唐突…なボウリング男

 ボウリング場に行くと、ボールラックの前に男が座り込んでいた。

「ダメですよ。喧嘩はダメです。嗚呼、お兄さん、喧嘩をとめてください」

 男が唐突に話し掛けてきた。


「…俺ですか?」

「そうです、あなたです。見てください、酷い喧嘩ですよ」

 しかし、男の前にはボールラックしかなかった。

「誰と誰が喧嘩しているんですか?」

「軍曹と脱走兵ですよ。凄い舌戦です」

「…軍人?」

「はい。脱走兵はカリフォルニアの自宅の鍵を掛けたか心配になって、アフガニスタンの部隊を離れたらしいんです。結局、自宅の鍵は掛かってたみたいなんですけどね」

「…はぁ」

「軍曹は厳しい方ですよ、いわゆる鬼軍曹です。でも脱走兵も鬼脱走兵なんですよ。凄く逃げますから。…早くお兄さんも喧嘩をとめてください」

 男は早口で捲し立てた。

「…え?」

「あ、針すなおが、この光景を風刺画にして笑っている」

「何の事を言ってるんですか?誰もいないじゃないですか」

「えっ!?…嗚呼、またやってしまった」

 男は我に返り、うなだれた。


「どういう事ですか?」

「いわゆるシミュラクラ現象という奴です。人間は逆三角形の3点『∵』を顔と認識する性質があるんです」

「つまり、ラックに並んでるボールの3つの穴で、顔と認識したという事ですか?」

「そうです。更に私は感性が豊かなので、そこにリアルな人格まで見えてしまうのです。私にはこの13ポンドのボールが軍曹に見えていました」

「…それは大変ですね」

「えぇ、先週はここに並んでいる5つのボールが全て3億円事件のモンタージュ写真の男に見えたんです。私は必死で自首を勧めたんですが、3億円事件の犯人が5人だと15億円事件ですからね。私には手に負えませんでしたよ」


 男がそう言った瞬間、ボールラックにボールを戻しに係員が現れた。

 係員を避けた男は、俺とぶつかった。

 気が付くと、俺と男は体が入れ替わっていた。

 俺は仕方なく、ボールラックに並んだ小室ファミリーの面々を眺め、彼等と一緒にをglobeのDEPARTURESを歌っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

唐突…な男達 塩塩塩 @s-d-i-t

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