 それから数日後の朝。停留所でバスを待っているときに、愛莉が僕に尋ねる。


「あんたの読んでた小説って、『アウグスタの石に花が咲く』で合ってるわよね?」

「うん、そうだよ」

「カクヨムに投稿されてるのよね?」

「うん、そうだけど、どうしてそんなことを聞くの?」

「ここんとこのアンタがずっとその小説にお熱みたいだから、このアタシがアンタにあわせてその小説を読んでやろうってのよ。そうすればアンタもアタシと感想を言い合えるでしょ」


 いつもより3割増しで偉そうな愛莉の言葉に、思わず顔が緩む。「うん、そうだね」怖いもの知らずの愛莉が一緒に小説を読んでくれるのであれば心強い。『アウグスタの石に花が咲く』に気味が悪いところがあったとしても、彼女と一緒なら笑い飛ばせる気がした。

「でも、変なのよね」愛莉は不思議そうに首を傾げた。

「何が?」僕が尋ねる。

「『アウグスタの石に花が咲く』なんて小説、カクヨムのどこを探しても見つからなかったんだけど」

 ……え? 僕の思考が一瞬停止する。愛莉はその一瞬を読み取ったのか、一呼吸おいてから話を続ける。

「他の小説投稿サイトとかSNSとかも探してみたんだけど全然ダメ」

 僕はスマホを取り出すと、カクヨムを立ち上げて検索ボックスに『アウグスタの石に花が咲く』と入力した。

 検索結果は、0件。

 愛莉の言うとおりだった。何かの事情で削除されてしまったのだろうか? こんなことになるのなら、あの時に続きを読んでおけばよかった。

 休み時間や帰りのバスの中なんかでも何度かカクヨムで検索してみる。もちろん結果は変わらない。結局、その日は意気消沈したまま1日を過ごした。

 1日を終えてベッドに潜り込んでも、小説のことが気になってなかなか寝付けない。何気なくスマホに手を伸ばすと、カクヨムを立ち上げる。幾度となく検索した小説のタイトルを入力した。

 検索結果は、1件。

 僕は急いで姿勢を正すと、震える指で『アウグスタの石に花が咲く』の文字をタップした。また読めなくなってしまう前に。僕は急いで読み進め始める。


 ***


 話を読み進めるほどに、ネロの冒険は徐々に陰惨なものへと変わっていく。

 道中で出会った仲間たちが英雄の試練の中で帰らぬ人になり、蘇った魔王の手によって世界は混沌に陥って多くの人々が失われていった。生き残った人々も我が身の可愛さから、他人を騙し、他人を裏切り、他人を虐げた。

 ネロは身も心も傷だらけになりながらも、ユリアに支えられて辛うじて英雄の力を得ることができた。しかし、魔王の策略によって、ユリアか世界のどちらかを選ばなければならない状況になってしまう。ユリアを救えば世界が滅び、世界を救えばユリアは死ぬ。ネロは葛藤しながらも、ユリアと世界、その両方を救うことを決意する。

 結果からいえば、ネロの判断は間違いだった。英雄の力を持っていたとしても、それは叶えられない願いだった。ネロが選んだ道のせいで、ユリアは命を失い、世界中の人々も大半が滅んだ。すべての仲間が息絶え、ネロの故郷は焼かれて家族も失った。

 心身ともに衰弱しきったネロの眼前で、魔王が剣を振り上げる。

 ネロは渾身の力を振り絞って、恨みを込めて睨む。


『……オレは、読むな、とあんたに言った! なのに、なぜ読んだ!?』


 ネロは、恨みを込めて、僕を睨む。


『あんたがあそこで読むのを止めていれば、オレは幸せでいられた! ユリアや家族や仲間たちと一緒に幸せでいられたんだ! おまえさえこの小説を読まなければ!』


 魔王が剣を振り下ろし、今際いまわきわにネロは言う。


『全部、あんたのせいだ。同じ目に、遭わせてやる』


 そこで小説は終わった。窓の外はすでに明るくなっていた。


 ***


「今日は一段と眠そうな顔してる。また徹夜で小説を読んでたの?」


 翌朝、玄関先で僕を迎えにきた愛莉に言われた。それに欠伸で返すと、軽めのチョップをお見舞いされる。少しだけ眠気が冴えた。

 昨晩、『アウグスタの石に花が咲く』を見つけたことを伝えると、愛莉が「良かったじゃん、見つかって」と嬉しそうな顔をした。「なるほどね。それで徹夜しちゃって寝不足になってる訳ね」

 家を出てバス停へと向かう。


 バス停に着くと、すでに10人以上が並んでバスを待っていた。愛莉が列の最後尾に並ぶと、僕の方へと振り向く。僕が愛莉の隣に並ぶと、彼女が口を開いた。

「で、お目当ての小説は面白かったの?」

 僕は答えに迷った。

「……あ、うん、途中まではね」

「なーんか、煮え切らない答え」

「正直、最後の方は、ちょっと、ね。なんだか気味が悪くて」

 その瞬間、目の前を大きなものが猛スピードで通り過ぎる。何かが破裂したような音。続けて大きな爆発したような音。気づいたときには、僕の前から愛莉の姿が消えていた。


 心臓がバクバクと大きな音で鳴る。キンと耳鳴りがして、周囲で次々とあがる悲鳴が遠くのもののように聞こえた。思い出したように吸い込んだ息で喉がひりつく。

 大きな影が通り過ぎて行った方へと視線を向けると、横転したバスが近くの建物に突っ込んでひしゃげていた。付近には何人もの人が倒れている。痛みを訴える人もいれば、ピクリとも動かない人もいる。……すでに人の形をしていない人もいた。愛莉もそうだった。制服とカバンにつけたストラップがなければ、彼女とすら気づけなかっただろう。

 僕はその場に座り込む。目の前の光景が、現実のものだと受け入れられない。視界が暗くなってくる。貧血だ。吐き気が止まらない。

 ……ねえ、愛莉。何か言ってよ。


 それからは坂道を転がり落ちるように、不幸が舞い込んだ。その日のうちに家がガス爆発で吹き飛び、家族を失った。その日のうちに変質者によってクラスメイトが皆殺しにされた。

 ブルブル、ブルブルと、断続的にスマホが鳴動する。たぶん、また訃報の知らせだ。あれからもう、何時間もずっと訃報が飛び込み続けてきている。もう確認する気力もわかない。


 なんでこんな事になってしまったんだろう? 何が悪かったんだろう? ……そんなの、決まってる。

「全部、あんたのせいだ。あんただよ。いま、カクヨムでこのページを開いているあんたに言ってるんだよ」

 僕は、この小説の最初に言ったはずだ。この小説の続きを読むな、って。あんたがそのときに読むのを止めていれば、愛莉が死ぬことはなかった。家族も友人たちも死ぬことはなかった。ずっと幸せな時間が続いたんだ。こんなバッドエンドを迎えることなんてなかったんだ。

 僕は渾身の力を振り絞って、恨みを込めてあんたを睨む。


「全部、あんたのせいだ。同じ目に、遭わせてやる」

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