唐突…なグレー男

「すみません。お兄さんタバコを一本頂けませんか」

 刑務所の横を歩いていると、男が唐突に話し掛けてきた。

 しかし、どこを見ても声の主はいない。


「ここです。上ですよ、上」

 見上げると、刑務所の塀の上に男が涅槃像のスタイルで俺を見下ろしていた。

「だっ…脱獄」

「はっはっは…、人聞きの悪い。刑務所からここに上がったのではなく、外からここに上がったのです」

「どういう事ですか?」

「ご覧の通り、私は今刑務所とシャバの間に位置する状態です。真人間と犯罪者の間という訳です」

「はぁ…、つまり犯罪者スレスレの人なんですね?」

「いいえ、白と黒の間には永遠のグラデーションが広がっていますからね。私なんて随分白寄りのグレーですよ。つまり、ほぼ真人間です」

「そうなんですか…。しかし、なぜそんな真人間に近い人がそんな所に?」

「まぁ、順番です。『あなたはグレーだから塀の上に来なさい』とハガキが届きますからね。あなたも時間の問題ですよ。完全な真人間なんて、存在しませんから。数年後には刑務所の外で暮らす人なんて、存在しなくなりますよ」

「まさか…でも、そんな狭い所で危なくないんですか?」

「塀の上で暮らすグレーゾーンの人間の増加に伴い、塀は少しずつ分厚くなり、今や台地状になっていますからね。中心に小さな穴の様に刑務所が存在しているのです。…とにかく塀の上は広いものですよ」

「えぇっ…、それは知りませんでした」

「ところで、タバコ頂けませんかね?」

「あぁ、私はタバコを吸いませんので、持ってませんよ」

「何だって!?それならそうと早く言ってよ!」


 男がそう言った瞬間、突風が吹いた。

 風に煽られた男は塀からこちら側に落ちて、俺とぶつかった。

 気が付くと、俺と男は体が入れ替わっていた。

 俺は仕方なく『また暇潰しに塀の上から嘘を付いて、からかう相手を探そう』と考えていた。

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