六甲ホラーショー

三鬼陽之助

第1話 もの凄―く暗い、ベルベットの様に暗い夜の暗闇の中


 もし、よろしければ、不思議な旅にお連れしよう

 何か事情があって、川開きが暑中を過ぎた後に延びた年の当日であったかと思う。余程年も立っているので、記憶がややおぼろげになってはいるが、又かえってそれが為に、或るかどかどがゲシュタルト崩壊させられて、霞んだ、濁った、しかも強い色に彩られて、古びた想像のしまってある、私の灰色の脳味噌の物置の隅に転がっている。

 もちろん生れて初めての事であったが、これから後、まずそんな事は無さそうだから、生涯にただ一度の出来事に出くわしたのだと云って好かろう。それは彼らが百物語の催しに行った時の事である。



 いつもと変わらないある夜、ブラッドメイジャーズと婚約者のジャネット、つまりごく普通で健康的なふたりの若者達は10月の夜更けにデントンをあとにして、恩師でもあり、友人でもあるスコット先生を、六甲山の山中にある先生の別荘にたずねに行った。


 嵐を予感させる雨雲が深く垂れ込めたが、ふたりはその雲に向かって車を走らせた。車にはもとからスペアタイヤは載せられておらず、応急修理の工具もその日に限って下ろされていた。 

 でも、二人は恋に燃え上がり張り切っていた。

 この夜こそ、二人にとって忘れがたい想い出となるのであった、いついつまでも.......。



 豪雨がフロントガラスを滝の様に流れ落ちる中、ラジオで安倍晋三氏が4期目について演説をしていた。

「ねえ、ブラッド、さっきからオートバイが三台もすれ違ったわ。こんな天気なのに危ないわね」とジャネットが言うとブラッドメイジャーズは前を凝視したまま鼻で笑うようにいった。

「連中は命が惜しくないのさ」ブラッドメイジャーズがそういうとジャネットは納得した様に菓子を食べながら頷いた。


「ところで、さっきからどうしたの?」しばらくして、自分では全く運転をしないジャネットですら先ほどからの異変に気付いていた。

「どうやら、道に迷ったらしい」二人の眼前に行き止まりの標識の付いた柵が現れた。

「じゃあ、さっきのオートバイはどこから来たのかしら」

「仕方ない、今来た道を戻ろう」少し考えて、ブラッドメイジャーズが後ろをふり返りながら来た道をバックしていると突然破裂音がして二人の乗る車に軽い衝撃が走った。

「今の、バンってなに?」

「パンクした」

「クソっ、パンク修理の工具は掃除の時に下ろしたままだ」ブラッドメイジャーズはそう言うとジャネットのシートを叩いた。それに驚いたジャネットは大きな眼を見開いて忌々しそうな顔をして見せた。


 滝の様な雨の中、道に迷った六甲山の奥深く、彼らの乗ったマツダRX8は運悪くパンクしてしまう。携帯電話の電波はどこにも届かず、ブラッドの趣味で走り屋仕様に改造してしまったRX8は極端な扁平タイヤのせいでパンクしてしまうと数メートルも走ることができなかった。


「ここにいて、僕が助けを呼んでくる」

「ここがどこかも分からないのよ」走り屋仕様のブラッドメイジャーズのRX8には後付けナビすら付いていなかった。


「さっき、城があったな、病院かも知ない。たぶん電話を借りられるはずだ。二人で濡れることはないさ」

「いやよ、私も行く。電話を貸してくれるひとが美人だったら、あなた、かえってこないもの」

 それを聞いてブラッドメイジャーズは愛おしそうに笑って外に出ると、膝のうえにのせていた産経新聞を頭にかぶってジャネットも外に出た。

 もうここは滝の中かというくらい土砂降りの中、二人は暗闇をさまよい始めた。



“この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ”

 二人がくぐった古びた鉄門にはそう書かれた外れかかった看板が下がっていた。

 

 もの凄―く暗い、ベルベットの様に暗い夜の暗闇の中

 明るく燃え上がる導く星がひとつ

 なんでも良いけど、だれ?

 光が見える(フランケンシュタインんとこ)

 光が見える(暖炉か、あれ?)

 光が見える 誰の人生の暗闇にも光が見える

 夢のなかを暗闇は下る

 モルヒネゆっくり流し込んで、太陽と輝きが流れ込む(あかんやろ)

 私の人生へ

 光が見える(フランケンシュタインんとこやって)

 光が見える(暖炉やんな、あれ?)

 光が見える 誰の人生の暗闇にも光が見える


 冷たい雨に肩を寄せ合い、二人は一軒の古びた屋敷にたどり着いた。

「ブラッドすごく寒いわ。死にそうなくらい寒い」不安そうなジャネットを無視したブラッドメイジャースは、力強く玄関の呼び鈴を押してジャネットに笑顔を見せた。陰に籠もった鐘の音が、ガラン、ゴロン、バタンっと扉の向こう側ですると、すぐに屋敷の扉のかんぬきが外される音がして、扉が開かれた。

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