EP - 04 ファーストコンタクト

 「うわっ!おっ!?!!あ…やっべ!うおーー??」


 おにぃが外で大はしゃぎしている声が中まで聞こえてくる。なかなか楽しんでいるようだ。どうも、初めからこの体験が目的だったんじゃないかという気がしてきた。


 一方の私といえば、手を油まみれにしながら平峰ひらみねさんのギアのチェックを一通り終えたところだ。ここじゃ専用の機械もないし、必要な振れ取りや補正なんていう高度な作業はラボに持って帰ってすることにした。椅子に座って一息ついていると、平峰さんがジュースを持って来てくれた。


「いやー、今日は来てもらえてほんとによかったです。その…できれば今後も整備をお願いできたりってしないでしょうか?」


「そうですね、エンジン回りなんかは多分専門家に任せた方がいいと思うのであれですが、ローラー部分に関してはおそらくうちでうことはできると思います」


「モーターのチューンはどうですか?」


「あー、レーシング用のやつはちょっとノウハウがないので、そこもどこかに頼んだ方がいいかもしれないですね。特に、エンジンが2ストですから、その特性に合わせた制御ってなってくると、やっぱり専門家ですかね…」


「そうですか…実はうちのギア、地元企業総出で作ってもらったものなんですけど、いろんなパーツをいろんなところからもってきて作っているので、なんとなく挙動きょどうの統一性を持たせるのが難しいんですよね。私たちのメカニックもできる限りのことはしてくれているんですが…」


「ああ、そういうことなんですね」


 見ていてなんだかかなり手作り感のあるギアだなあとは思っていたが、どこかのメーカーのモノをベースにしているんじゃなくて、完全に個人用に専用設計ワンオフされたものときいて納得がいった。正直、組付けの精度がそこまでいいわけではなく、結構ワッシャーでごまかしたりなんかした部分もちらほら。私のスイングアームも干渉かんしょうを防ぐため一部が削られてたり、手探りで進めていったということがよくわかる状態だった。


「あの、こういうギアでも、あ、別にこのギアが悪いと言っているのではないんですけど、SPEEDSTARSは戦えるものなんですね…もっとこう、メーカーが出してるレースベース車をもとに作りこんで…っていうのをイメージしていたので、ちょっと意外で」


「そうですね、SPEEDSTARはコンテンツとしては国内第一級といっていいくらいに盛り上がっているレースではありますが、内容的には草レースみたいな側面の方が強いです。だって、いってしまえば速ければ誰でも出られるわけですし、そもそもギアっていうもの自体が速さとスペックが直結しないものなので」


「え、そうなんですか?」


「乗ってみればわかりますが、どっちかというと、速さは乗り手に依存いぞんしてますね。たとえ300km/hでるスペックのギアをはいていたとしても、大半の人は瞬間250km/hいくかいかないかくらいまでしか能力を引き出すことはできません。結構、難しいんですよね。それに、レースになるとさらにウェイトとかルート、体調なんかがもろに響いてきます。だから半分以上は運の勝負ってかんじでしょうか」


「でも、皆さんみたいに速いチームは速いですよね。やっぱり何か違うんじゃないですか?」


「ありがとうございます。でも、実際は私たちもここまで勝てるとは思ってなくて。もしギアの違いがあるとすれば、むしろKRC…Kanadeのファクトリーチームの人たちとかの方が私たちより何倍も予算かけてるでしょうし、クロスラインBCもチューンショップのオフィシャルですから、私たちとはギアの格が違うと思います。でも、私たちはアルペンスキーの技術と筋肉があった。だから、上の方まで上がれたんじゃないですかね…きっと。あとは運が良かっただけかもしれません。ランダムウェイトが比較的軽い時が多かったので…」


「うーん、そんな感じなんですね」


 思っていたよりも数倍、おおざっぱというか、入口の広いレースらしい。


「ハルさんたちも参戦を目指されるんですよね?ギアはどうするんですか?」


「いえ、本当にまだ決まったわけではなくて…まあ、兄はもう参戦を目指すことと決めてるらしいですけど、とりあえず私の方でそれらしいものを作れないかというのを試してみるつもりではあります」


「エンジンとか、モーターとかの方向性は決まってます?」


「いえ、なんせSPEEDSTARを知ったのがつい最近で、そこから急に兄が参戦する!とか言い出したもので…正直、ギアに関して実物をじっくり見たのは今日が初めてです」


「え、そうなんですか!?てっきり、どこか別のチームにもギアのパーツを作っているものだとばかり…」


「思い返せばそういう依頼もあったかもしれませんが、実際にどう使われているのかっていうのはあんまり見る機会がなくて…私、少し体が弱いので、あまり動けないんですよね。それで…」


「そうなんですね、今は問題ないですか?」


「はい、大丈夫です。心配していただきありがとうございます」


 会話が途切れたので、ふっとガレージの外に視線を移す。いい天気だ。秋の空気っていうのは、体に負担がかからないし、一年の中でも好きな部類に入る。大きく息を吸って、吐き出す。もしこの秋空の下を、思うがままに走れたら、なんて素敵なことだろう、と想像してしまった。そこにはきっと、見たこともない景色が広がっているに違いない。紅葉の進んだ山々、高地の観光道、温泉…そのどれもが今の私には手の届かない景色であり、いちどは触れてみたい憧れでもある。


