夢の後先

一ノ路道草

第1話

 かつて俺が中学生や高校生だった頃、世界が滅亡する夢を何度か見た事があった。


 まず初めに昼間の空が突然真っ暗になり、その次には逆に空が一面真っ赤に燃え上がり、三番目に紫色の雷が雨のように降り注いで逃げ惑う人々を貫き、四番目には業火を纏う巨大な隕石が、視界を埋め尽くすようにゆっくりと落ちてくる。最後の隕石によって俺自身を含め、一緒に逃げていた友人や家族も皆死んでいく。


 纏めて言うとこんな内容だが、最初は普通にみんな、あの真っ暗な青空の下で会社や学校に通ってる。やがて数日が経過して空が燃えるように赤く光り出しても、ニュースやネットの反応も最初は騒ぐんだが、次第に慣れちまってリアクションがさっぱり鈍くなるんだ。


 そうやってみんなが、まるで日常のように異常に慣れきっていて、制服を着た俺が呑気にあくびをしながら通学中の電車内からぼんやりと眺めたその光景は、目が覚めてみるとあまりにも恐ろしくて、リアル過ぎていた。


 恐らくはそんな内容の夢を、当時三回か四回は見たのだと思う。海外の名作映画みたいで迫力があったから、怖がるというよりは、むしろ周りに自慢するくらい楽しんでいた気がする。それ以来、そんな物騒な夢はとんと縁が無かったのだが……。


「まただ。またあの夢だ……」


 十代だった子供がすっかりと三十路になった現在。俺は先週から毎日連続で、あの、世界が滅びを迎える夢を見ていた。


 特にこれと言ったストレスや疲れ、悩みもない。職場の同僚とはそれなりに楽しくやれているし、稀にだが俺の案が採用されたりして、仕事への充実感もある。不満点はせいぜい、ここ数年は彼女が居ないくらいだろうか。けど、いくらモテないからって世界なんざ滅んじまえとまでは、流石に思わないしな……。


 要するに、こんな夢を何度も見るほど、俺の心身は病んでいない筈なんだ。それなのに……。


 最初は昔が懐かしくて、正直なところ若干嬉しいとすら思ったが、いくら何でもこう毎日だと、内容が内容だけに恐ろしいものがある。まさか本当に、俺が夢で見るような形で、世界が滅びを迎えるとでも言うのだろうか……。


 そんな不安を抱きつつ、今日も仕事には出なければならない。別段何も苦痛ではないが、本能がこのままでは不味いとでも言うように、俺は日増しに妙な焦りを感じ出していた。けどそうは言ったって、何をすれば良いかなんて、それこそ何も思い浮かばない。俺なんかに一体どうしろってんだ。


 そうやってあくびを噛み殺しつつ、ぼんやりと視線を上げる。電車の車窓から見える早朝の爽やかな景色が、ごく一瞬だけ、やたらと暗く見えた気がした。

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