第55話 服屋さんへの福音
上流階級のファッションは、庶民女性のように胸から下の腰回りを締め付ける代わりに、重ねたドレスの上から紐でくくることで身体のラインを見せるものらしい。
子供服みたいな概念がないみたいで、私に用意された服はそのままそれを小さく作ってある。
そして、大人と同じように仕上げ紐でくくられたのだけど……チャーシューになった気分。
ううん、重ね着してるだけに
あるいは笹団子。
幼女のちまき仕上げだ。
「ご覧ください。いかがでしょう」
「うん、悪くないんじゃないか?」
マダムの問いかけにアレンが応え、ロイも軽く頷く。
こういう買い物に付き合うの、疲れないのかな。
前世だと、男の人って女性の買い物に付き合うのめんどくさがる人が結構多かったような印象なんだけど、こっちじゃ違うのかしら。
それとも、これもお貴族様のたしなみ、的な?
しかし、着たり脱いだり着たり着たり脱いだり、着たり着たり着たり……私の方が疲れたわよ!
その上ぐるぐる縛られたんだけど、これ脱ぐのにも、ほどいてから脱いで脱いでほどいて脱いで……うわ、考えただけでも面倒!
元の服に改めて着替えるのすら億劫!
着方は和服に近いものがあるけど、複数の紐を使うから手間が格段にかかる。
これは、メイドさんとかに着つけてもらわなきゃ無理だわ……。
「うへぇ」
「あらあら、疲れちゃった? 本当は合わせるアクセサリーも選びたいところなんだけれど……」
「うへぇ~……」
いくら中身が大人だって、忍耐力にも限度というものがある。
「いっそ、ぬいつけちゃえばいいのに……」
何度も重ね合わせて検討されたグラデーションの袖ぐりを目にぽつりと呟く。
すぽんと着ればいいだけのワンピースってほんと最高だよね!
「んん? 縫いつける?」
私のつぶやきを耳ざとく聞きつけて、マダムが聞き返してきた。
「ほら、このおそでのとこだけぬのをかさねてぬっちゃえば、きるのはいっかいですむでしょ?」
考えてみたら、私。前世でも、ドッキングワンピとか、そういうコンビネーション的な服ばっかり着てたな。
襟付きニット、とかね。
一枚着るだけでコーディネート考えなくていいから楽なんだもん。
「重ねて、縫う……」
マダムはピシャーンと雷にでも打たれたみたいに直立不動になって、わなわなと震え出した。
「何で気が付かなかったのかしら……」
「ふぇ……?」
んぎゃ! 何々?
マダムは跪いて私の手を取ると、目をキラキラさせて顔を覗きこんできた。
「お嬢様は天才ですわ……! アレン様、わたくし作らせていただいてよろしいでしょうか……!」
姿勢は保ったまま、ぐりん、とアレンの方に顔だけ向けるのはちょっとホラー。
アレンの隣に立っていたロイが少しびくっとなったのは、怖がってるんだと思う。多分。
「え……? それはおちび、いやこの場合はロイか……? 次第っていうか……」
アレンが困った顔で、ロイと私を交互に見る。
ロイが首をプルプル振ってるところを見るに、この場の決定権は私に託されたらしい。
「え、えーと……いーよぉ……?」
「ありがとうございます! まずはさっそくお嬢様の服を作らせていただきますわ!」
マダムは使命を受けた騎士のようにきりりと天を仰ぎ、それからゆったりと礼を取った……んだと思う。
なんで疑問形かというと、その礼がちょっと不思議だったから。
前に教会に行った時、ロイの礼はボウアンドスクレープに似てた。
一度両手を開いてから胸に右手を当て、左手は手のひらを相手に向けたまま、というものだった。
でもマダムがとった礼は、両手を開くのは同じだけど、一度顎を空に向ける感じで喉を反らし、そのまま頭を下げるというもので……こういっては何だけど、オットセイかペンギンの形態模写っぽいというか、前世の常識から考えるとふざけてるみたいな感じなのだ。
でも、ゆったりと厳かに動いてるから、きっとものすごく丁寧な礼なんだろうな……。
「えっと……あの……」
「ビスティアナ、チーロが困っているから」
アレンが苦笑すると、マダムははっとした様子でパタパタと作業を再開した。
そんなわけで無事(?)謁見用の服は用意できるみたいだった。
怪力幼女は恋愛関係おことわり! 白生荼汰 @emyu80
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