最終話 選択
基地ではない場所で仕事をするのは久しぶりだった。
アスタリクは正装し、王宮の執務室でいくつかの書類に目を通していた。その手元には、ルーベルトの更なる身辺調査のレポートと、印画紙に焼き付けられた極めて旧式の写真が一枚あった。
それは《エンタール》による提出物だ。王宮の郵便受けに国王宛の親書として入っていたものだが、いかなるルートでこの国の郵便システムを利用したのかは謎だった。
写真に写っていたのは、誰かの背中と思われる一面の肌色と、そこに浮き出たこの国の紋章――そのタトゥーだった。
それにしても、とアスタリクは唸る。この国でさえ写真はデジタルで管理することが主流なのに、ロストテクノロジーとも言える〝現像写真〟をどうして送ってきたのか。
腑に落ちなかった彼は、昨晩その写真を例の二次元コードで画像解析してみた。するとやはりデータストレージにアクセスするための暗号が出現した。
ストレージに保管されていたのは、《ハイラウンド》社が経営の一環として計画的に〝AIの暴走〟を仕掛け、バーミアを滅ぼそうと画策していた事実、それを裏付ける証拠の数々だった。
そんな都合のいいものを鵜呑みにするほどアスタリクはお人好しではないが、ハイラウンドが次になにかを仕掛けてきたとき、取引するための材料としては悪くないと思った。
《アイランド》が跡形もなく消し飛んだあの爆発は、敵への抑止力としてはじゅうぶん機能している。この国は《共同体》に属していない上に、あれほどの戦闘力を持った《エンタール》とのパイプがあると知れば、相手にとってちょっかいをかけることに得はないだろう。あくまでも〝費用対効果〟を戦略上の主眼と置く企業への対抗はこれで成り立つ。
「陛下、お時間で……ゴザリマス、いやございますか。あぁ、慣れねぇな!」
扉を開けるなりガニッシュがそう言うので、彼は噴き出してしまった。
「服は似合ってるぞ」
「いや、でも俺がその……王室の補佐官? ていうのはやっぱりどうにもねぇ。ご褒美だってのはわかってるんですが……」
「少し落ち着いたらまた空に戻してやる。ちょっと我慢してくれ」
「ああ、はい。もったいないお勤めだと思って励みやす!」
肩の張りつめた背広を着て敬礼する隻眼の男に微笑みかけ、アスタリクは席を立った。
そしてもう一度写真に目を落とした。
そこに写っているインプラント・タトゥーは、破壊される前の〝ジャンヌ〟のものなのだろうか。それとも、ココが新たに使用している〝人形〟のものなのか。
あの日――格納庫でココたちが拘束されてから、《インフェルノ》に乗っている彼女らの姿をアスタリクは目視したわけではない。その前の晩にアスタリクの前に現れた〝ジャンヌ〟が、ココ=エンタール本人ではないという証拠もないのだ。
意味ありげなその写真の本当の意味を探ろうとしたが、そう思わせるのもまたあの女のやり口なのかもしれない。アスタリクは含み笑いを浮かべながら写真を引き出しにしまった。
バルコニーの扉の前にアスタリクは立つ。
先の戦闘の事後報告と、今後の王国の未来に向けた重要な宣言が、そこで行われることになっていた。そのためのスピーチはすべて自分で書き、誰にも見せてはいない。そしてガニッシュがこの場にいることにも重要な意味があった。
自分の決断は大きな波紋を呼び、国に混乱をもたらすのかもしれない。
だがアスタリクの闘う意志は変わらなかった。いずれにせよこの国は、「科学技術の際限なき前進」という、人類に与えられた天命に背を向け、銀河の片隅で孤独な闘いを続けてきたのだ。
アスタリクは、その闘いを人民にまで拡げようとしている。
それが卑怯だと罵られれば、喜んで王宮を明け渡す覚悟だった。あらゆる権限を与えられた国王には、命を惜しむという自由だけは持ち得ぬものだ。
扉を開いて、アスタリクはバルコニーに歩み出る。
国を護り通した英雄に、惜しみない歓声が浴びせられた。
若き国王の視界には、いくつもの旗がたなびいていた。それは、今後百年もまたはためくであろう、バーミア王国の風を浴びた旗だった。
《完》
戦場にジャンヌは旗を フジシュウジ @fuji_syuzi
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