 交通網がシュリンクしてしまった現代において、そういったいわゆる”秘境”のような場所におもむくのは思いのほか手間がかかるし、第一私の体がもたない。この”ギア”というモビリティは、そういう場所を主戦場にして、乗り手をさまざまな景色に連れていくのだろう。


 電池残量にも、路面状況にも左右されない、お一人様向けモビリティ。それがこのギアというモビリティだとしたら、なんて自由なんだろうと思った。


「平峰さん、普段はこのギアで配達のお仕事をされてたりするんですか?」


「そうですね、私はいちおう普段は製菓会社の社員ですので本当に休日だけですが、配達のお仕事はしっかりしています。つい昨日も、白馬の方まで遠出してきたところです。だいぶ紅葉もすすんで、きれいでしたよ!」


「いいですね…」


 今度体調がいいときに機会があればいちど乗ってみたいな、なんて思いながら時計を見た。もう16時すぎ。そろそろ帰らないと、私が動けなくなるかもしれない。


「さて、兄さんはどうなったかな」


 完全にノータッチだったが、兄はギアに乗っているのだった。あれ、いつのまにか悲鳴は聞こえなくなっている。さすがに疲れてやめたのだろうか。平峰さんと二人で様子を見に行ってみることにした。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 「おおハル、どんな感じ?いい感じになった?」


「いい感じって…それより、兄さんは…」


「おもったより乗れるぞこれ、めっちゃおもしろい」


 目の前でスッと進みだしたかと思うと、コースの端まで加速、ぐっとターンを決めて戻ってきた。なんか、想像以上に普通に乗りこなしてるんですけど。もちろんプロモーション動画でみた選手たちのようにはいかないが、普通に業務をこなす程度であればあと一日練習すれば行けそうなくらいにも見える。


「サナちゃん、どんな感じ?」


「思った以上に上達が早くてびっくりしちゃった…ほんとに今日初めて乗るんですか?」


「はい、完全に初めてです」


 平峰さんにサナちゃんと呼ばれた女性が、今日一日兄のコーチをしてくれていたらしい。サナちゃん…サナ…あれ?


「も、もしかしてですけど、桜田早苗さくらださなえさん、ですか?」


「そうです、初めまして…えっと」


 桜田早苗、アイスブレイクで平峰さんとタッグを組む、まぎれもなく凄い選手だった。兄は、急にきて急に乗るとか言い出して、で、年間ルーキーMVPをとった選手にコーチをさせていたというわけだ。マジ考えられん、何してんだこいつ…


「こちらの兄の妹で、シマダワークスの島田ハルと申します。今日は兄の急な申し出にもかかわらずコーチまでしていただいて…ほんとにすいません」


「いえ、私もいうてあんまり教えてはいないですよ?」


「はぁ…」


「お兄さん、最初に操作方法だけすこし教えましたけど、それから先はほぼ一人でこのレベルまで…もう免許とっちゃったらどうですか?」


「はい、来週末には免許取ってまた来ます。また教えてください」


「え?おにぃ仕事…」


「プロモーションのためにレースに参戦するために、時間が必要だから時間頂戴っていったらOKしてもらえた」


「CEOがまさかのサボ…」


「これは正当な理由があってのことなので実質仕事。桜田さん、よろしければ連絡先交換しませんか?あと来週もまた来てもいいですか?」


「私は今の季節ちょうど仕事のつなぎ目で結構あいてるので、そちらのご都合の良い日でいいですよ。あ、QRでいいですか?」


 ちゃっかり凄腕すごうで選手のコーチも獲得し、レッスンの約束まで取り付けてしまった。こいつ…なにしてんねん…


「兄さん、もうそろそろ帰らないと…」


「あ、そうだな。じゃ、ちょっとギア脱いでくるから」


「平峰さん、桜田さん、今日はほんとにいろいろありがとうございました…あと、兄がいろいろ無茶言ってすいませんでした…」


「いえいえ、こちらもギアの整備に困っていたところでしたし、こちらこそありがとうございました。サナちゃんも、同年代の男の人に教えるの久しぶりだったから楽しかったんじゃない?」


「あーえーま、まぁ、私は今日あんまり教えてなかったですけど、一緒に走る仲間が増えるのは純粋にうれしいので、次からも楽しみにしてます」


「わかりました。兄が暴走したら、すぐ私に連絡してください。これ、私の名刺になります。平峰さんのギアも、再来週には一通り整備して持ってこれるかと」


「わかりました、よろしくおねがいします」





 こうして、私とおにぃのSPEEDSTARとのファーストコンタクトは、実力のあるチームとパイプを作るというまあ成功といっていい感じで終わった。



 そして、この遠征から帰った後、私は救急車で運ばれることになった。

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SPEEDSTARS番外編 -プライドを抱いて生きる- 伊吹rev @yayoisoodomann

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