第54話 お買い物はこれから本番
「新しい服や髪飾りなんかはいらないのか? せっかく王都にいるのに?」
まるで信じられないものを見る目で見られてしまい、私は再びロイと顔を見合わせる。
「あぁー、そういうのかー」
「……考えもしなかった」
「そういうとこだぞ、ロイ。初めて王都に来たチーロはともかく、女の子なんだからもう少し気を使ってやれよな」
「一応洗い替えは用意している」
「…………」
アレンは深く溜息をついて首を振る。
「なんにせよ、近いうちに親父や母上の御前にまかり越すんだから、そのための服を作りに来て正解だったな」
「なんで、あれんのごりょうしんにごあいさつ?」
ぽかんとしている私の額をつん、と突いてアレンは長い長い溜息をついた。
「人嫌いで通っていた辺境伯家ご子息の養い子だぜ? そりゃ親父も興味を持つってもんだ」
「ろいのごりょうしんならともかく……うえ、おきぞくさまかー」
うえ、とベロを出して嫌な顔をしてしまう。
……ん、ちょっと待って。
「アレンのおとうさんって……おうさまじゃん!」
「おー。登城するんだから、子供って言ってもそれなりの格好は用意しないとな」
白目を剥きかけた。
いきなりお城って、ハードルが高すぎませんかねー?
「まってまってまって!」
「なんだ?」
「わたし、れいぎとかわかんないよ!?」
「公式な召喚要請ってわけでもないし、そんなに難しく考えることはないから平気平気」
のほほん、とアレンは軽ーく言うけど、私は知ってるんだからね。
軽率に関係者が言う大丈夫、とか、難しく考える必要はない、って一番警戒しなきゃいけないやつ!
あばばばば、ってなっていたけど、アレンは買ってきたものを食べ終えるなり、無情にも高級服屋さんに私たちを連行して行った。
私はといえば、当然のように抱っこされているので、文字通り手も足もでない。
あの、その、せめて、食休みというか、心の準備をですね……!
食べたばかりではキュートなおなかもぽんぽこりんですしー!
アレンが連れて行ってくれた服屋さんで出迎えてくれたのは、ビスティアナというふくよかな中年女性だ。
ビスティアナは人の良さそうな微笑みを浮かべ、息つく暇もないくらい次から次にアイテムを繰り出してくる。
「……いっぱいきるんだねえ」
あれもこれも、って持ってこられて何一つ選んでないような段階で、私はすっかり疲れ果ててぐったりしてしまった。
買い物に疲れた訳じゃなくて、単純に動作数が多い。
そう、多くのドレス、というのはいろんな種類の、ということではない。とにかく重ね着するのがおしゃれ、みたいなルールがあるらしい。
襟ぐりや袖口に変化をつけて、重ねて色目を見せるのが嗜みみたいで、つまりとてつもない重ね着を繰り返させられるのだ。
「どれだけ多くのドレスを着こなせるかがレディの腕の見せ所ですからねえ」
店主であるもっちりした感じのマダムは優し気にふんわり笑うけど、これ一歩も引く気がないヤツだ。
……もー、勘弁してよ。
だからってこの幼女ボディをコルセットで締め付けられても困るのだけど。
「どれすは、きゅってしないの?」
そこいらに歩いている人って、なんとかクエストとかほにゃららファンタジーみたいな恰好の人が多いから、てっきりお貴族様用のドレスもロココとかバッスルみたいないかにもな奴かと思いきや、エンパイヤ調っていうのか、ストーンとしたシルエットをしている。
そのストーンとしたドレスを何枚も重ねた上から、綺麗な紐であちこち縛り、さらにガウン的なものやストール的なものを羽織って、アクセサリーを重ね付けするのが、この世界の上流階級的おしゃれらしい。
ヨーロッパというより、古代ローマとかエジプトとか、そんな感じ。
「きゅっ? あぁ。だってお貴族様は働く必要がないでしょう? 身体を締め付けなきゃ乳が邪魔になるほどお動きにならないでしょうからねえ」
「ちち……」
ほほ、と笑うビスティアナが着ている服は、しっかりコルセット的なもので締められている。
冒険者とかそういう戦う職業ではなさそうな、その辺を歩いている女性の一般的らしい格好だと、だいたいこういう感じ。
子供はワンピース一枚とか、その上に何か羽織ってるけど、成人してるだろう女の人の多くは、簡易的な鎧っぽいものをワンピースの上から紐で引き締めて着用している。
コルセットってほどしっかりしてない、皮素材のチューブトップみたいなもの。
なるほど、これがブラジャー代わりになってるんだ。
見せコルセットのようなおしゃれアイテムではなかったのか。
重ね着バンザイなおしゃれ感は庶民も同じ。だけど、布製品も安くはないからか、スカーフみたいなもので見た目のボリュームを嵩増ししてる。
庶民の服も庶民の服で、大人になったら結構大変そうだ。
その点、ロイなんかはローブで全部誤魔化してるので、断然楽そう。
私も将来的にはそうしたい。
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